左心低形成症候群ってご存知ですか?

お腹の中の赤ちゃんが先天性心疾患の左心低形成症候群という指定難病なので、ブログを始めた新米パパ

オーラ

2024-12-16 21:01:14 | 日記
マイペース投稿して参ります。

11月半ばに「直前になりましたので、改めて手術と方針の話をさせて欲しい」との事で、病院へ。

11月の予定日前に公休や有給を使ってそのまま育休に行くつもりだったが、10月の半ばからは、呼び出されては、有給を頂いて休むという日も多く、自分の子供は普通では無いんだなと思わされていたが、人間とは慣れる生き物である。

非日常が日常に落とし込まれるものである。

病院へ着くと一室へ案内された。

そこには、
小児循環器の部長さんと副部長さん
産科の部長さん
助産師さん
今日の担当の看護師さん
がいた。

もう子供の状態は大きな変動はなく、少しでも予定日まではお腹にいてもらって、大きくなってもらえたらという状態である。

なので、方針や手術の事も何度も聞いたことを、改めて詳しく話をされていくというものであった。

簡単に言えば、両者の共通認識の擦り合わせに近いものだった。

妻も自分も、この運命を受け入れているので、存外穏やかなものであった。

説明を受けて、頷いては、改めて咀嚼して、理解していく。

心臓については普通の人よりは詳しくなったのではなかろうかと思うほどである。

ずっと小児循環器の部長さんが説明してくれて、副部長さんが記録していく。

その中で、遅れて1人現れた。

説明の途中だったので、チラッとしか見えなかったが中年の男性だ。

いや、そんなことよりは今は説明をしっかり聞こう。

昔から自分は集中力がないと小学生の時代から今日に至るまで言われていたし、自分もそうだと思っていたが、我が子の事となるとしっかりと聞くもんだなぁなんて思っていた。

こんなことを思っているから集中力がないじゃないか?って?
私もそう思います。すいません。

そして、説明等含めて、20分くらいであろうか。

小児循環器の部長さんの説明が終わった。
そして、たくさんの説明や、手術の方針やその過程で必要な同意書にサインをしていく。

まだ産まれていないし、出生届は出ていない。

しかし、患者氏名の所には、子供の名前を書かなければならない。

これ書いていいものなのかどうか?を聞くと

「〇〇(苗字)にBBでお願いします」との事。
BABYという事か。

何故に英語なのだ?と思ったがカルテはそもそもドイツ語だったっけ?なんて思いつつ患者氏名には1年でもこんなに書くことはないだろうと思うくらい「B」を書いた。

そしてその下には、自分達の名前と続柄を。

これから、うちの子は、大変な試練が。

そして死線をくぐり抜けて行かなければならない。

それを、物語る用紙の数である。

すると、サインをしているところに、途中から入ってきた中年の男性の人と小児循環器部長の方が話している。

妻も私も思った。

「「誰だこの人???」」

そして、小児循環器部長さんが言う。

「次は心臓外科の先生からお話がありますので」

私は思った。

「え?まさかこのおじさんが?!」

すると、私達の席とは90°の角度に位置する席に座り、

「え〜心臓外科医の〇〇です。最初に言うときます。絶対に助かるなんて思わんでくださいね?」
空気がピリッと張り詰めるのを皮膚で感じた。

「それくらい難しい手術です。しかも、新生児。身体が小さく、心臓ももちろん小さい。私が今まで経験した状態の悪い赤ちゃん。1キロあるかないかくらいの子達の手術もさせて頂きました。生存確率は50%くらいですかねぇ。今回の赤ちゃんよりもっと状態が悪い子達の確率だとこれくらいでした。それは、ご理解してくださいね」

