昨年から余命宣告を受けていた父が亡くなりました。
前回のブログの題名が『平凡な日曜日』でしたが、そのすぐ後に怒涛の一か月が来るとは想像もしていませんでした。
5/21(土)はまだ普通にこんな仕事をしていました。
次の日の日曜日、映画『トップガン マーヴェリック』を観に行くつもりでしたが実家から電話が、
お袋からで、家族が会える最後のチャンスの日ですと看護師さんに言われたらしい。
既に14:00でしたが、服も着替えずにそのまま故郷の長野県へ。
18:30頃実家に到着。 ちょうど訪問看護師さんが来ていたので『あとどのくらいでしょうか?』➡『一週間位ですかね』
上の画像の現場が月火曜日のあと二日で完成なので、その日はとんぼ返りで千葉県に戻りました。
歳をしたお袋一人では大変だと考え、親父が亡くなり、葬儀が終わるまでは実家にいよう。
5/25(水)から全ての仕事をキャンセルして、実家に滞在。
親父は入院をしていましたが、余命いくばくもなく本人の希望もあったので5/17~自宅療養中でした。
訪問介護が 毎日 朝8:10と夕18:30
訪問看護が 毎日 11:00
訪問診療が 毎週火曜日
といったスケジュールですが、介護、看護、診療の方々がいない時間はフル親父対応しなければならないので、テレビもほとんど見ませんでしたね。
自分が子供のころから活躍している壁掛け扇風機。 まだまだ現役。
妹が訪れて作ってくれた いももち 新潟名物? 美味しいです。
首都圏ではあまり売っていませんが、北信地方の定番はやはり ニジマスだな。 大好物!
親父の生命力は超人的らしく、訪問診療の先生も『あと3,4日ですね』 → 『あと2,3日ですね』 → 『お父さんの生命力が凄すぎて、もう分かりません!』
結局5/25~6/7まで、親父の介護で終わりましたが、自分でやってみてお袋の大変さが本当に身に沁み、頭が下がる思いです。
6/7 帰宅する際、まだ意識もあり耳で話を理解できる状態だったので、
・昨年、既に余命宣告を受けている事。
・体力的な問題で、癌そのものの治療はしてきていない事。
・痛みを取り除く治療しかしていない事。
・恐らく今日が今生の別れになってしまう事。
全て自分の口で伝えました。 まだ存命なのにお別れを伝える事が一番辛かった。
千葉県に戻り、いつまたそうなるか分からないので、単発仕事だけをやらせてもらって過ごしていましたが、
6/17(金)の夜に母から『お父さんいよいよみたい...』と連絡。
今度こそはそうだろうと考えたので、急遽仕事のキャンセル連絡 → 礼服や着替え等の準備をして夜中の2:30に自宅を出発。
実家に到着したのは朝の6:30でした。
2時間差位で妹も実家に到着。 親父の様子を見て『今回もこりゃないな...』『今日帰るかな』等と話。
自分が親父の様子を見ている間、家の事や買出しで皆が留守。
何となく呼吸数が少なくなっているような感じがしたので、先生に見てもらう為に動画撮影。
しばし無呼吸になっても『おい!息してねーぞ!』と話しかけると持ち直しの連続。 そのうちに完全無呼吸。
あれ? 死んだ? 帰ってきたお袋や妹に『もしかしたら死んだかも?』と伝え、看護師さんに連絡、先生にも来て頂き死亡確認。
意外とあっさりとした死に方でした。
ここから葬儀までは猛烈に忙しくなるだろうと覚悟していたのですが、斎場が混みあっている為、3日間ドライアイスで自宅に安置。
おかげでゆっくりと葬儀の準備が出来ました。
妹と嫁で作ってくれた昼食。
急に自分の書いている文字がぼやけるようになってしまい、急遽購入した拡大眼鏡(もしかしてストレスか?)
無事に葬儀(家族葬)も終了。 みんなお疲れ様でした。
自宅にもどって夕食。 あるあるですが、お寿司等々注文しすぎたので市内の親戚にもおすそ分け。
骨になってしまいましたが、親父も帰宅。
介護の思い出になってしまった吸い飲み
今回は喪主をやらせて頂き、葬儀の大変さ(諸々打ち合わせ等)、コロナの影響で火葬場への人数制限による人選等いろいろと経験出来ました。
そうあってほしくはないですが、3年以内ならもっとスムーズに進める自信がつきました。
むしろ大変だったのは葬儀の翌日からでした。 葬儀後から帰宅予定日までで、平日は3日間しかありません。
その間に市役所、年金事務所、銀行、相続登記に伴う司法書士との打ち合わせ、電気、水道、ガスの名義変更と口座変更等などまだまだ多岐にわたりました。
年寄りだけでは絶対に無理な手続きが盛りだくさん。
従兄弟と市の清掃センターに持ち込んだ不要な不燃物は、総重量100kg ズボンプレッサーとか水牛の角とか... それでも¥1,480で済みました。
ゴミ出しの帰りに寄った 米子のお不動さん
ついでに豊岡ダム
平日の事務作業の合間に本位牌や盆提灯の手配もしなくちゃ。 仏具って高いんですね!
司法書士さんとの打ち合わせで分かった事が、敷地内に後で増築した物置が未登記だった事、土地建物に根抵当権設定されている事。
物置は親父が簡単に考えて、自分の敷地に物置建てて何が悪いんだ! と考えたんでしょう。
根抵当権は親父が商売を始めた頃に設定されていました。 抹消手続きをすればいいのですが、既にその支店に口座が無い…
これらは遺産相続が済んでからなのでまだまだ続きます…
親父! こういう事だけは病気になる前に伝えておいて!
千葉に戻る当日、少し時間があるので従兄弟と子供の頃によく遊んだ臥龍公園に。 開店前なので閑散としてる。
竜ヶ池
久しぶりに臥竜山に登ってみよう、サンダルだけど。
登る道中にいた、後ろ足で穴を掘っていたカメ。 卵でも産むの?
臥竜山頂
千葉に戻ったら、いきなり那須日帰り仕事等で今週はヘトヘトでした。
やっと日常に戻って久しぶりに大好きなカルディの食材を楽しめた!
本当に長い一か月間でした。 やるべき事は全てやった自負はありますので何の悔いもないのでよかったかな。
四十九日でまた田舎に帰りますが、今回ほどは忙しくはないだろう。
親父の兄弟、従兄弟達、妹、妻、孫達にいろいろと助けてもらいました。
例年であればお盆は仕事ですが、今年は田舎で過ごそうと思います。
最後に方言で一言、「ま~んず疲れた!」