「不可視の両刃」放射線に挑む~英国大学院博士課程留学~

英国に留学して放射線研究に取り組む日本人医師ブログ

「たぶん、君が思う以上にね」

2016-10-08 | 英国大学院博士課程に関して
先日、本学の医科学系大学院博士課程(医学、歯学、生命医科学、薬学、看護学、公衆衛生学、医系各研究センターなど)に関する説明会がありました。
英国内とくに本学で博士号(PhD)を規定年数内(たとえば3年間)で取得することがどれほど困難であるか、どれほど多くのリタイアがあるかを数値で示されて、かなりビビるという得難い経験をしました。とくに本学の医科学系大学院は、全英屈指の研究規模と教育システムを誇っており、博士号を取得するまでには幾つか厳しい試練があります。それらをいかにして乗り越えるかという解説でした。

てゆーか、3年間での医科学系の博士号取得率が30%以下って、低すぎだろ……(^_^;)

悪名高き護衛船団方式によって鼻紙みたいな博士論文で学位(医学博士号)をばら撒いている極東の島国から来た身としては、正直、驚愕を隠し切れませんでした。「なんだかとんでもないところに来てしまった、それとも医学系研究科以外では日本でもこのくらいガチで博士課程をやっているのだろうか」と困惑しました。当たり前なのかもしれませんが、博士(Dr.)が、学術を相当修めた者として、世界的に敬意の対象になるわけですね。

私は英国内での大学ランキングや格付けにはまるで興味がなかったので(オックスフォード大学とケンブリッジ大学とロンドン大学などの有名大学が医科学分野でも先端的であることは最低限知っていましたが)、本学の立ち位置というか格式についてはよく理解していませんでした。そのことで、説明会で隣に座った英国人のPeter君と話す機会がありました。出身を尋ねると「僕はマンチェスター出身」とのこと、典型的なイングランド人でした。

「マンチェスターって、マンチェスター・ユナイテッドの街だよね? やはり、フットボールが人気なの? 学部(undergraduate)はどこ?」
「たしかにダービー(←おそらくマンチェスター・ダービーのこと)は盛り上がる。僕はフットボールに興味がないけど。学部はマンチェスター大学を卒業したよ」
「マンチェスター大学って、凄いね!?(←なにしろノーベル賞受賞者を20人以上輩出してきた大学)」
「いや、医科学(medical science)に関しては、クイーンズの方がマンチェスターより上だろ?」

「マジで?」と、私は思わず驚愕しました。
もちろん、英国が世界に誇る研究大学連合「ラッセルグループ(Russel Group)」の一角を占める有力な研究大学であることはすでに承知していましたが、オックスフォード大学やケンブリッジ大学に比べればノーベル賞受賞者を数多く輩出しているわけではないし、医科学で本学がマンチェスター大学の上を行くような大学だと全く思っていなかったのです。
言葉を失う私を「コイツ、何も分かっていないんだな」という呆れた目で見て、Peter君は解説してくれました。

「見なよ、この大ホール(The Great Hall)を! こんなに立派なホールはイングランドでもなかなかないよ。英国や北アイルランドやアイルランド共和国のリーダーをこの大学が何人輩出してきたか知っている? 医学部も全英トップクラスだ。僕は臨床心理学が専門だけど、この分野でクイーンズ大学より明らかに上といえる研究機関は英国にはない。この大学は素晴らしいよ、たぶん、君が思う以上にね(more than you think)」

いや、さすがに、そんなに凄いわけないでしょう。私が日本人で英国内の大学の格付けをよく知らないからって、絶対に本学を過大評価しすぎているでしょう。
この子、どんだけクイーンズが好きなんよ……
そんなことを内心ちょっぴり思いながら、Peter君の業績をちょっと聞いてみました。

「君はもう論文を書いたことがあるのかい?」
「マンチェスターで2報書いた。だから奨学金もとれたし、博士課程修了後にポスドクせずにすぐにアカデミックポストに就きたいと思っている」

たしかに世界的に見ても学部時代に論文2報の業績は凄いと思うし、さぞかし優秀なんでしょう。博士号取得後、普通は数年間ポストドクトラルフェローシップ(Posdoc)を行うものですが、それすらもスキップしたいと考えているようです。それだけの自信もあるようでした。
私も医学部時代に論文2報書いているし、医師時代も含めてこれまでに15報書いていますが、2報で「どうや」って顔しているPeter君に、「実は……」と言うのもちょっと大人げない気がしたので止めておきました。

とにかく、実に多様な人たちが、夢や希望を一杯抱えて、本学にやって来ているようでした。本学は医科学の研究大学としても思っていた以上に名声があり、そこに集う彼らから刺激を受けなかったといえば、やはり嘘になるでしょう。私も頑張ろうと改めて思いました。

私にも、果たさなければならない約束がありますから。
たとえ約束を交わした人がもういないとしても。

留学生同士

2016-09-29 | 英国大学院博士課程に関して
結局のところ、人間は独りでは生きられない訳で、助け合うという姿勢が必要です。「医」の原点もそういうところに由来しているのでしょう。つまり、患者さんに寄り添うことから始まったのではないかと思っています。シンプルではありますが、困った時、苦しい時には寄り添い合うことが大事です。

で、何が言いたいのかというと、ホント、留学生の友達は頼りになります。

お互いに英語がぎこちないのでコミュニケーションはかなりシンプルですが、この厳しい博士課程を生き抜く上で助け合うのが賢いやり方であるのは間違いなく、私も最近は留学生ネットワークがなければ生きていけない気がしてきました。英国の博士課程は、やはり留学生も多いので、色々とコツさえ掴めば語学力的に不利でも単位はなんとかなるようです。

