作家の瀬戸内寂聴が出家前の瀬戸内晴美時代に発表した小説で、自身の経験をもとに年上の男と年下の男との三角関係に苦悩する女性の姿を描いた「夏の終り」を、鬼才・熊切和嘉監督が映画化。妻子ある年上の作家・慎吾と長年一緒に暮らしている知子。慎吾は妻と知子との間を行き来していたが、知子自身はその生活に満足していた。しかし、そんなある日、かつて知子が夫や子どもを捨てて駆け落ちした青年・涼太が姿を現したことから、知子の生活は微妙に狂い始める。知子は慎吾との生活を続けながらも、再び涼太と関係をもってしまい……。主人公・知子役に満島ひかり。慎吾役はベテランの小林薫、涼太役に注目の若手・綾野剛が扮する。
<感想>決して器用な女優とは言えない満島ひかりの、彼女の女優としての輝かしいキュートな女を全開のメロドラマになっていた。原作の知子は30代後半という設定からすると、他の女優さんなら、例えば寺島しのぶさんとか、鈴木京香さん、そうそう、「さよなら渓谷」の真木よう子さんなんかが演じたら違った女性像に仕上がってたかもしれないですね。
決して彼女の演技が嫌いというわけではないのですが、まだ若いので。
主人公の知子は、後先のことよりも、いまや感情や欲望に流されて生きる不器用な女。しかも、このヒロイン、基本は受け身で、妻子ある作家と8年間も暮らしながら、「何もかもダメなのよ、何とかしてよ」と、元カレの涼太に泣きつくのだ。
冒頭での夫と娘と一緒に、地方から東京へ移住しようというシーンで、突然「私、好きな男がいるの」と、今の結婚生活から逃げ出す奔放な女、女の性・業を表しているようだ。
だからなのか、女性映画たらしめるヒロインの周りの男たちの、存在感が薄く、「ノン子36歳(家事手伝い)」(08)の熊切和嘉監督と満島ひかりが組んでいるのに、エロティックなシーンも描かれず、その匂いもしないのが不満である。喜怒哀楽を器用に繰り出す満島ひかりに、彼女だけがこの時代を生きているように見えてしまう。コロッケや、ビスケットを手早く選り分けて、口元に運ぶ動作、受話器を持つ時の手の使い方など、そして、桃の果汁をしたたり落ちながら頬ばる彼女の美味しそうに食べる仕草など。手に代表される彼女の動きが映画の中で目に焼き付き、これは女性映画なのだと。
慎吾を演じた小林薫は、情けない感じの男を演じているように見え、台詞も少なくただ「うん」とか「ううん」の返事ぐらいのうやむやの反応を示す、凄くずるいのに憎めない人を演じていたと思う。愛人の家で、雑巾がけをする廊下の狭さや、玄関口から小説を書く机のある部屋、ロケセットの限界を見て、昭和の家の間口を狭さを感じた。
知子と慎吾の奥さんが電話で話すシーンがあって、奥さんの気配しか感じられず、どうしても奥さんの顔が見たくて自宅まで着物で正装して出かけたのに、留守で家の中へ入り綺麗に掃除されており、座敷にはミシンがあり本妻の存在感だけがずっしりと知子の心に重くのしかかる。そこはゾクゾクするシーンでした。この物語の中の男は、みんな女々しく見えた。
そして、年下の青年・涼太の部屋へずぶ濡れになりながら会いにいく知子。そんな彼女を愛する男、涼太も同じく二人の男の間を掛け持ちする知子を受け入れ、はっきりとしない優柔不断な男を演じている綾野剛も優男である。
出家以降、偉そうにお説教をする瀬戸内寂聴が苦手な私としては、その若き日を描いたこの映画の原作も読んではいないが苦手である。だが、満島ひかりが演じたことで、昭和の女という時代性が際立っているようで、そこが面白いと思った。
だが、映画は語り口が斬新で、映画は進歩するというから、平気で時間を前後逆転させたり、人物の背後だけストップモーションにしたりと。でも知子の気持ちで繋いでいるので混乱はしない。
