脳科学研究センター-脳研究の最前線

脳の研究を総合的に行うべく、脳科学総合研究センタが1997年に設立された。

βセクレターゼに注目

2024-07-29 18:05:59 | 脳科学
これらなかで、βセクレターゼは、新規の膜結合型アスパラギン酸プロテアーゼ BACE‐1であることが報告されました。他のセクレターゼと比較して基質の配列特異性が高いうえに、BACE‐1遺伝子を破壊したノックアウトマウスではAPPのβ部位での切断が完全に消滅することから、薬学的な効果が期待できるとして注目されています。当初、遺伝子ノックアウトマウスに重篤な異常が見られないとされていたことも理由です。実際、多くの基礎研究者が企業研究者がβセクレターゼ阻害剤の合成や探索に取り組んでいます。
しかし、ニューレギュリンという神経調整タンパク質も基調であることがわかり、ノックアウトマウスに末梢の髄鞘形成異常が見いだされました。現在、多くの研究者や製薬企業がBACE‐1阻害剤の探索に取り組んでいますが、長期投与しても副作用のない薬品の開発が望まれます
αセクレターゼの候補とついては、以前からいくつかの可能性があがっていますが、現時点では完全に確定していません。数年以上前から、細胞表面タンパク質 Adam 10およびAdam 9. Adam 17とよばれるプロテアーゼが有力な候補として指摘されています。私の印象では、これは間違いないと思いますが、他の可能性を否定するのが難しいことが大きな理由です。αセクレターゼを活性化するとAβ産生が減少することが知られています。しかし、今のところ顕著にαセクレターゼを活性化することが出来るのはホルボールエステルという発ガンプロモーター(発ガンを促進する物質)だけですから、αセクレターゼから攻めるのは難しいのが現状です。
γセクレターゼは、基質の膜貫通領域を切断する特異なプロテアーゼです。βセクレターゼで切断されたAPP断片に作用して、Aβ40およびAβ42を産生します。その実体は上述のプレセニリンを必須の構成成分とする巨体な分子複合体てあると考えられています。この複合体を構成するタンパク質として、ニカストリン、APH‐1、PEN‐2が知られています。
γセクレターゼは多くの基質が知られています。代表的なものは、神経発生過程に必須のNotchと呼ばれる膜タンパク質です。プレセニリン1のノックアウトでは、Notchのプロセッシンクに異常が生じて胎児致死となっています。したがって、γセクレターゼを阻害することによってAβ産生を抑制するという戦略は、副作用が危惧されます。
しかし、Aβ42産生だけを選択的に抑制するような薬剤(第二世代γセクレターゼ阻害剤)の探索がなされており、このような問題が克服されることが期待されます。

Aβの生成

2024-07-29 17:19:23 | 脳科学
Aβ生成に関するプロテアーゼ(タンパク質・ペプチドを加水分解する酵素)、セクレターゼと総称され、Aβのアミノ末端を切断するものがβセクレターゼ、カルボキシ末端を切断するものがγセクレターゼです。さらに、βセクレターゼに代わって、アミノ末端側で切断するαセクレターゼの存在も知られています。αセクレターゼの産物は病原性がないとされています。
前述で述べた家族性アルツハイマー病原因遺伝子の中で、APP遺伝子における変異は、βセクレターゼ切断部位およびγセクレターゼ切断部位の付近に存在するものがほとんどです、Aβ1‐40およびAβ1‐42の産生量を増加させ、後者はAβ1‐42の産生量を増加させます。その他の変異は、Aβの凝縮を促進する作用や、分解を抑制する作用が知られています。
またプレセリン1とプレセリン2は、γセクレターゼの構成成分があり、いずれも遺伝子の変異は相対的にAβ1‐42産生量を増加させます。このことからも、Aβ1‐42(あるいはAβx_42)が、第一義的な病原性ペプチドと考えられます。Aβ1-42は前述したとおり悪玉Aβですが
若い人から高齢者まで、脳内で常に合成されています。しかし、正常な若い脳では、合成された後に速やかに分解されるため凝縮・蓄積することはありません。言い換えれば、Aβの存在量は、合成と分解のバランスによって規定されるということです、

