震災短編『贖罪』8
古代ギリシアに、こういう判例がある。 ある船が座礁し難破した折、一人の水夫が壊れた船の板切れにすがりついて助かった。 するとそこへ、別の一人の水夫が泳いできて、その同じ板切れにつ
震災短編『贖罪』7
〈私は、罪深き、生存者です〉 その一行を書き出すのに、圭子は誇張なしに数日を要した。 そして、その後、激しい自責の念に捉われ、衝動的に、ペンで自分の甲を貫こうとした。 だが、そ
震災短編『贖罪』6
汚濁した潮水の中で、痛む目を見開いて見ると、必死の形相で、老婆が自分の片足にすがって、しっかと目を見開いていた。 水中で、すでに十分なパニックに陥っていた圭子は、更なる瀕死の
震災短編『贖罪』5
あの日。 圭子は、会社が休みで、自宅でまったりと過ごしていた。 そして、散歩でもしようと、家から数歩ばかり出たのが、二時四十六分...
震災短編『贖罪』4
圭子が入室するなり、女医はその全身から「うつ」のオーラを感じ取った。「いかがでしたか?」 と優しく声をかけると、患者は疲れたような顔をあげて「すこし...
震災短編『贖罪』3
服薬を開始するや、初めて飲む睡眠導入剤のおかげで、圭子はいくらか眠れるようにはなっ...
震災短編『贖罪』2
当然話さねばならないストレスの原因を、誰かに話すのは、圭子にとって、これが初めてであ...
震災短編『贖罪』1
『3・11』では、有史以来、未曾有の超巨大津波が来襲した。 それに呑み込まれて命を落とした方々が二万人もおられる。 私の親友も津波に呑まれ、30mもある巨大な渦に巻き込まれなが
震災短編『太平洋ひとり』最終話
眠り姫は、傍目には、気持ちよさげに海面に浮いていた。 それは、高濃度塩水の死海で、仰向けに浮きながら本を読んでいる、あの奇態な姿のようにも見えた。...
震災短編『太平洋ひとり』12
人が必死の状況に陥った時、定型的な心的状況の経過を見る、ということを《タナトロジー(死生学)》の権威エリザベス・キューブラー・ロスが提唱している。 それは、ロスの名著『死ぬ瞬間...
震災短編『太平洋ひとり』11
カモメと思しき海鳥が番(つがい)なのか、二羽揃って、里奈の真上のほんの数メートルの処まで、フワリフワリと気流に揺れながら舞い降りてきた。 里奈はじっとしたまま、薄目の上下に狭い...