汚濁した潮水の中で、痛む目を見開いて見ると、必死の形相で、老婆が自分の片足にすがって、しっかと目を見開いていた。
水中で、すでに十分なパニックに陥っていた圭子は、更なる瀕死の状態に陥れようとしている見知らぬ〝足手纏(まと)い〟な老婆に恐怖した。
(やめてぇ~)
と、脳内でそう叫んだ。
そして、本能的に、反射的に、片足に縋(すが)りつく老婆を、文字通り〝足蹴(あしげ)〟にした。
もう片方の足で、必死の形相の老婆の顔面に一撃を喰らわせたのである。
それでも、老婆は、懸命に一度つかんだ命綱を放すまいと、剛直に縋り付いていた。
その様は、まるで紐(ひも)にこびり付く牡蠣のようでさえあった。
(いや~ッ!)
圭子は、老婆の一途な執念に恐れ慄(おのの)いて、渾身の力を込めて猛撃を放った。
必死の老婆も、寒冷の水中では、そう長くは体力が持たなかった。
若者の死ぬ思いの一蹴で、憐れ老婆は、命綱を切られた宇宙飛行士のように、ゼロ・グラビティ(無重力)の水中に漂う木っ端と一緒に、流れに持っていかれた。
白髪が舞い、哀しげな眼と、恨めしげな眼をした最後の姿が、圭子の眼底にしっかり焼き付けられた。
そして、自分は助かった。
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