『人生を遊ぶ』

毎日、「今・ここ」を味わいながら、「あぁ、面白かった~ッ!!」と言いながら、いつか死んでいきたい。

  

震災短編『贖罪』6

2022-11-12 09:58:48 | 創作

 

 汚濁した潮水の中で、痛む目を見開いて見ると、必死の形相で、老婆が自分の片足にすがって、しっかと目を見開いていた。 

 水中で、すでに十分なパニックに陥っていた圭子は、更なる瀕死の状態に陥れようとしている見知らぬ〝足手纏(まと)い〟な老婆に恐怖した。

(やめてぇ~)
 と、脳内でそう叫んだ。

 そして、本能的に、反射的に、片足に縋(すが)りつく老婆を、文字通り〝足蹴(あしげ)〟にした。

 もう片方の足で、必死の形相の老婆の顔面に一撃を喰らわせたのである。

 それでも、老婆は、懸命に一度つかんだ命綱を放すまいと、剛直に縋り付いていた。
 その様は、まるで紐(ひも)にこびり付く牡蠣のようでさえあった。

(いや~ッ!) 

 圭子は、老婆の一途な執念に恐れ慄(おのの)いて、渾身の力を込めて猛撃を放った。 

 必死の老婆も、寒冷の水中では、そう長くは体力が持たなかった。

 若者の死ぬ思いの一蹴で、憐れ老婆は、命綱を切られた宇宙飛行士のように、ゼロ・グラビティ(無重力)の水中に漂う木っ端と一緒に、流れに持っていかれた。


 白髪が舞い、哀しげな眼と、恨めしげな眼をした最後の姿が、圭子の眼底にしっかり焼き付けられた。

 そして、自分は助かった。

 

 

        

 


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