先日お知らせした武州山引退・小野川襲名断髪式が、10月5日、国技館で行われました。
6月の雷親方(垣添)の引退興行に続いて、今年二度目の断髪式です。
300余名の武州山とご縁のある方々が一人ずつ土俵に上がり、大きなハサミで髷を切っていきます。
郷土・青森県からも鹿内青森市長、小林八戸市長のおふたりが駆け付け、武州山の髷にハサミを入れてくださいました。
こうやって郷土の市長お二人がそろってお出でくださるのも、武州山の律儀な、そして誠実な人柄によるものなのだと思います。
断髪式終了後のパーティでは鹿内市長さんが祝辞の中で、青森から横綱を出す、そんな指導を小野川親方にはやってほしい、と期待を述べておられました。
優勝力士の額が見守る中、断髪式は粛々と進んでいきます。
断髪のハサミを入れる方に拍手が起こることが無いわけではありませんが、今回は特に大きな拍手が起きた場面がありました。
読売新聞解説委員の竹内正明さんがハサミを入れたときです。
竹内さんは、先のブログにも書いた「編集手帳」の記事を執筆された方です。私だけでなく、多くの相撲ファンの心を代弁したような素晴らしい文章でした。
もちろん、武州山にとっても素晴らしい引退へのはなむけ、大きな勲章になった記事だと思います。
来場した皆さん、その辺のことはよく承知していて、本当に大きな拍手が館内に響きわたりました。
男性の方がたの断髪が済んだあと、いったん向こう正面のステージに断髪の場所を移し、今度は女性の方のはさみ入れです。
私は女性の方のはさみ入れを見たのは初めてでした。女性は土俵に上がれないので、別にステージをしつらえたのですね・・・。
苦労のすえ十両優勝を成し遂げた武州山を涙で出迎えてくれた前武蔵川親方夫人をはじめ、
武州山の活躍を最後まで見届けることなく、志半ばで亡くなられた故・松坂大東文化大相撲部監督の奥さまなど、有縁の女性がハサミを入れました。
そして女性のはさみ入れの最後は武州山のお母さん。亡きお父さんの代わりにハサミを入れました。
場所を再度土俵上に移して、ハサミ入れが続きます。万感を込めて、武州山のお兄さんのハサミを入れ。
親族の方のはさみ入れに続いて、親方や力士衆もハサミをいれました。
そして最後に、藤島親方が大銀杏にはさみを入れます。
切り落とした大銀杏を掲げ、力士としての武州山に別れを告げます。
大きな拍手とともに、武州山!の声があちこちからかかりました。
テレビ朝日・飯島アナウンサーの名調子による想い出の一番再現をはさんで、断髪式の最後は相撲甚句。
艶と張りのある素晴らしい声でこの甚句を唱える呼び出しさんは、武州山が通った浪岡中学校相撲部の1年後輩。
この取り合わせは、泣かせます。
心のこもった、素晴らしい相撲甚句。一緒に稽古、練習した仲であればこその一言一句。
松坂・前大東文化大相撲部監督の甚句も渋いうなりで名人芸でしたが、それに劣らない、素晴らしい甚句でした。
引き続いておこなわれた国技館地下大広間での祝宴では、小野川親方の前途を祝して、故郷青森の津軽三味線やねぶたのお囃子、はねとが宴を盛り上げてくれました。
故郷って、いいなあ・・・
武州山は現役時代はケガが多く、苦労の多い力士人生だったと思います。それでも忍の一字で一つ一つ稽古を重ね、最高位は前頭3枚目まで登りました。
無口な父親の病床から届いた「オレも頑張るから、おまえもガンバレ」の最期の言葉。
故・松坂監督から頂いたさまざまな教え。
お二人の遺影が見つめる中での断髪式と、祝賀会。
満員の祝宴で一言一言かみしめるようにお礼のあいさつをする小野川親方の姿に、相撲は人を育て、そして磨き上げる国技なんだなとしみじみと感じた住職でありました。
相撲って、いいですね。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
台風の影響で、今日は暑い暑い夏がもどってきたような、そんな1日でした。
今日はここまで。
先日はありがとうございました。
10/5は仕事で、休めず武州山引退相撲はうかがえませんでしたが、9/28に国技館で武州山関にTシャツを売って頂き、感無量でした。
かつて武蔵川部屋に朝稽古を見学に行ったおり、武州山関が黙々と稽古をしている姿に感動しました。
(垣添関目当てで行ったのですが。笑)
ご住職のブログから断髪式の温かい様子がうかがえて何よりです。
ありがとうございました。
2月には雅山の断髪がありますから、そこにかけましょう