震災直後、ボランティアで訪れた石巻。今回再訪問して、嬉しいこといっぱい、悲しいこともいっぱい。
***
東日本大震災の発生一週間後、いてもたってもおられず、救援物資を積んで車を飛ばし石巻を訪れました。
石巻を選んだのは、そこまでしか行けなかったからです。
(それより北部の南三陸町や越前高田などへは、道路が寸断されていて行けなかった)
それから3年5か月が過ぎました。
ボランティアに行かねば‥‥、と思いつつ、それは実現しないまま、今日を迎えました。
8月12日に再訪問しました。
石巻に入って、まず目に飛び込んだのは、この看板。
こんなところから津波に襲われたのか‥。
宮城県立石巻高校に向かいました。
ここは震災直後当時、自衛隊が入って大規模な救助作戦の最前線になったところでした。
2千人を超える被災者の方々が体育館に避難されていました。
(震災後1週間に撮影したもの)
今回訪れた石巻高校では、高校生の楽しそうな声が聞こえました。
JR石巻線、復旧するとはとても思えない状態でした
しかし見事に復活していました。
3年前は泥だらけだった石巻駅前と市庁舎もこのとおり復活です。
町中には石ノ森章太郎のキャラクターモニュメントが、立ち並んでいて楽しいよ。
そして日和山公園へ。
ここからは石巻の旧市街地を展望することができます。
震災直後、眼下に広がる壊滅状態の町に、驚愕しました。
(小さくて分かりにくいですが、橋の上に船が乗っています)
そして今回は、
一面の草原。港湾施設や一部の工場を除き、あとは草が生い茂っていました。
お墓は復活。
さすがに船は撤去されていました。
銀色に光る大きな建物は、リニューアルされた石ノ森萬画館。
震災前の写真が掲示され、その対比が悲しい。
お盆ということもあり、日和山では大勢の方々がお参りをされていました。
今回再訪した石巻。
まだまだ復活というには遠いですが、着実に前へ進んでいる姿を目にしました。
ガンバレ石巻! 遠くからいつも応援しています。
***
東日本大震災の発生一週間後、いてもたってもおられず、救援物資を積んで車を飛ばし石巻を訪れました。
石巻を選んだのは、そこまでしか行けなかったからです。
(それより北部の南三陸町や越前高田などへは、道路が寸断されていて行けなかった)
それから3年5か月が過ぎました。
ボランティアに行かねば‥‥、と思いつつ、それは実現しないまま、今日を迎えました。
8月12日に再訪問しました。
石巻に入って、まず目に飛び込んだのは、この看板。
こんなところから津波に襲われたのか‥。
宮城県立石巻高校に向かいました。
ここは震災直後当時、自衛隊が入って大規模な救助作戦の最前線になったところでした。
2千人を超える被災者の方々が体育館に避難されていました。
(震災後1週間に撮影したもの)
今回訪れた石巻高校では、高校生の楽しそうな声が聞こえました。
JR石巻線、復旧するとはとても思えない状態でした
しかし見事に復活していました。
3年前は泥だらけだった石巻駅前と市庁舎もこのとおり復活です。
町中には石ノ森章太郎のキャラクターモニュメントが、立ち並んでいて楽しいよ。
そして日和山公園へ。
ここからは石巻の旧市街地を展望することができます。
震災直後、眼下に広がる壊滅状態の町に、驚愕しました。
(小さくて分かりにくいですが、橋の上に船が乗っています)
そして今回は、
一面の草原。港湾施設や一部の工場を除き、あとは草が生い茂っていました。
お墓は復活。
さすがに船は撤去されていました。
銀色に光る大きな建物は、リニューアルされた石ノ森萬画館。
震災前の写真が掲示され、その対比が悲しい。
お盆ということもあり、日和山では大勢の方々がお参りをされていました。
今回再訪した石巻。
まだまだ復活というには遠いですが、着実に前へ進んでいる姿を目にしました。
ガンバレ石巻! 遠くからいつも応援しています。