HITO-OMOI(ひとおもい)

ひとを、ひととき、ひとへに想ふ短歌がメインのブログです。作歌歴約二十年、かつては相聞(恋歌)、現在は専ら雜詠です。

3896首目 【夜明けの停車場】

2018-12-22 00:00:00 | 日記


「晩秋(おそあき)の彼(か)は誰(たれ)ときのバス停に帰らぬままの君で立ちをり(新作)」



今日は冬至だ。夜が長いだけではない。夜明けも遅くなる。また、住む場所でその時刻は異なる。高校卒業までは経度で約4から5度今より西の方角に住んでいた。20分弱、夜明けは遅かった。

高2の11月、同じ市内で引越しをした。最寄り駅は、ひとつ大阪寄りの阪急電車の茨木市駅になった。ある朝、近鉄バスの紫明園という名の最寄りバス停でのこと。京都市北区まで通学していた。時刻は6時半頃。既にひとりの少女がバスを待っていた。文字通り我が目を疑った。その少女は『典子』ちゃん、だった。夜は明けきってはいなかった。目を凝らした。

やっぱり彼女だった。

程なくしてやってきた空いているバスに乗り座った。前のほうに座った彼女の背中を見つめながらも、頭の中は混乱するばかりだった。

典子ちゃんは、小柄で、リスみたいで、利発な感じの女の子。(かつて、このタイプにからっきし弱かった。デビュー当時の「小林千絵」を三倍ほど可愛くした感じ(苦笑))

そして、、9か月前の「バレンタインデー」にチョコレートをくれた女の子。当時中2で私よりふたつ年下だった。彼女とは通学の車内で出会い、好きになった。古今東西?、よくある「通学沿線気になるあの娘」ってやつだ。(苦笑)

私は阪急電車の高槻市駅で急行電車に乗り換えていた。彼女を既に乗せた河原町行き急行に、だ。彼女はたいてい後から2両目に友達2人といた。ほぼ毎朝見かけるうちに、友達と話す彼女の表情、仕草に次第に魅了された。

気になりだしたのは、7月あたりからだ。夏休み中は考えたりしなかったのに9月になると、彼女を見たときのトキメキ度が明らかに以前と違う。はじめは年下だと、たかをくくっていたのに。

や・ら・れ・た。

登校時だけではなかった。下校時は会おうと思っていかなる算段をしようと叶はない、はず。なのに、ほぼ半月に1回、西院駅から乗り込んだ車内で(既に烏丸駅から乗車している)彼女に出会ってしまう。不思議だった。一層トキメいた。下校時の彼女は朝より弾んでいた。とてもみずみずしかった。

や・ら・れ・た。

彼女は私服通学だった。でも、私服は学校が限定される。やがて、彼女の名前も知り、私の彼女への思いもしっかり伝わることとなった。それは、お互い中高一貫の男子校と女子高でありながら、(私の)R星と(彼女の)D女子の間では男女交際が多かったから。何かしらの情報がどこかから入ってくるような関係性があったのだ。はてさて、世間は広いようで狭いものと実感した。

さて、、中・高時代では唯一、バレンタインチョコをもらった大切な人だったのに、彼女との交際が発展することはなかった。形でいうと、、はっきりと私がフラれた結末だった。今思うと、どこかに自分が年上という気負いがあったのだと思う。

でも、とどのつまりは、『女性を好きになることはできても、交際の進め方を知らなかった』のだ。前者はひとりでもできるが、後者はふたりでするものなのだ。

あの日、私の表情がただの驚き!なら、彼女のそれは、何故?だった。あいさつなどする余裕などあるはずもなかった。帰宅後、今日の出来事を振り返った。再会した中3の彼女は少し背が高くなり、いくぶん大人びて見えた。もちろんその分可愛くなっていた。無論、切なくなった。ただ、遭遇した理由は(当然ながら)判らずじまいだった。

転居間もないので、通学時間帯をいくつか試していた私は、数日後、あの日と同じ時刻のバスに乗るべく、バス停に向かった。彼女は、やはりそこに居た。冬至に向かって夜はさらに長くなっていた。その分、彼女の表情は読み取りにくくなっていた。

でも、あの日とは違っていた。彼女は、「当惑」していた。言い切る自信はないが、そう感じずにはおれなかった。そして、それは決して私の好きだった典子ちゃんの表情ではなかった。



私は、「このバスに乗るのはもう止めるんだ」と、心に言い聞かせた。きっぱりではなく、ゆるりと。






画像の高木勇作、もとい石橋正次(笑)の曲の舞台は、鉄道だけどね。






(そして、、) 再会から、2、3ヶ月後のある冬の日。犬の散歩をしていたら、偶然、『斉藤』という表札の家を見つけてしまった。「彼女とはご近所さんなのかなぁ。」と漠然と考えていたのだが、私の家とはものの5分と離れていなかった。いかなる神のいたずらか。なんのことはない、私が彼女の近くに引っ越してきたのだった。

でも、もう驚きはしなかった。小さい声で、「ちゃん」をつけずに『の・り・こ。』とだけ呟いた。大事に、そして、ゆっくりと。


2つ年上の私の大学受験は次の冬に迫っていた。









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