『3・11』では、有史以来、未曾有の超巨大津波が来襲した。
それに呑み込まれて命を落とした方々が二万人もおられる。
私の親友も津波に呑まれ、30mもある巨大な渦に巻き込まれながらも、浮いていたトラックにつかまって「九死に一生」を得た。
しかし、その彼も当然ながら、その後PTSD(心的外傷ストレス症候群)に罹り、フラッシュ・バックに苦しんだ。
私は、心理カウンセラーとして、震災当時、18ケ所の避難所にヴォランティアとして出向いた。
その際、首まで津波に浸かったという女子高生とも言葉を交わした。
彼女もフラッシュ・バックに苦しんでいた。
本作は、知人から又聞きした、ある津波被災者の話をモチーフにした。
津波から奇跡的に助かった被災者には、その奇跡の数だけ、様々な苦しみを抱えていることを、この実話で知らさせた。
それゆえに、安易に
「よかったですねぇ…」
との、お慰めをすることが出来ないのものであることを知らしめされた。
2030年±5年には、『西日本大震災』の発生確率が高いと専門家は警鐘を鳴らしている今日、『東日本大震災』の体験者として、フィクション化したノベライズでもって、「震災への備え」として頂ければ、幸甚である。
1
郊外のショッピング・モール内にある、およそ病院には見えないネイル・サロンのような瀟洒なメンタル・クリニックに、圭子が初めて予約を入れたのは一週間前であった。
「田川さ~ん」
という、女医の呼び声が、待合室に通ると、緊張した面持ちの圭子の耳はピクリと反応した。
「は、はい…」
圭子は固くなった体に弾みをつけるかのように立ち上がった。
瞬間、バッグが床に転がった。やはり、体はまだ緊張していたようである。
診察室の入り口まで歩み寄ると、中には優しげな表情の中年の先生が、こちらを向いて笑みを浮かべていた。
「お願いします…」
恐々(こわごわ)と丸椅子に腰掛けると
「どうされましたかぁ?」
と、女医が問診をはじめた。
「はい…」
と返事したものの、何をどこから話してよいやら、圭子は混乱した。
それで、いささかぶっきら棒に
「眠れないんです。
近頃、全然…」
と説明した。
「何か、ストレスを感じるようなことが在りましたか?」
圭子は、一瞬、体を強張らせて、訊かれるだろうと覚悟していたその問いかけに、返事をするかわりに、ボロボロッ…と、雪崩のような涙をこぼした。
それを察して
「大変なことがお有りだったんですね…」
と女医は言葉をかけた。
圭子は、コクンと小首を折ると、バッグからおもむろにハンカチを出して涙を拭った。
「ゆっくりで、いいですから、断片的にでもいいですので、何処からでも、お話しやすい処から、言葉にしてみませんか…」
と女医は、カウンセラーのような口調で、優しく圭子に促した。
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