レポートバンク

主に企業の財務や経営について分析するブログ。

株式報酬のトレンド

2021-06-27 19:11:32 | 企業や市場の制度
会社が経営者や主要な従業員に対して、
・働くモチベーションを高めて貰うこと
・より長く会社にいてもらうこと
を目的として、株式を渡すことが前々から行われていたことは、株式や経済ニュースに興味を持つ一部の方々にはよく知られていた。
そして、その方法として長い間多くの企業に「ストックオプション付与」という手法が取られ、それが大きな論争を起こしていたこともまたよく知られた事実である。
この論争がいかに大きかったかについては、大物投資家であるウォーレン・バフェットが何度も公開文書で言及し、基本的に良くないものだと述べたこと(「株主への手紙」第5版)、ストックオプションを扱う会計ルールが途中で米国・日本とも変更になったこと(かつては現金の持ち出しが無いこと等から会社の費用として計上されない運用だったが、株主の財産を実質的に渡していることから費用とすることになった)に現れている。 

このストックオプションは、少し前までよく株式市場で見かけたものだが、最近はこれに代わり、
「譲渡制限付株式報酬」として会社の保有する自己株式を渡す
という方法にシフトしつつあるようである。

結論から言うと、投資家にとって、これは率直に喜ばしい動きであると考えている。それは付与された者と株主との立場がおおよそ等しくなり(付与された者が一定期間手放せないことだけ違う)、より投資家を思ってフェアに働いてくれることが期待できるからだ。
会社が損するだろうが経営陣としては気にならないだろう事柄(過剰な接待費の利用、ちょっと割高なM&Aの敢行など)は少しは減るのではないかと思う。

この理由は下記①②③の点だ。
①これまで付与されていたストックオプションというのは、「株式を一定の金額で買う権利」なのであって、例えば株価が下がった場合には使わなければ良いだけなので、投資家と連動していない。
すなわち、
・働いて業績・株価があがれば、行使することで得することが出来る(1000円に値上がりした株を予め定めた800円で買えたりできる)
・働いて成果が出なくても、特に損することはない
という、「プラスはあるがマイナスは無い」ことになり、連動していないのだ。

②その点、直接株式を報酬として渡すのであれば、プラスもマイナスも長期保有株主と同じ影響を受けることになる。
すなわち、
・ボーナスのうち50万円について50万円分の株式を付与された場合(実際には譲渡制限があるので55万円分等差はつくと思うが)、働いて業績・株価があがれば株式が80万円分などに増えて得する
・働いて成果が出なければ、株式が30万円分などに下がって損する
という仕組みになっており、連動する。

③会社は、株式を直接渡すのであればそのタイミングで費用を確定できるが、ストックオプションだと、「一体どれくらいの富を株主資本から付与者に与えることになるのか」を払込みの時まで確定出来ない。
一般にブラック・ショールズモデルによって過去の株価変動からストックオプションの価格を算定し付与年度の費用に計上しているが、どれだけ数式が優れたものであろうと、推定値よりも報酬付与時に確定する方が株主にとって安心できるのは自明である。

今後気をつけるべきは、会社全体の業績に連動する職位にある社員にだけ付与しないと不公平感が出るということ、制限期間がボーナスとしてある程度合理的なもの(例えば蝶理社の2021/6/25のリリースでは中計と合わせていて成程と思った)にならないとモチベーション向上の効果は薄れること、等だろう。
バフェットはこの点からも「あくまで各人の業績だけに連動した現金支給を各期にボーナスとして行い、それによって自社株式を買うことを勧める」のが良いと述べており、私も主要メンバーと株主の意識合わせについてはそれが妥当な手段に思うのだが、このような会社は実際どれだけあるのだろうか?

会社の長期的成功にとってより良い報酬の在り方は、今後もガバナンスの重要論点であるだろう。コーポレート・ガバナンスコードなどに考え方が書き加えられるなどして、投資家と経営者の協力体制が適切に築かれていくと良いと思う。

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「のれん」会計と優良企業

2021-05-22 14:37:58 | 企業や市場の制度
証券会社が海外株式を扱うようになっている現代、日本企業と海外企業を比較して業績を調べようとする人も多いのではないか。

この時、(M&Aをよく行うような企業の比較なら特に)気をつけるべき点が、純利益にも影響してくるのれんの会計処理である。
のれんとは、企業が買収を行うとき、対象企業の収益力の伸びを評価すること等で正味の資産価値を上回る金額を払うことがあり、その差額を資産に計上したものを指す。
※下回る金額を出すこともあり得るが、この場合は負債として保存せず、会計基準により一括処理される。

こののれんは、日本の会計基準によれば20年以内の期間で毎年償却(償却する金額は特別損失として利益から減額)することになる(詳しくはマネーフォワードの解説)。
しかし米国会計基準や国際財務報告基準(IFRS)ではそのような償却をしない。買い取った企業の業況を毎年テストして調べ(ウェブ記事でその考え方がまとめられていた)、平たく言えば悪化が見られたときに一括償却する。

