09年春TVドラマと失業・住宅問題、そして労働運動(上)~『アタシんちの男子』『白い春』『婚カツ!』
2009-05-16 17:02:44
特に今シーズンは、単なるストーリー上の設定としてだけではなく、失業のシーンを映像上で描いた作品が多く見受けられる。これは金融危機で深刻化する派遣切りや正社員の解雇が背景にあることは間違いないだろう。さらには野宿者、「派遣切り」、派遣村、内定取り消し、日雇い労働、職業訓練、生活保護、貧困ビジネス、そして労働組合まで登場してきている。それらがどのようなかたちで描かれていたか、おさらいしてみたい(ネタバレありですのでご注意ください)。
■野宿生活と「派遣村」
まず最初に紹介する『アタシんちの男子』(フジテレビ系火曜9時)は、堀北真希演じる主人公が、父親のつくった借金1億円の連帯保証人になってしまい、借金取りから逃げるため、公園でホームレスをやってるという設定だ。
確かに、消費者金融などでも、取立屋に住民票を常にチェックされているため、「夜逃げ」しても住民票を移すことができずに行政のサービスを受けられなかったり、野宿者になる人は多いと言われる。
ただ、本作では1億円の借金と言うことで、冷静に考えると、弁護士に相談するなりしたほうが賢明だろう。高すぎる金利分に対して過払い請求ができるかもしれないし、相手がヤミ金であれば、そもそも借りた分すら払う必要すらない。破産という選択肢だってあるわけだ(『POSSE 創刊号』宇都宮健児さんインタビュー参照)。
しかしここでは借金は単なるドラマのネタでしかないので、知人が店員を務めるネットカフェでタダでシャワーを浴びたり、公園で路上生活者同士のコミュニティをつくったりしながら(どうやって入手したのかよくわからないが大根を売ったりしている)、しぶとく生活している。
なお、彼女以外の野宿生活者の仲間についても一応説明があり、もともと不況のせいでクビを切られた人が多いということではあった。そういう背景で言えば、続く『白い春』(フジテレビ系火曜10時)のほうが一歩踏み込んでいるかもしれない。
本作では、刑務所を出所した阿部寛が、刑務所労働で稼いだわずかの給料を盗まれて放浪する途中で、食べ物を求めて炊き出しに何度か顔を出す。うちひとつは「派遣切り」された元派遣社員を対象とした「派遣救済センター」とされており、どう見ても派遣村が意識されている。とは言っても炊き出ししかしていないようで、宿泊設備もないし、生活保護の申請手続きもされている様子はないのだが。
■雇用の創出と失業者にとっての「仕事」
しかし、ホームレスのコミュニティがあろうとも、あるいはボランティア活動が活発であっても、ちゃんと生活を送るための社会的な枠組みじたいは必要になってくる。そこで描かれるのが、失業者に「仕事」が与えられるというシーンである。
『アタシんちの男子』に戻ると、堀北はたまたま出会った玩具メーカーの社長の妻となり、その6人の養子と生活することで、1億円の返済を肩代わりしてもらえることになるという無茶苦茶な契約を結ぶことになる。なかなかな急展開だが、基本的には「イケメンドラマ」のコメディをやりたいだけのドラマだろうから、ここは割り切るべきだろう。
その後、数話かけて、いろいろな問題を抱え屈折した養子たちを立ち直らせていくものの、彼女がもともとカネ目当てでこの家に来たことが判明し、憤慨した彼らに家を追い出されてしまう。そこで彼女が再び公園での集団的な野宿生活に戻ると、役所が公園の段ボールハウスの強制撤去を始めてしまう。行き場をなくす野宿者たち。
思い直した養子たちが彼女を呼び戻しにいくなかで、その一人が彼女の気を引くために、自分の家の会社が計画中の新アトラクションゲームの建設工事に、その野宿者たちを「臨時作業員」として住み込みで雇用する…と自分がモデルとして出演する番組のテレビカメラの前で宣言する。「リストラばかりされちゃうこの時代にすごいですよね」。テレビの前で言われてしまったことで、会社側も引くに引けなくなる。喜ぶ野宿者たち。そんなわけで堀北は玩具メーカーの家に復帰することになるのであった。文章で書くとなんだかわかりにくいかもしれないが、映像で見ても強引な展開だ。
似たような展開があるのが、中居正広主演の『婚カツ!』(フジテレビ系月曜9時)だ。「草食系男子」とか「婚活」というテーマはとりあえずスルーして見ると、失業についての描写が印象的だ。中居演じる主人公は単調な仕事に嫌気がさして退職するも、翌日から金融危機が突然深刻化して再就職先が見つからなくなるという事態が発生する。
彼は実家(トンカツ屋)暮らしということもあって、路上生活まではないものの、ハローワークに行ったり、「失業保険切れる前に仕事見つけないと」などのセリフがあったり、トンカツ屋のバイト店員だった上戸彩に至っては内定切りされて就活を続けているというような、いかにも時事ネタ入れてみましたというシーンがそこかしこにある。
