ぼくは、派遣スタッフとして携帯電話組立工場に7ヶ月間勤め、予定通りの退職の時期を迎えていました。しかし、振り返ってみると、職場の雰囲気に圧されて、少しずつ消化しておけばよかった有給休暇を一度もとっていません。6ヶ月で10日分の賃金が保障されるのだから、それを無視してはもったいない。ということで、有給を消化してから退職することにしました。
しかし、ぼくの「退職に伴う有給消化」には、ヘンな障害がありました。それは、自分自身のずうずうしさをめぐる妄想からはじまりました。「いまさら、有給をとろうとしている自分って、どんだけずうずうしいんだ」といった妙な気分。そういう権利があるのは知っているのに、いや、これはものすごく「意地汚い」ことなのではないか、などと戸惑ってしまうのです。いま考えてみると、手続きのめんどうくささから逃げるために、自分のずうずうしさを言い訳にしていたのかもしれません。
ひきつづいて、有給申請をしているときの上司の視線が浮かんできます。「法的に当然のことなので何事もなく有給は許可されるし、上司は何の文句も言えないし、言わないだろう。」と、もちろんこういうポジティヴな想像も浮かびました。しかし、「申請しても、勤務中には上司と顔をあわせないといけない。何か言いたげな上司の視線が苦痛になるだろう。」という想像のほうがリアリティーをもって迫ってきます。実際、作業中のぼくの脳裏に、そんな上司の視線がくっついて離れませんでした。そして、こんな煩わしい手続きをするくらいなら……何も考えずにスッキリと辞めてしまったほうが楽なのではないか、と思ったりもしました。
<そのころのぼくの日記>
午後の作業で、気分が悪くなる。Aさん(労務担当の上司)との有給に関する交渉をイメージしていたら、抜け出せなくなって息苦しくなった。となりの人としゃべれれば少しは楽になったろうけど、となりは物静かなMさんとNさん。暗い想像しか浮かばない。「何か言われたら、もう今日で辞めよう」とか「ばっくれ退社もありかなぁ?」と考える。苦しい。5時ごろに作業終了。そのあと、OさんやUさんとバカな話をして、楽になる。
いま、そのときのことを振り返りながら書いていて、ほんとうに不思議です。具体的なアクションは何も起こしていないのに、妄想の中をうろついているからです。さて、この厄介な妄想に対して、ぼくはどのような決意をして、「退職に伴う有給消化」を実現したか。そのときの心境をはっきりとは覚えていませんが、そこには決意とか、強い意志とかいったものはなかったと思います。ぼくがしたことは、ただ「有給申請をする」ことだけを考えて、上司のいる事務所に足を運び、その旨を伝える、というシンプルなものでした。
申請するとき、一瞬、ぼくが想像していた「あの上司の視線」を感じましたが、意外にサッパリ「法律的に認められてるからねぇ。」ということで申請できることになりました。実際には、そのあとで「本部で勤務日数を確認してから」とか「本部から許可が下りてこない」などの煩わしさはあり、そのつど妙な妄想(結局、無理なんじゃないのか)に飲みこまれることもありましたが、ひとたび事が動き出してしまうと気が楽になり、結局退職日当日に許可が下りました。
この経験を通して考えたことをまとめてみます。
①「退職に伴う有給消化」はあってもいい。職場での煩わしさをおそれて諦めてしまうよりも、当然の権利を素直に主張したほうが、結果的に気分がいい。
②労働問題に関わる法律的なたたかいはしんどいかもしれないけど、その手前でつまづかせる暗い妄想もかなり手ごわい。案外、この妄想の前で立ちすくんでしまうことのほうが多いのかもしれない。暗い妄想に捕らわれる前に、誰かに相談できるといい。相談というよりも、ただ話を聞いてもらうだけでいいかもしれない。
そして、ぼくはこのまとめを職場の仲間に伝えて、工場を去ったのでした。
おわり。
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