会社が経営者や主要な従業員に対して、
・働くモチベーションを高めて貰うこと
・より長く会社にいてもらうこと
を目的として、株式を渡すことが前々から行われていたことは、株式や経済ニュースに興味を持つ一部の方々にはよく知られていた。
そして、その方法として長い間多くの企業に「ストックオプション付与」という手法が取られ、それが大きな論争を起こしていたこともまたよく知られた事実である。
この論争がいかに大きかったかについては、大物投資家であるウォーレン・バフェットが何度も公開文書で言及し、基本的に良くないものだと述べたこと(「株主への手紙」第5版)、ストックオプションを扱う会計ルールが途中で米国・日本とも変更になったこと(かつては現金の持ち出しが無いこと等から会社の費用として計上されない運用だったが、株主の財産を実質的に渡していることから費用とすることになった)に現れている。
このストックオプションは、少し前までよく株式市場で見かけたものだが、最近はこれに代わり、
「譲渡制限付株式報酬」として会社の保有する自己株式を渡す
という方法にシフトしつつあるようである。
結論から言うと、投資家にとって、これは率直に喜ばしい動きであると考えている。それは付与された者と株主との立場がおおよそ等しくなり(付与された者が一定期間手放せないことだけ違う)、より投資家を思ってフェアに働いてくれることが期待できるからだ。
会社が損するだろうが経営陣としては気にならないだろう事柄(過剰な接待費の利用、ちょっと割高なM&Aの敢行など)は少しは減るのではないかと思う。
この理由は下記①②③の点だ。
①これまで付与されていたストックオプションというのは、「株式を一定の金額で買う権利」なのであって、例えば株価が下がった場合には使わなければ良いだけなので、投資家と連動していない。
すなわち、
・働いて業績・株価があがれば、行使することで得することが出来る(1000円に値上がりした株を予め定めた800円で買えたりできる)
・働いて成果が出なくても、特に損することはない
という、「プラスはあるがマイナスは無い」ことになり、連動していないのだ。
②その点、直接株式を報酬として渡すのであれば、プラスもマイナスも長期保有株主と同じ影響を受けることになる。
すなわち、
・ボーナスのうち50万円について50万円分の株式を付与された場合(実際には譲渡制限があるので55万円分等差はつくと思うが)、働いて業績・株価があがれば株式が80万円分などに増えて得する
・働いて成果が出なければ、株式が30万円分などに下がって損する
という仕組みになっており、連動する。
③会社は、株式を直接渡すのであればそのタイミングで費用を確定できるが、ストックオプションだと、「一体どれくらいの富を株主資本から付与者に与えることになるのか」を払込みの時まで確定出来ない。
一般にブラック・ショールズモデルによって過去の株価変動からストックオプションの価格を算定し付与年度の費用に計上しているが、どれだけ数式が優れたものであろうと、推定値よりも報酬付与時に確定する方が株主にとって安心できるのは自明である。
今後気をつけるべきは、会社全体の業績に連動する職位にある社員にだけ付与しないと不公平感が出るということ、制限期間がボーナスとしてある程度合理的なもの(例えば蝶理社の2021/6/25のリリースでは中計と合わせていて成程と思った)にならないとモチベーション向上の効果は薄れること、等だろう。
バフェットはこの点からも「あくまで各人の業績だけに連動した現金支給を各期にボーナスとして行い、それによって自社株式を買うことを勧める」のが良いと述べており、私も主要メンバーと株主の意識合わせについてはそれが妥当な手段に思うのだが、このような会社は実際どれだけあるのだろうか?
会社の長期的成功にとってより良い報酬の在り方は、今後もガバナンスの重要論点であるだろう。コーポレート・ガバナンスコードなどに考え方が書き加えられるなどして、投資家と経営者の協力体制が適切に築かれていくと良いと思う。
レポートバンクの作品一覧:
様々な業界や企業について分析しレポートとして整理した作品の一覧