脳科学研究センター-脳研究の最前線

脳の研究を総合的に行うべく、脳科学総合研究センタが1997年に設立された。

タウタンパク質の過剰にリン酸化

2024-07-27 13:39:14 | 脳科学
では、タウタンパク質はどうでしょうか?アミロイド前駆体やプレセニリンの変異が同定され解析された頃は、かなり劣勢に立たされました。しかし、1990年代になって「第17染色体にリンクしパーキンソン症状を伴う前頭側頭葉認知症:FTDP-17(Fronto-Tenporal Dementia with Parkinsonism linked to chromosme 17)」の原因遺伝子にタウ遺伝子であることが発見され、タウタウンパク質の重要性が再確認されました。
FTDP-17では老人斑は形成されず、神経原線維変化が生じて、神経変性に至ります。タウタウンパク質の異常が神経変性を起こしうることが直接的に証明されたことになります。実際、病原性変異を有するタウタンパク質を過剰発現するトランスジェニックマウスにおいても、タウタンパク質が蓄積し、神経変性が観察されました。これによって、タウタンパク質の異常がアルツハイマー病の病理学的カスケードにおいても大変重要な因子であることが強く示唆されました。これは、アルツハイマー病の神経病理学的時系列ともよく一致しますので、神経原因線維変化→神経変性という因果関係が存在することは間違いないと思います。
ただし、神経原線維変化に依存しない神経変性過程が存在する可能性は否定されていないので、この点は注意を要します。神経原線維変化存在するタウタンパク質は過剰にリン酸化されています。タウタンパク質過剰リン酸化の病因論的意義は長らく議論されている大切なトピックですが、過剰リン酸化は原因であるのか結果なのか、まだはっきりとわかっていません。同僚の高島明彦博士は、その病因論的意義と治療標的としての可能性を精力的に研究しています。

Aβの蓄積によって引き起こされる

2024-07-26 23:09:18 | 脳科学
家族性アルツハイマーの原因遺伝子として同定されたものは、これまでに三つあります。コードされるタンパク質はいずれも膜タンパク質で、アミロイド前駆体タンパク質(APP:Amyloid Precurse Protein)、プレセニリンⅠ、プレセニリン2と呼ばれます。これまでに、これらの遺伝子の変異は100以上が同定され、調べられた変異の全てがAβの蓄積を促進する作用がありました。そして、そのほとんどが、次節で述べるように、アミロイド前駆体タンパク質からAβが生じる過程に影響します。
とくに大切なことは、培養細胞を用いるイン・ビトロ(細胞生物学)の実験と遺伝子改変動物を用いるイン・ビボ(発生工学)の実験の結果が、互いに矛盾なく一致したことです。この結果によって、「アルツハイマー病はAβ蓄積によって引き起こされる」というAβ仮説が強く支持されるようになりました。
比較的最近、アミロイド前駆体タンパク質の遺伝子座(染色体における遺伝子の位置)の重複が、家族性アルツハイマー病の原因となることが報告されました。Aβ仮説を″だめ押し″的に支持します。実は、第21染色体のトリソミー(染色体が一つ過剰の状態)によって引き起こされるダウン症の患者さんは、30代頃からアルツハイマー病病理が生じ、50代頃に認知症症状が見られることが知られています。第21染色体にアミロイド前駆体タンパク質の遺伝子座が存在するからです。
さらに、孤発性アルツハイマー病の遺伝的危険因子としてアポリポタンパク質EのLatin_4が知られており、メカニズムは確定していませんが、ヒト脳内でのAβ蓄積を促進します。また、アルツハイマー病以外の疾患でも、脳内にアミロイド様のペプチドが蓄積し、結果として神経原線維変化を伴う認知症に至ることがわかり、アルツハイマー病におけるAβ仮説は確定したといってよいでしょう。

