発達障害について学びだした時に、教授がこんなお話をしてくれました。
落語の『一つ目小僧』をあげ、今発達障害の特徴を持たない方がマジョリティなので、発達障害の特徴は”困りごと”として扱われて”治す”ように求められるが、彼らがマジョリティなら、発達障害の特徴を持たない我々が、発達障害の特徴を持てるように訓練を課されるのではないか。と言うものでした。
そんな風に、私自身の”常識””価値観”を問われるのが、発達障害を抱える方に関する相談です。社会で生きていくために変わってほしいけれど、それは価値観の押しつけか?
そんな思いにとらわれた時に、私が読み直す本があります。
※本田秀夫先生監修『自閉症スペクトラムの子のソーシャルスキルを育てる本 幼児・小学生編』講談社
※本田秀夫先生監修『自閉症スペクトラムの子のソーシャルスキルを育てる本 思春期編』講談社
※杉山登志郎著『発達障害の豊かな世界』日本評論社
人が社会で生きていくために、何を身につけなければならないか。けっして”できる””できない”の価値判断だけが重要なのではないと思わせてくれます。そういう意味では、これらの本は発達障害の方についての話なのですが、すべての子育てに通じる話だと思います。
同じ人はいません。皆、得意不得意等の特性が、微妙に違います。
私自身を例に出して言えば、私は音韻把握が苦手です。騒がしい場所だと、自分に必要な音を取り出すことが苦手です。音は聞こえます。でも、自分に向けられた”言葉”として把握するのが苦手です。それで、いろいろなミスをして、いつも叱られてばかりでした。無視したと友達と喧嘩になったこともあります。そういう特性に気が付いてからは、集中して聞けば把握できるようになること、静かな場所で数人で話すとミスが少なくなるし、聞き返せばよいのだと、自分の不得意をカバーする方法を工夫するようになりました。
見るのが苦手な方もいらっしゃいます。他にも他にも。皆、苦手と得意が違います。同じように聞くことが苦手、見るのが苦手と言っても、お一人お一人、細かいところでは違うし、カバーする方法も違います。
このような話をすると、不得意は訓練したり、気を付けて直せばよいのではないかとおっしゃる方がいらっしゃいます。訓練とか、気を付けるというレベルではどうしようもない特性を持っていらっしゃる方・お子様もいらっしゃいます。そんな時、私としては、そのような特性を持つ方に無理なプレッシャーを与えないように、「障碍(障害)」という言葉を使って、説明させていただくことが多いです。
★「自閉症スペクトラム障害(自閉症スペクトラム症)」
以前は様々な呼び名がありました。「広汎性発達障害」「高機能自閉症」「軽度発達障害」「カナータイプ」「アスペルガー症候群」…。今は統一されて、「自閉症スペクトラム」と表現することが多いです。
日本の精神科領域の診断は、DSMというUSAの「精神障害の診断と統計マニュアル」によることが多いです。DSMが改定されるたびに、この自閉症スペクトラムや発達障害と言われるものの診断基準が変わるのです。今は5版にそって診断、表現されていますが、また、改定されたら変わるかもしれません。
幼い時はカナータイプ(言葉があまり出ず、人との関わりを持ちたがらないタイプ:映画『レインマン』の兄)が、思春期以降はアスペルガータイプ(積極的に人と関わろうとするのだが、うまくいかないタイプ)になるとか。反対もあります。AD/HDのような衝動性が強かったお子様が、長じて、衝動性は目立たなくなってきたが、自閉症スペクトラムの特徴が顕著になるとか。診断基準では、列記してある特徴の中からDSMが求める数の項目を満たす時に診断されるとあるのに、2つしか満たさないけれど、困っていることは自閉症スペクトラムの特徴を持つ方と変わらないとか。幼い時は、特徴があまり目立たなかったけれど、だんだんと色濃くなるとか。厳密に定義しようとすると、複雑すぎて、定義が難しいのです。だから、いつも研究されて、議論されて、改定するたびに変わるのです。
生まれ持ったものなので「子どもの頃からその特性があること」が前提です。大人になってからというのはあり得ません。でも、特性に気づかれない/気が付いていない場合があります。もし、大人になってから”診断”してもらう必要があったら、できるだけ、幼いころからの記録を集めて下さい。母子手帳・連絡帳・通信簿・テストの解答用紙。行動面ならホームビデオもあると良いですね。