そういう意味では、中国人の学生さんたちが羨ましいです。あの人たち、ホント、世界のどこにでもワラワラといますからね。そして「リトルチャイナ」をすぐに構築する。中国人同士のネットワークで、多少の試練は容易に乗り越えていきます。単位集めも見事です。先日、中国語が話せるブルネイ人も言っていました、「英語が判らずに苦しかった時、中国語がすこし話せて本当に助かった」と。中国人ネットワークはかなり強力なようです。

EU諸国の出身者でさえも自国民同士のネットワークをなんだかんだ言って頼りにしている節があります。イタリア人、スペイン人などは、イギリスに来て英語が多少通じなくても、イタリア人、スペイン人同士で楽しそうです。クイーンズ大学の場合、日本人だけかもしれません、横のつながりがほぼ皆無なのは。私はまだベルファストに来てから、日本人と会話したことがありません。2人ほど別のコースにいらっしゃるという話は聞いているのですが。

この街の数千人の留学生たちの中に日本人がほとんどいなくて寂しいのは間違いありませんが、地元のイギリス人とよりも留学生同士の方が「言いたいこと判るわ~」って感じで分かち合えることが多いので、とりあえず今日も今日とて国際交流、異文化コミュニケーションをしています。

てゆーか、そうしないと、たぶん生き残れません(^_^;)

留学生に限らず学生同士の交流のイベントも既に幾つか体験しました。
学位を取得するために本学の「がん細胞生物学研究センター」の博士課程に入学した医者は私の他にもどうやら数人いらっしゃいますが、皆さん、地元の方々みたいです(話したことがない人がまだ何人もいるので違うかもしれませんが)。とりあえず喋っている英語が早すぎて、何を言っているのか、よく判りませんでした。とにかく自分自身が携わる治験と関連した研究テーマに取り組むような方ばかりでした。聞き取れなくても、医学知識をもとにして、なんとか要点だけは掴めました。
私の母校や東北大学でもそうでしたが、大学院医学(系)研究科の臨床講座が如何にも好みそうなテーマばかりで、「こういうところは世界共通なんだな~」と思わず苦笑しました。

私のテーマはかなり基礎医学的なので医者であるという強みがほとんど活かせていないと思っていたのですが、私の研究の方向性を聞いて指導教官の教授は「君もやはり臨床家だね」とコメントしてくれました。教授は、先日、放射線腫瘍学のトップジャーナルに掲載された私の論文のことをかなり高く評価してくださっていて、研究センター長や他の教授にまで「もう彼はred journalにも論文を出しているんだよ」と、猛烈にプッシュしてくれていました。

―――正直、恥ずかしいから、もうやめて~(/ω\)

そんなことを勿論言えるはずもなく、とりあえず、教授の横で意味もなくニコニコしているくらいしか、私に出来ることはなかったのでした。研究センター長から「数年後が楽しみだね」と言われて、「そうなるといいのですが(I hope so)」と言ったら、「そうするのさ(You will)」と強く言われて、冷や汗がダラダラと出ました。

……生き残れるのだろうか、ホントに。

日英の博士論文の体裁の違い

2016-09-22 | 英国大学院博士課程に関して
「本学(This university)では、博士論文(Thesis)をこの位書くことになっている」と言って、Prise教授が見せてくれたのは200ページを優に超える一冊の本でした。しかも、ちゃんと全部が英語(当たり前ですが)。
「ショートイントロダクションだけちょろっと書いて、あとはジャーナルに出版された論文をくっ付けるだけの博士論文でよしとする大学もヨーロッパには沢山あるけど、本学は違う」

ヴィクトリア女王が創立した研究大学は流石に気合入ってんな~(;・∀・)

教授のご厚意で博士号を近年授与された方々が提出した博士論文を幾つかすこし読ませてもらいましたが、圧倒的なボリュームとクオリティーでした。いわゆる大作揃いでした。去年、オックスフォード大学の歴史ある某研究所で見せて頂いた博士論文の体裁に、全く劣らないというか、あるいはそれ以上でした。やはり、英国の伝統ある研究大学ではこんな感じなのかと、改めて呆然としました。

教授に無邪気な様子で「日本はどうなの?」と聞かれて、思わず、答えに詰まりました。
私は母校はもちろん日本の幾つかの大学の医学博士論文の体裁を知っていますが、はっきり言って、勝負になりません。これで同じように医学博士(PhD)を名乗っていいのかなと思うほど、絶望的な差がありました。もちろん、日本の医学博士の中にもちゃんと英語で長い博士論文を提出された方々はいるのでしょうけれども(早稲田大学博士号を授与されていた誰かさんのようにコピペしたりもせずに)、博士号授与の最低水準が明らかに違うと思われました。

3年後にマジで私に書けるのかな、こんなの……(^_^;)

私自身、これまでに幾つかの論文をジャーナルに書いてきましたが、博士論文をちゃんと書くというのはもちろん初めてです。まあ、そういう経験を求めて、英国に来たのですが。とりあえず、この衝撃とプレッシャーを忘れないうちに、ブログに保存しておくことにします。
3年後に「ふ~ん、あの時はそんな風に感じていたのか」なんて思えるように成長出来ていたら、いいんですが。

まあ、未来を心配する暇があったら、未来のために布石を打つことにしましょうか