家族性アルツハイマー病と孤発性アルツハイマー病

2024-07-26 18:47:45 | 脳科学
アルツハイマー病は、早期発症型と晩期発症型に分類されます。早期発症型は、20代後半から60歳までに発病します。60歳以降の発症は、晩期発症型と定義されます(研究者によっては65歳以降とする場合もあり、私もその方が妥当だと思いますが、ここでは60歳とします)。患者数において晩期発症が圧倒的に多いので、医療経済学的には最も重要な標的です。早期発症型は少なく、かなりの割合で「常染色体優性遺伝」に関する家族性アルツハイマー病です。
「常染色体優性遺伝」は、性別に関係なく一対の染色体の片側に遺伝子変異が存在するだけで発症するということを意味します。両親の一人が家族性アルツハイマー病であれば、子供は二分の一の確率で発症することになります。将来、私は家族性病も予防・治療可能になるという信念があります。家族性アルツハイマー病患者は、正常に成長し成人に達した後に、30歳頃から60歳頃にかけて発症します。生まれる前から原因遺伝子変異を有するわけですから、潜伏期間が30年以上あることになります。この長期間にわたるプロセスを科学的・蓋然的に捕捉することは大変重要であると同時に困難な課題です。
一方、明確な遺伝性のないものを孤発性アルツハイマー病と呼び、晩期発症型の大半が、これに相当します。孤発性アルツハイマー病は85歳を過ぎると罹患率が急増します。家族性アルツハイマー病のタイムスケールに基づいて類推すると、原因は50歳代頃あるいはそれ以前からすでに始まっていることになります。親近者にアルツハイマー病気患者がいても、明確な遺伝性が認められない限りはあくまで孤発性アルツハイマー病です。今のところ、劣性遺伝する家族性アルツハイマー病は見いだされてはいません。

因果関係の樹立へ

2024-07-26 16:54:21 | 脳科学
ようやく役者がそろってきたので、因果関係の検討が可能となりました。原因は結果に先行するはずですから、これらの事象の時系列が検討され、

アミロイドペプチド(Aβ)の蓄積→タウタンパク質蓄積→神経細胞死

という順番が確立されました。また、現在では、神経細胞死の前に実質的な症状の原因として神経機能不全が存在すると想定されています。
しかし、これだけでは厳密な意味での因果関係の樹立にはなりません。原因と想定される事象が、単なる付随的現象に過ぎない可能性も否定できないからです。この因果関係の検討において決定的な役割を果たしたのが、家族性アルツハイマー病です。患者さんや家族には幸いなことだった思いますが、人類遺伝学研究において、三つの原因遺伝子が同定されました。
最初の発見は、病理生化学によるAβの精製でした。次に、アミノ酸配列が当時最先端のペプチド化学によって決定されました。このアミノ酸配列をもとにアミロイド前駆体タンパク質の遺伝子がクローニング(遺伝子を単離すること)されました。そして、アミロイド前駆体タンパク質の遺伝子変異が、英国のある家系に見出いだされたのです。これによってはじめてアルツハイマー病は、

原因(家族性の場合は遺伝子変異として規定される)→分子レベルの病理→解剖学的病理→臨床像

といった一連の因果関係を検討することが可能になりました。
ここで大切なことは、アルツハイマー病患者の大半を占める孤発性アルツハイマー病も同様の病理像、臨床のを示すことから、前者に関する知識の多くは後者にも当てはまるという事実です。

アルツハイマー病の確定診断

2024-07-26 14:43:32 | 脳科学
実はアルツハイマー病の確定診断のためには、これら「三大病理」(老人斑、神経原線維変化、神経変性)を確認することが必要です。病理解析は死後、脳を解剖しないとできませんから、今のところ患者が生きている間は確定診断ができないということになります。臨床の現場では、認知症の症状(認知能力の進行的低下や精神症状)を確認した上で、その他の疾患の可能性を排除してゆく除外診断が通常行われます。除外される疾患として代表的なものは、脳梗塞や心筋梗塞による血管性認知症、び慢性レビー小体病、ビタミンB_12欠乏症などがあります。臨床の現場では複数の病態が共存する複合型が数多くあります。
さらに、血管性認知症と診断された患者の死後、神経病理を調べたらアルツハイマー病であったという症例が多数報告されています。全ての患者さんが病理解析されるわけではありませんから、認知症に関する統計の正確さには限界があります。したがって、異なる民族や国民の罹患率を比較するのは容易ではありません。ただ、同等の基準に基づく日系米国人と他の米国人のテータを比較すると明確な違いはありませんから、今のところ民族差はあまり大きくないと考えてよいでしょう。