それが最も効果的なのが、ラストのシチュエーションで、二つの歴史時間の小田原駅前が一緒に出て来るシーン。美術も凝ってますよね。
2013年劇場鑑賞作品・・・277 映画(アクション・アドベンチャー) ブログランキング
<感想>決して器用な女優とは言えない満島ひかりの、彼女の女優としての輝かしいキュートな女を全開のメロドラマになっていた。原作の知子は30代後半という設定からすると、他の女優さんなら、例えば寺島しのぶさんとか、鈴木京香さん、そうそう、「さよなら渓谷」の真木よう子さんなんかが演じたら違った女性像に仕上がってたかもしれないですね。
決して彼女の演技が嫌いというわけではないのですが、まだ若いので。
主人公の知子は、後先のことよりも、いまや感情や欲望に流されて生きる不器用な女。しかも、このヒロイン、基本は受け身で、妻子ある作家と8年間も暮らしながら、「何もかもダメなのよ、何とかしてよ」と、元カレの涼太に泣きつくのだ。
冒頭での夫と娘と一緒に、地方から東京へ移住しようというシーンで、突然「私、好きな男がいるの」と、今の結婚生活から逃げ出す奔放な女、女の性・業を表しているようだ。
だからなのか、女性映画たらしめるヒロインの周りの男たちの、存在感が薄く、「ノン子36歳(家事手伝い)」(08)の熊切和嘉監督と満島ひかりが組んでいるのに、エロティックなシーンも描かれず、その匂いもしないのが不満である。喜怒哀楽を器用に繰り出す満島ひかりに、彼女だけがこの時代を生きているように見えてしまう。コロッケや、ビスケットを手早く選り分けて、口元に運ぶ動作、受話器を持つ時の手の使い方など、そして、桃の果汁をしたたり落ちながら頬ばる彼女の美味しそうに食べる仕草など。手に代表される彼女の動きが映画の中で目に焼き付き、これは女性映画なのだと。
慎吾を演じた小林薫は、情けない感じの男を演じているように見え、台詞も少なくただ「うん」とか「ううん」の返事ぐらいのうやむやの反応を示す、凄くずるいのに憎めない人を演じていたと思う。愛人の家で、雑巾がけをする廊下の狭さや、玄関口から小説を書く机のある部屋、ロケセットの限界を見て、昭和の家の間口を狭さを感じた。
知子と慎吾の奥さんが電話で話すシーンがあって、奥さんの気配しか感じられず、どうしても奥さんの顔が見たくて自宅まで着物で正装して出かけたのに、留守で家の中へ入り綺麗に掃除されており、座敷にはミシンがあり本妻の存在感だけがずっしりと知子の心に重くのしかかる。そこはゾクゾクするシーンでした。この物語の中の男は、みんな女々しく見えた。
そして、年下の青年・涼太の部屋へずぶ濡れになりながら会いにいく知子。そんな彼女を愛する男、涼太も同じく二人の男の間を掛け持ちする知子を受け入れ、はっきりとしない優柔不断な男を演じている綾野剛も優男である。
出家以降、偉そうにお説教をする瀬戸内寂聴が苦手な私としては、その若き日を描いたこの映画の原作も読んではいないが苦手である。だが、満島ひかりが演じたことで、昭和の女という時代性が際立っているようで、そこが面白いと思った。
だが、映画は語り口が斬新で、映画は進歩するというから、平気で時間を前後逆転させたり、人物の背後だけストップモーションにしたりと。でも知子の気持ちで繋いでいるので混乱はしない。
それが最も効果的なのが、ラストのシチュエーションで、二つの歴史時間の小田原駅前が一緒に出て来るシーン。美術も凝ってますよね。
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