ただの一般人の日記

一般人です

タイトルはないです

2024年02月17日 | 日記

努力しなくても良い理由を見つけてしまったら私はそこにとことん付け込む人間だと思います。メンタルクリニックに通うになってから、自分は病気なのだから仕方ない。薬を飲んでいる人間なのだから仕方ない。そうやって自信を正当化して生きてきました。正当化しないと生きていけなかったからなのかもしれません。

あまりにもテスト勉強をしないものですから、高校受験のような環境にしてみました。

  • youtubeのアカウント削除+新しいアカウントで勉強に関するものだけを見る。
  • 自分を洗脳する(勉強しない奴はクズだ!と)

ですが、あまり効果はありませんでした。

(勉強しない奴はクズだ!)というマインドを持っているときは、ものすごい認知の歪みを抱えていたのだと分かりました。マインドとともに、プライドが高くなった代わりに勉強に対するモチベーションは手に入っていたのですが。今の自分に同じことをやろうとしても、(そんなわけないだろ)で終わります。

怠けなのか?鬱状態なのか?どちらなのか判断がつかないときを後から振り返ると大抵鬱状態だったりします。

「死にたい」とかいう話についても書こうと思ったのですが、どうせその時の自分が正常でなかっただけ。がオチになるだけでしょうし、それを考えても曖昧になって終わるだけなので書くのはやめました。

以前自分の嫌いなものを友達が好きだということが受け入れがたい。と言いましたがある程度自分なりに考えがまとまったので書きます。例えば「BLが好き」と言われたら「あ、この人は自分とは違う考え方を持つ人なのだな」となり「違う種類の人間」のBOXに入れられます。ですが自分と思考や趣味が似ている人は「似通った人間」のBOXに入れられますが、後から自分の嫌いなものが好きだと分かり「違う種類の人間」のBOXに移し替えるわけです。そこの作業を受け入れがたく思っている。要するに、人間を自分と同じ考え方か、それ以外かの二極化で考えてしまっていたものですから、中途半端に似ているというのが受け入れがたくなってしまっているのでしょう。

本当は「自分と同じ人間」も「まったく自分とは異なる人間」もいないのにも関わらず、その二つで考えていたという点で自分は認知の歪みを持っているのだと感じました。

また人間だれしも認知の歪みをある程度持っている。認知の歪みを持っていない人間などよっぽどのことがない限りありえないのだと感じました。高校生ともなれば認知の歪みを多数持っているのが一般的であり、だからこそ行動に出ている場面があるのかなと感じました