このように、複雑なので、学会で発表するとき以外は診断名はあまり使わず、あくまで、その時に現れている特性を中心に、様子を見、相談にのることが、私のスタンスです。ただ、難しいのが、「その時に現れている特性を」と書きましたが、自閉症スペクトラムの方の中には一度学んでしまったことを変更することが難しい方もいらっしゃるので、【未来】も想像しながら、対策を考えています。
尤も、診断名を使わずにいると、本当に専門家なのかという疑いをもたれるのが、へこむところです。
★「経過観察と言われたけれど…」
こども家庭庁では、1歳6か月健診と3歳児健診を義務としています。それに加えて、5歳児健診など、自治体独自の健診を行っていることもあります。就学前健診もあります。
幼稚園教諭・保育士・教員も研修を重ねています。本来、医学的な診断名をつけるのは医師の仕事なのですが、たくさんの方が気軽に使っています。ネットで自己診断してくる方もいらして、ちょっと恐ろしい状況になっています。医師以外はあくまで(疑い)なので、受診するようにお勧めすることが基本です。公立中学校にはスクールカウンセラーが配置されています。自治体によっては、小学校・高等学校にも配置されていることもあります。こども園・幼稚園・保育園、公立の学校でも、巡回心理士が廻っていることもありますし、要請されて園や学校に出向く方式を取っていることもあります。私立は園や学校によって様々です。
これらの場で、特性に気づくことがあります。お会いした瞬間に、その特性を専門家が感じ取ることもあれば、制作物や行動観察や、保護者からお話を伺って、総合的に判断する場合もあります。基本、集団でいる場所の様子、ご家庭での様子、1対1の面接での様子など、様々な場での情報を集めて、判断します。保護者の方が違和感を持っていらっしゃる場合もあれば、日常では同じことの繰り返しなので、気が付かれていらっしゃらない場合もあります。「困っている」状態も、お子様のみならず、保護者の方も様々です。学校での様子から自閉症スペクトラムの特徴を持っていらっしゃると私が判断したお子様の保護者の方に、乳児期の困りごとを確認した時のことです。「何も困っていない」とおっしゃいます。そこで、具体的に夜泣きについて伺いました。その保護者の方は、「抱いていないと寝ないので、一晩中抱いていた。でも、壁にもたれて私も休んでいたので困っていない」とおっしゃいました。人って様々だなと認識を改めた瞬間でした。
そうやって、健診を受けても、園や学校に相談してみても「様子をみましょう」と言われて、戸惑ってしまっていらっしゃる保護者の方はたくさんいらっしゃいます。「様子をみましょう」と言われても、どうしたらよいのかわからないですよね。発達には個人差があります。もう少し成長すると変わってくる場合があるからです。特に多いのが、発語。ほとんど話さなかったのが、3歳ぐらいになって、堰を切ったようにおしゃべりになる子がいます。歩き出すのは遅かったけれど、足腰が強いので転びにくい子もいます。世の中はなんでも”早く”が求められますが、早く歩き始めると、まだ足腰が育っていない場合もあり、転びやすい子もいます。本当に個人差です。簡単には判断できないので「様子を見ましょう」になってしまうのです。
「様子を見ましょう」と言われてどうしたらいいのかと気にしてくださるのでしたら、お子様が不機嫌になる場面とか、子育てしている中で、保護者の方が困っていらっしゃる点・気になっている点とかを記録していただけると嬉しいです。お子様の素敵な面も記録しておいていただけると良いですね。日々、忙しいと、毎日変わりなく過ぎているように思えます。でも、意外にお子様はぐんぐん成長しているものです。一か月ごとに読み返すと発見があったりします。園や学校の先生方に、話を聴いてみるのも良いかもしれません。先生方が、お忙しいようなら、心理職と話をしてみるのも良いかもしれません。心理職も「様子をみましょう」と言うかもしれません。そうしたら、どういう点に注意して様子を見ればいいかを聞いてください。ポイントを知っているだけでも、安心できます。