ドクターという仕事の大変さを垣間見た瞬間だった。

現実と経験。

たくさんの赤ちゃんの。

そしてたくさんの人々の大切な臓器である心臓を手術したからこそなのであろう。

見た目は50代かなと思われるその男性医師からは、今まで感じたことないオーラを感じた。

今までたくさんの人々の死にも直面して、救えた命・救えなかった命。

その全てを背負って、この場に来ているのだろうとこっちに思わせるほどの雰囲気を醸し出している。

私達より更に奥を・先を見ている様な目線に、尊敬より、何より恐怖を感じた。

そして、その言葉が、穏やかな気持ちを、現実へと引き戻した。

大変だと思っていたが、それは子供の事だけ。

それを救おうとしているお医者さん達も、ハチャメチャに大変なのだ。

医療は時に、融通が利かず、ムカつく事もあるだろう。

しかし、今はこの方々にすがるしかない。

溺れる者は藁をも摑むと言うが、一気にそんな心境にさせられた。

その後は、小児循環器の部長さんと同じ内容だが、観点が心臓外科の物で、手術の説明をされる。

チラッと名札を見る。

あー。

この人も部長さんだ。

色んな科の錚々たる面々がうちの子供を観てくれるのだなと思うと、ありがたさもあるが、少しの焦燥感を抱きつつ、また更に、同意書にサインをして行くのであった。

Time goes by

2024-12-10 14:45:46 | 日記
間が空いてしまって申し訳ないです。
ほぼ毎日のように病院にいる僕です。
これくらいしか今出来ないのがもどかしいですね。

そこからの日々は
前日に妻に必要なものを聞いておく
↓↓↓
準備する(前日か当日か)
↓↓↓
面会に行ってあれば洗濯物回収
の繰り返しであった。

私は仕事もしながらなので、毎日は行けなかったが、夜勤明けと休みの日はほとんど欠かさずに妻の面会に行っていた。

自宅からは車で小一時間。

時々、身体が重くも感じた。

それでも夫として、父としてやれることはこれしかないのだから、するの一択なのである。

子供は逆子なので帝王切開が確定であった。

妻が入院した理由も切迫早産のリスクがあったからである。

しかし、早く産まれてしまうと子供が小さく産まれる。

そうなると体に比例して心臓も小さいのだ。

なので、早く産まれてしまうと、産まれてからの手術の難易度が高くなる。

という早く産まれて欲しい気持ちとまだしっかりといてくれー!の気持ちの両輪があった。

10月半ばで、お腹の子は1600gくらいだった。

色々な関連しているドクターに「なんとか2000に」と言われていた。

一ヶ月後に予定されている出産日まで、うちの子や妻は耐え凌げるのだろうか。

私は家で1人ドキドキと身を案ずる事しか出来なかった。

この頃から、好きだったお酒もとんと呑まなくなった。

何があるかわからないし、いつ呼ばれるかもわからないからである。

今後もイベントの時以外は子供が大きくなるまでは飲まないつもりでいます。

刻一刻と時間が進む中、11月の半ば。

出産日まであと2週間とない頃に、病院に呼び出された。

データ

2024-12-02 20:50:39 | 日記
マイペース更新ですいません。
あとめちゃくちゃ個人的な報告ですが、スマホの機種変更して速度がめちゃくちゃ上がって嬉しいです。
その結果、貧乏になりました笑

さてと。
続きを書いていきます。
また今回も朧気な記憶でありますので、具体的な数字とかが違っていたりするかもしれませんがお許しください。

部「えっとですねぇ。前回も伝えましたがこの症例は今まで救えなかった命でしたが、今は治療法が確立されつつあります。しかし、まだその歴史は浅く、確立されて30年ほどです。そして、ここに色々なデータを用意しました。まず手術の成功率のお話をさせて頂きます。」

固唾を飲む。

部「この症例では、手術を合計4回行います。うちは過去に、この症例の1番難しいノーウッド手術を1番最初にしていました。その時の成功率は…7割ほどでした。」

俺の心「いやいやいやいや…キツイってその現実…。」

部「そして10年ほど前から1番最初にしていたノーウッド手術を2番目に回して、過去の1番目と2番目を入れ替えたんですね。そしたらそうですねぇ…人数の比率と計算して…94%ですね。うちは今現状そうです。隣の県の病院ですと94%を越えているという形ですね」

妻と俺「思ったより数字いいじゃん」
と2人で小声で話していると

部「でも6%亡くなるんですよ。この確率ってすっごく高いんです。例えばですいませんが、帝王切開だと0.0数%です。それに対して6%です。非常に高い死亡率であると言えます。」
と真剣な表情で話をされた。

自分達が少し期待出来るのか…な…?と思っていた所に突き付けられる現実。

考えて見てほしい。

6%で死ぬのである。

他人事だと「でも94%成功するなら」と言われるし思える事だろう。

当事者の心理で言えば「6%」に賭ける事は、どうでしょうか?

