【SMILEY(にこちゃんマーク)】
新聞のテレビ欄に【カラー】という表示があったのは1960年代の話。
1970年代は、すべての番組が「総天然色」(古い)になった。これに
伴って、テレビ番組から数々の「名セリフ・ギャグ」が飛び出すよう
になった。
番組から生まれた数々のパフォーマンス
1.巨泉・前武ゲバゲバ90分(日本テレビ)
通称「ゲバゲバ」は、アメリカ・NBCテレビの「ラフ・イン」と
いうギャグ番組のコンセプトを輸入したものである。なにせ、コント
とギャグが90分間、隙間無く連発されるため、途中、CMの前やコー
ナーの切れ目で、繰り返し入る2つの「テーマ」が、清涼剤の役割を
果たしていた。ひとつは、「ゲバゲバ、ピー」ていうやつ。もうひと
つは、ハナ肇の「あっ!と驚くタメゴロー」である。
ヒッピー・スタイルのハナ肇がテレビを覗き込んでいたかと思いき
や、突然こちらを振り返りこぶしをきかせながらこのセリフを決める。
このフレーズ、次第にバリエーションが登場する。「ぉあっ・・・と
オドロォクゥ~」と妙にタメをきかせたり、フレーズ前に「ハッハッ
ハッハッ」と笑っていたり、フレーズ末を「タメェゴロォ~ッかぁ~」
と変化させてみたり。はたまた、フレーズ後に「・・・ナヌィッ?」
と付け足したバージョンも登場した。
「タメゴロー」はまだよかったものの、続く「あんたかてアホやろ。
うちかてアホや。ほなサイナラ~」は、これはあかんなと子供心でも
思ったものである。
2.時間ですよ(TBS)
銭湯をテーマにしたドラマで、同じ年にスタートした「お荷物小荷
物」とともに従来のドラマの常識を打ち破った斬新な作品であった。
なんといっても堺正章のあの「ケンちゃん」である。この頃「しゃ
かいしぇんしぇい」は、スパイダーズ解散後、父親譲りの「センス」
でエンターテナーへの転身を図ろうと一歩踏みだす。樹木希林(当時
悠木千帆)の「ハマさん」とボイラー室で演ずるコントが秀逸である。
その時のオチのセリフが「ダ~メだ、こりゃ」。
スパイダースの頃から「エレクトリックおばあちゃん」などで、そ
ちらの方面の才能を発揮している。「♪どしてらべな~、どしてらぁ
べな~」の間奏やエンディングで「チョンギリキンカン」など、あの
甲高い声でこぶしを利かせた「意味なしフレーズ」が印象的であった。
このフレーズ。パターンとして「ダメだりゃ~」と省略するパターン
と「ダ~メだこりゃ~」と伸ばすパターンが登場した。
余談であるが、いずれも「メ」は「Me」ではなく「MiとMeの中間」
くらいの発音なのである。
「水色の恋」の天地真理、「赤い風船」の浅田美代子もこのドラマ
に登場していた。
3.細うで繁盛記(日本テレビ)
伊豆熱川の貧乏旅館「山水館」を女腕ひとつで繁盛させていくサク
セス・ストーリ。しかし、旅館のおかみ加代(新珠三千代)の前には
数多くの試練が・・・。ひとつの問題が解決したと思ったら、また次
の問題が発生する。休む間が無かった。ニャ~ニャ~わめく、小姑の
正子(冨士眞奈美)が加代の前に立ちはだかる。
「犬に喰わせるメシはあってもにゃ~、おみゃ~に喰わせるメシは
にゃ~ずらよ~」と加代に向かって毒づく正子のセリフは、現在でも
記憶に残っている。
このド根性ものは、後の「おしん」や国は違えど韓国の「宮廷女官
チャングムの誓い」と共通性があると思っている。
◇◆◇
この時代によく視聴し、記憶に残る番組を列挙してみた。
「おれは男だ」(森田健作,早瀬久美)
「お荷物小荷物」(中山千夏,河原崎長一郎)
「おくさまは18歳」(岡崎友紀,石立鉄男)
「プレイガール」(沢たまき)
「底抜け脱線ゲーム」(金原二郎)
「プロレスリング」(グレート草津,サンダー杉山)
「キイハンター」(千葉真一,野際陽子)
「ザ・ガードマン」(宇津井健,藤巻潤)
「ハレンチ学園」(作:永井豪)
「アイフル大作戦」(小川真由美,丹波哲郎)
「バーディー大作戦」(谷隼人,松岡きっこ)
「Gメン’75」(丹波哲郎,原田大二郎)
「8時だヨ! 全員集合」(ドリフターズ)
「二丁目三番地」(浅丘ルリ子,石坂浩二)
「冬物語」(浅丘ルリ子,石坂浩二)
「どっきりカメラ」(野呂圭介)
「サインはV」(岡田可愛,范文雀)
「水もれ甲介」(石立鉄男,川口晶)
「パパと呼ばないで」(石立鉄男,杉田かおる)
「太陽にほえろ!」(萩原健一,関根恵子)
「傷だらけの天使」(萩原健一,水谷豊)
「寺内貫太郎一家」(小林亜星,西城秀樹)
きりがない。ダ~メだ、こりゃ♪
かほどさように、流行ってモノは意味不明な場合が多いのでございますが、ローカルネタとしては、膝辺りまで隠す黒ゴム長靴(水産市場などで使われている)を「特長」と呼んで、妙にありがたがって、中学のクラスではほぼ全員が保有していたモノでございます。
あるいは、私のハンドルネームのモトになっている「ごんぞうジャンバー」。正式名称はカストロジャンバーと言うそうですが、工事現場のおっさん連が着ている襟に黒いボアがついた、紺色の工事服のことです。これを仲間内では「ごんぞうジャンバー」と呼び、特長とセットで多用していたモノでござい舞う。
そして、ランチョー着て、ぺったんこのカバンのとってに白いテープ貼って、スマイルマーク貼れば、いっちょまえのつっぱり君ルックのできあがり。あ、リーゼントを忘れちゃいけない。
今の髪型はリーゼントの延長線上なんだ!
なつかしすぎて、たおれそうです
スマイルマークは札幌オリンピックの年に大流行しましたね。
ジャネットリン選手が選手村の使用した部屋の壁に落書きを残していった記憶があります。
私、歌のタイトルは
「弘前のおばあちゃん」だと思っていました。
大阪は食い倒れ、京都は着倒れ
ここは「懐かし倒れ」にしたいもんだみん♪
ジャネット・リン(と渡部絵美)。
今の真央ちゃんもスゴイのですが
当時も勝るとも劣らないフィーバーぶりでしたね。
日の丸飛行隊もすごかった。(宮の森)
笠谷・青地・今野(順不同)でしたっけ?
トワ・エ・モワの「虹と雪のバラード」も
名曲でした。
弘前のおばあちゃん。
このころのマチャアキは最高です。
かまやつひろしの何気ない作風も光っていました。
「日米対抗ローラーゲーム」などいかかでしょう?
(小生もこれで友達とローラースケートを始めたものです)
>「日米対抗ローラーゲーム」などいかかでしょう?
おお~これは懐かしい♪
あのミッキー安川が実況(?)をやっていた
番組ですね。確か東京12チャンネルの時代だった
でしょうか。
「ダブル・ジャマー」だとか「カワノ・ビンゴ」
など、覚えています。
私もローラーゲームの影響で「左回り」の癖がついて
右へ曲がれません。