とはいえ、内定取り消しで就職できる機会が一気に減少してしまう新卒一括採用制度じたいがおかしいとか、日本の雇用保険の受給期間が短いという問題提起にはやはりいかないのだが…。
そのころ、国からの雇用促進政策推進の指示を受けた東京都の指示を受けた区が、臨時職員の求人を始める。希望者が殺到したにもかかわらず、なんとか中居は合格することに成功する。
この職員採用の条件に既婚者という条件があるのだが、中居は「失業中だが結婚する予定の相手はいて、この就職が成功すれば結婚できる」というウソをつく。結婚相手がいるというのがウソであわてて婚活を始めるというのがメインのストーリーなのだが、むしろこうした臨時職員に就職することで結婚が可能になるということじたいウソくさいように思えてしまう。実際、こうした自治体の臨時職員の労働条件は必ずしも良いものばかりではない。(ブログ記事「雇用のミスマッチ? ―自治体の臨時職員募集から考える―」参照)
『アタシんちの男子』の「臨時作業員」もそうだが、このあたりのシーンを見てて気になったのは、今の日本で失業が問題になっているのは、必ずしも「仕事がない」からではないということだ。現実に「派遣切り」問題への対策として、様々な求人情報や自治体による臨時職員の募集なども行われてきたが、結局希望者が集まらなかったことで、「仕事はあるのに働く気がないのか」と「派遣労働者バッシング」が起きたことは記憶に新しい。
賃金も低く、短期間しか雇用されないような「仕事」なら確かに探せばあるかもしれない。しかし、「派遣切り」などで失業した人たちが、またしてもそんな不安定な仕事を敢えて選ばなければいけないという社会のほうがおかしいのではないだろうか。失業保険や住宅支援が充実したヨーロッパの福祉国家と違い、日本ではそもそもも「失業ができない」のだ(『POSSE vol.3』後藤道夫さんインタビューを参照)。言い換えれば日本では、福祉の代わりにこうした仕事が、「セーフティネット」の代替物になってしまっているというわけだ。その極端な例が、「日雇い労働」であり、「日雇い派遣」となるのだろう。
実際、『白い春』では、炊き出しを追い出された阿部が手配師の車を待って違法な日雇い労働を探すなどのシーンも出てくる(昨年末の『セレブと貧乏太郎』にもそんなシーンがありましたが)。日雇い労働については最近は仕事が減っていると言われるのだが(『POSSE 創刊号』の生田武志さんインタビュー参照)、仕事にあぶれた人々の最後の手段として少なくともドラマ上では機能しているのだろう。
なお、『セレブと貧乏太郎』の上地雄輔は同時に、日雇い派遣の仕事も探していた。そこで、上地と一緒に日雇い労働の仕事を探していた労働者が、「国が派遣法を改正して日雇い派遣を禁止することが許せない」という趣旨の発言をしていた(もちろんこれまで問題になっている派遣法改正案は日雇い派遣を禁止する内容ではないし、そもそも手配師を介した日雇い労働はもともと違法だ)が、まさに「日雇い派遣」が「セーフティネット」化しているという状態を表していたわけだ。ただ、この作品はスポンサーに派遣会社がついていたのでまた別の意図がありそうだが…。
「仕事」があれば、失業者は飛びつく―。今回紹介したドラマでは、そんな前提が気になってしまった。必ずしも現実はそうでないし、根本的に必要なのは福祉によるセーフティネットだろう。実際、そこまで社会問題を描こうというつもりではないのだろうから、そんなに真面目に突っ込む方が野暮なのかもしれない。しかも、実はいずれのドラマもそこまで視聴率が高いわけではないらしいので、そんなに社会的影響力も高くはないのかもしれない。
しかし、必ずしもそうした安直なテレビドラマばかりというわけでもない。失業をめぐって、より深刻な実態を反映したドラマが今クールにはあった。次回ではそうしたドラマについて紹介したい。
■お知らせ~『POSSE vol.3』出版、5月31日に読者セミナー開催~
『POSSE vol.3』では、「ドラマでたどる仕事と格差」と題して、こうしたテレビドラマと労働・貧困問題について特集しています。全国の書店で好評発売中です。
なお、5月31日には、本特集で「ポスト・トレンディドラマの「働く女性」 ――『ハケンの品格』が到達した地平――」というインタビューをお寄せいただいた早稲田大学教授の伊藤守先生にお越しいただき、イベントを開催します。『ルポ雇用劣化不況』を出版されたばかりの竹信三恵子さんもゲストに来てくださいます。
詳しくはこちらをご覧下さい。
『POSSE』編集部も参加いたしますので、ドラマと労働・貧困に興味がある方がいらっしゃったら、ぜひご参加ください。(坂倉)
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