アミロイド・ペプチドとその産生‐悪玉Aβ

2024-07-29 14:56:06 | 脳科学
Aβは、前駆体タンパク質からタンパク質分解酵素(プロテアーゼ)で切り出されることによって生成します。ここで、ペプチドの構造について簡単に説明します。ペプチドはアミノ酸の重合体です。アミノ酸はアミノ基(‐NH_2)とカルボキシ基質(-COOH)を有します。二つのアミノ酸が重合してできたペプチドをジペプチドと呼びます。重合の際に片方のアミノ酸はカルボキシ基を、もう一方はアミノ基を供してペプチド結合を形成します。その結果、ジペプチドには、最初のアミノ酸のアミノ基と二番目のアミノ酸のカルボキシ基が残ります。これは、三つのアミノ酸からなるトリペプチドやそれよりも長いペプチドになっても同様です。
アミノ基のあるアミノ末端、カルボキシ基のある側をカルボキシ末端と呼びます。通常は、アミノ酸を一文字表記し、アミノ末端側を左に、カルボキシ末端を右側に表記します。Aβは役40のアミノ酸が重合したペプチドてすが、Aβ1-40というくらい、表記はアミノ末端側一番目のアミノ酸残基から40番目のカルボキシ末端残基までの40のアミノ酸残基から成ることを意味します。
アミノ酸一文字表記については詳しくは述べませんが、Aβ1-40の場合は、N末端からD(アスパラギン酸)、A(アラニン)、E(グルタミン酸)…ということになります。
さて、Aβにはカルボキシ末端構造と異なるAβ1-40とAβ1-42があります。これが生成されるプロセスは定常的現象ですから、Aβは生理的ペプチドと呼ぶことができます。
ただし、その生理機能は明らかではありません。APP代謝における単なる副産物だと私は考えています。APPやその類人タンパク質は、神経細胞の接着に関与することが示されています。また、APPの細胞外領域はプロテアーゼで切断されて細胞外液に放出されますが、プロテアーゼ阻害活性を有するので、過剰なタンパク質分解を制御する働きがあると考えられます。
Aβの物性は水溶液中で徐々にβシート構造(水素結合をした平面構造)の比率が増加して、きわめて重合・凝集しやすいのが特徴です。Aβ1-42やそのアミノ末端が欠けたAβx-42は、Aβx-40と比較してこの性質が強いことがわかっています。その結果として神経毒性が強く、いわゆる病原性の「Aβ」だということになります。このことは、多くの家族性アルツハイマー病原因遺伝子変異がAβx-42生産を上昇させることとよく一致します。

脳老化の特異性とその本質

2024-07-28 16:28:50 | 脳科学
基本的に神経細胞は分裂後細胞です。つまり、肝臓細胞等と違って分裂し続けることができません。したがって、一度出来上がった神経回路を維持するためには、個々の神経細胞が個体の死まで数十年にわたって生存し続ける必要かあります。言い換えれば、脳の老化は他の臓器に比べて細胞分裂によって回復される割合が非常に小さいことになります。
また、神経細胞は他の細胞に比べて物理的サイズが大きい上にエネルギー消費量が高いので、様々のストレス(虚血ストレス・酸化ストレス・カルシウム恒常性異状など)に曝されやすいことが知られています。
このよう状況で、細胞分裂によらずに構造や機能な異常を修復・修正するためには、細胞内外の品質管理機構がとくに重要になってきます。たとえば、変性したタンパク質の蓄積を抑制するために、分子シャペロンやタンパク質分解システムが作用することはよく知られています。順天堂大学の水野美邦博士が発見した家族性パーキンソン病原因遺伝子バーキン(Parkin)は、細胞タンパク質分解を解剖する分子です。神経変性疾患研究におけるタンパク質分解反応の重要性はますます大きくなっています。Aβを分解するネプリライシン(後述)も家族性広義の品質管理タンパク質だといえます。
アルツハイマー病の大半は、80歳以降に発症します。2000年前の日本人の平均寿命は20歳ほどだったそうです。数百年さかのぼっても、80歳以上生きる人間はほとんどいなかったでしょう。しかし、ここで扱っているような脳老化のプロセスを特異的かつ積極的に制御するような機構は、元来合目的的な意味で存在しないだけでなく、進化による淘汰も受けていないと考えられます。加齢はガンを含む多くの疾患の危険因子ですが、アルツハイマー病が特徴的なのは、高齢者の罹患率の高さです。人類は文明の進歩によって予想もしなかった難問に直面したことになります。
このように考えると、50歳以降の数十年は、人類にとって「新しい生命時間」だということになります。老いは心身の衰えとしてとらえられがちですが、人類進化の観点で考えれば、新しい冒険の時代だと言い換えることができると思います。平均寿命が急激に伸びたのは近代医学の発展の結果です。特に抗生物質の発見の寄与は大きいと思います。これからの医学の役割の一つは、この新しい生命時間を出来るだけ健康に生きる道を開いてゆくことです。

アルツハイマー病の最大の謎

2024-07-28 10:36:14 | 脳科学
このように、家族性アルツハイマーのと関連疾患原因遺伝子の同定は、病因論における因果関係の樹立に決定的な役割を果たしました。1990年代の10年間はその研究のために費やされたといってよいでしょう。また、孤発性アルツハイマー病も家族性のものと同様の病理変化を経ていることから、共通のメカニズムによって進行すると考えられますが、実は肝腎なことがまだよくわかっていません。
遺伝子変異が原因となる全アルツハイマー病の1000分1程度にしか過ぎないのです。残りの大半(99パーセント以上)を占める孤発性アルツハイマー病におけるAβ蓄積の原因は、これから解決されるべき謎といってよいと思います。後述するように、私たちはその答えの最も近い位置にいると考えています。なお、アポリポタンパク質Eの遺伝子多型Latin_4が原因遺伝子だと考えている人がいますが、これは誤りです。Latin_4のキャリアは発症率は高いのは事実ですが、80歳、90歳過ぎても発症しない方は沢山います。あくまで危険因子として考えるべきでしょう。国際的な診断のガイドラインにおいても、Latin_4の有無は診断基準には含められていません。
第二の謎としては、Aβが蓄積された結果、どのような経路を経て、神経細胞が機能低下をお越し、最終的に神経細胞死に至るかがわかっていないということです。言い換えれば、Aβ蓄積から神経変性に至るメカニズムの解明です。原因から結果に至るまでの必須のプロセスが何であるのか、また、それがどのように関係しあっているのかを明かにしなければなりません。いずれの謎も、病気を予防し、治療する糸口を見いだす上で避けては通れません。また、アルツハイマー病における「時間」の謎を解く鍵になるでしょう。