★療育や特別支援教育等の支援を勧められたら…
私的には、上に書いたように、自分の得意・不得意を知って、強みを伸ばし、苦手のカバーの仕方を身に着けた方が、「だめ」と闇雲に、なんだかわからず自尊心を傷つけてしまうことが少なくなるので、ついお勧めしてしまいます。
でも、中には「障碍者認定される」と拒否する保護者やご親族の方もいらっしゃいます。保護者は療育を受けさせたいと思っていても、お舅様が絶対に許さなかったご家族もいらっしゃいました。周りの子に馬鹿にされる、いじめの対象になると恐れるご家族もいらっしゃいました。学校と対策を練ってください。校長先生が「誰でも苦手がある。その苦手な部分を何とかしようと支援教室で学んで頑張ってる。その頑張りを応援しましょう」と児童・生徒に説いて回ったケースもあります。学校全体の取り組みと、その支援教室に通っていた子の改善と相まって、皆に受け入れられ、支援教室希望者が増えました。ただ、このようにうまくいく学校ばかりではないので、特に保護者の偏見は子どもに影響を与えますので、対策をよく話し合ってください。
ご家族・ご親族の反対以外にも療育や支援教室での支援を受けられない場合もあります。その時は、家では強みを伸ばすことを中心に関わってください。上で紹介した本田先生のご本を参考に、スキルを身につけさせてください。子どもは成長します。良い面が伸びると、苦手をカバーしたり、苦手が苦手ではなくなったりします。ご本人がやりやすい環境を整えることも大切です。具体的にとか、本田先生のご本とお子様の様子が違うとかのカスタマイズは、お近くにいる心理職と話をしてください。
もう一つ心がけていただきたいのは、療育のやりすぎです。特に、乳幼児期は、その療育がお子様にあっていると、お子様はできなかったことがどんどんできるようになります。それで嬉しくなって、どんどんやろうとしてしまいます。けれど、それが、お子様を燃え尽き症候群のような状態にさせてしまうことがあります。チックや夜尿等のサインを出してくれていれば気がつきやすいのですが、発達障害の特性を持っているお子様は、ご自分の疲れや感情に気が付きにくく、サインも出しません。そしてある日パタッと、登園・登校・通所拒否を起こします。そうなる前に、ほどほどに。また、伸びると書きましたが、発達は山登りのようなもの。初めは平原地帯を歩いているように、まったく効果が現れなかったのが、ぐんと伸びることもあります。伸びていたのが、伸び悩みをすることもあります。しばらく平原を歩くような気持で、焦らないでください。
★環境を整える
自閉症スペクトラムの療育には、様々なメソッドがあります。どれが優れているとかではなく、どれが、お子様や一緒に暮らしているご家族に合うかです。お子様の成長に合わせて、合う方法が変わってくる場合もあります。
注意が散漫にならないようなデスクの仕切りは、市販でも手に入ります。片付けの仕方、身支度の仕方、勉強の量。ちょっとした工夫でやりやすくなります。「できない」「しない」「いうことをきかない」等叱る前に、やりやすい環境を整えて下さい。そのようなアイディア本も市販されています。お子様にあうあわないがあるので、図書館で借りて、やってみて効果があった方法が載っている本を買うのも一つの方法だと思います。園や学校の先生が良い方法を知っていることもあります。似た特性をお持ちのお子様の保護者との情報交換も役に立ちます。
そして、高校以降は、自分の居場所を選べます。どんな場所なら、お子様が実力を発揮できるのかを一緒に探りましょう。偏差値だけで決めないでください。場の落ち着き具合、人口密度、同じような人が多いのか、特性に理解があって、ちゃんと合理的配慮をしてくれるのか等々。合わない場所(学校・就職先)で、自分をダメにしていくことは極力避けましょう。就職難の昨今、妥協しなければならないこともあります。その場合、第2の場所があれば、何とかなる方もいらっしゃいます。第3の場所の居心地の良い場所がご家庭や自分の部屋であるといいですね。
そんなお子様に合った工夫や、居場所探しに、心理職も力になりたいと思っていますので、声をかけていただけたら嬉しいです。