つまり、稼ぐ企業を多く買い集め、それらを上手く経営できる企業ならば、日本の会計基準でない方が純利益を多く見せられるのだ。
実際、ウォーレン・バフェットは優良企業ののれんについて、「増えこそすれ減ることはない」と述べる。(「バフェットからの手紙第4版」より)
ブランドの名声が高まり、いわゆるネーム・バリュー(具体的には、「性能よりもアップル社製だからという理由で顧客をひきつける力」など)が高まり続けるのであれば、のれんは確かに高まり続けていると言える。

それでは日本基準より海外基準が良いかというと、そうとも言えない。
まず、海外の償却テストは複雑で定性的なところもあり、投資家からは「償却されてないから良いのだろう」と言いきれないと思う。

さらに、そもそも成功させられる買い手企業がどれほどいるかについて、
・ウォーレン・バフェットは世の中のM&Aは失敗が多いと述べており、
・かつて日本のゴールドマン・サックスでM&A部長をしていた服部暢達著「日本のM&A」の中には、世界でのM&A買い手の成功率は50%程という記述があり、
総じて多数派ではないことが確実であるといえる。

そうしてみると、会計の原則の1つ「保守主義の原則」からすれば、損する可能性が半分あるとすればグレーゾーンを作らずに償却義務化という考えが安全で妥当というのもわかる。もちろん、海外の制度における償却実施判定のテストが明瞭かつ厳格なら導入も良いのではないかと思うが、テストの手間もかかりグレーな判定が出てくるようでは企業にも投資家にも負担である。
日本と海外の会計基準は異なるが、いずれも論拠があり、統合は当分無いのではないかと思える。

結論として、投資家で、買った企業を上手く経営して利益を出せる優良企業なのかどうか考え、
・優良企業と思うならのれん償却費用を除いた利益を、
・そうでないと思うならしっかりと償却したあとの利益を、
その企業の妥当な利益額として算定しなければいけないと思う。

財務諸表は分析のスタート地点と言われる。(「バフェットからの手紙」)
より正確な企業分析を心がけたい。

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経営とリスク管理

2021-03-30 14:21:00 | 企業や市場の制度
企業の経営は、設備など固定資産を持ち、正社員を多く雇い安定的に給与を出すという体制をもっているので、急激な利益の下落を起こさないようリスク管理できていることが望ましい。(資源ビジネスなど外部要因が大きい業種の変動はある程度制御できないと思われる。)

何かを成し遂げようとするのにリスクは不可避だが、その程度は企業ごとに吸収可能な範囲に収めることが安定の基礎である。
経済社会全体でみれば、「今は転職が一般的なので企業が一つ潰れようと他のより優れた企業に人材が移動するだけだから良いのだ」という見方もあるかもしれないが、少なくとも経営層や株主はリスク管理に本気で取り組んでいるべきだ。

そのようなわけで、巨額損失のニュースが報道されるとき第一に気になるのは
・経営陣によってリスクを査定出来ていたのか、
次に気になるのが
・リスク管理体制が作られる為に経営陣や株主は何をすべきか
である。
巨額損失が出たとしても、それは巨額利益を得るためにあえて行なった投資の結果なのだと経営層も株主も納得済みなのであれば、外からとやかく言うものでもないのだと思う。(例えばソフトバンクグループなどはこのパターンに見受けられる。ここについて言えばトータルで勝っていてベンチャー投資の実力を感じさせる)

リスク査定が出来ていたかどうかは、公表されるニュースの中で「〜のせい」と指名されるのが明確に経営トップであるかどうかで判断可能だ。
リスク管理の責任者は、ウォーレン・バフェットの考えによれば経営トップであり、複雑すぎて出来ないなら事業撤退するのがあるべき姿と考え、バフェット自身買収した会社の抱えていた多くのデリバティブを解消したという。(「バフェットからの手紙第4版」)

こうしたリスク管理や、必要ならば撤退まで出来る経営トップを探して投資したり、経営層のこうした対応を株主総会での投票で支持することが株主にとって良い結果をもたらすのは分かりやすいと思う。

そうした経営トップが見当たらない企業の場合、リスク管理体制が作られるために、株主は外部から登用する取締役等の働きかけでトップ交代に期待するか、投資をやめるべきだろう。
会社法の規定からすれば、リスク管理体制の構築は取締役会の責任であり(会社法362条)、有識者として外部からやってきて「リスク管理出来ていない」と気づいた社外取締役は声をあげるべきだ。
バフェットによれば、取締役会が声をあげづらい空気だというのであれば、辞めるのが意見表明になる。

リスクをとって何かを成し遂げようとすることは素晴らしいが、そのリスクを把握して適切に行動することも、両方大事なのだと思う。

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