少し喉に何かが詰まる感覚になりました。

スーパーロボット大戦の命中率94%
パワフルプロ野球のサクセスのケガ率6%

やった事ある人ならその重さが少しでも伝わるのではないでしょうか。

わからない人はすいません笑
置いてけぼりにしていきます笑

ここからはすいません。
年齢等は伏せての話をさせて頂きます。
具体的なデータを教えて頂いたわけですが、そのデータに名前や個人情報は無くとも、相手がある事なので、ご容赦ください。

妻「やっぱり学業の遅れとかはありますよね?」

部「うーん。そこは個人によるとしか言えないです。今現在、お元気で全ての手術を終えて過ごされている患者さんをパッと見る限り本当にそんな病気があるのかな?という感じです。30人横1列に並んでもらって、この中で同じ症例の方がいます。と言われても判断つかないほど、見た感じは普通ですよ。1例ですけど、普通のクラスとそうではないクラスの割合で言うと…普通が3人。そうではないクラスは2名ですが、この2名の内、1名は普通クラスの行ったり来たりという形ですね。」

俺「今、現状この病院にかかっている人の最高齢はいくつなんですか?」

部「うちで予後を診させて頂いている方ですと…です。」(ここは伏せさせて頂きます)

俺「ずっと通院と言いますか…手術が全て終わられた方はどれくらいの頻度での通院なんでしょうか?」

部「1番長くて3ヶ月に1度。これより長くなる事はありません。2ヶ月の方もいれば1ヶ月の方もいます。」

俺「平均寿命までは生きれないんですよね?きっと…。

部「先程もお伝えしたのですが、この治療法が確立して30年なので、まだそこはなんともと言うしかないのですが、平均余命が80と仮定するならば…おそらく難しいと思います。」

妻「すいません。現実的な話で申し訳ないんですけど、治療費や医療費はどれくらいなんですか?

部「そこはご安心ください。日本はその点の制度や保障は、手厚いですよ!なので、そこまで金額については、お考えにならなくても大丈夫かな?と思っておいてください。」



部長さんは、淡々と。
しかし、嘘偽りないなとこちらが、感じれる程に伝えてくれた。

私達がネットや難病情報センターで調べた物よりも、現実は数字や様子もかなり良い印象のものだった。

部「今の話を踏まえて、どちらで治療を受けられますか?」

妻「もうそこに関しては、こちらでお願いしたいと思っていました。」

部「わかりました。他に質問等ございますか?」

この時、自分の母は私達の顔を見ていたらしいが、2人とも覚悟が決まった様な。
少し気持ちが晴れた様な。
そんな雰囲気があったそうです。

妻・俺「いえ大丈夫です。ご迷惑をおかけしました。よろしくお願いします。」

これにて、閉幕。

ドクターや看護師さん達は退室し、家族だけ少し残された。

母「え?納得出来んところはどうしてもあるけど2人の顔見たら、凄い理解しとる雰囲気があって、私だけモヤモヤしたわー笑 でもそうね。2人が決めることじゃもんね」

俺「いやほんまに母さんを殺人者に出来るかーい笑 でも俺達が腹に据えとる事を代わりに言うてくれてありがとう」
母「私が1番よく分かってないけよく分かってないからこそ、ガンガン言えるんかなって思った。妻ちゃん!今度先生に会ったら「あの時は感情的になってすいませんでした!」って言うといて!笑」

妻「分かりました。言うときます笑 でも、お義母さんが色々と言ってくれてありがたいですけどちょっと怖かったですよー笑」

母「ほんま?ごめんねぇ笑」

俺「でも…そうねぇ。賭けるしかないね。この子に。」

妻「そうねぇ」

とお腹をさする。

私達は積極的な治療を望んでいなかった。

しかし、現実問題で法律が許さず。

言い方はとても悪いですが、

「産まざるを得ない」

そして

「治療せざるを得ない」

という結論でした。

加えて、更にひどい言い方をするならば

「生かされなくてはならない」という事である。

しかも、多くの時間関わる我らの思いは…。

と親として有るまじき部分まで堕ちて、考えた。

それほどまでに生きた心地がせず、鬱になってるのが、自覚出来るほど、指摘されるほどに、心を病んだ。

しかし、改めさせてください。

親とは愛とは凄いということを。

逆に私は選択肢が1つになって、凄く安心したのを覚えています。

私を子供を助けない選択肢を心に決めていた。

それは、無理となれば、親にならざるを得ない。

その人殺しの業を背負って生きていくと思っていた。

しかし、我が子が。

法律が。

心を救ってくれた。

我が子が大きくなったとて、「君は仕方なく産まれたんだよ」なんて思わないし言えない事だろう。

本当は、我が子に会いたくて会いたくて仕方なかったのだから。

そんな根底にある気持ちを拾い上げて、業を背負わずに済んだ。

気持ちが180度ひっくり返り、今まで思っていた感情が凄く恥ずかしく、自己嫌悪であったが、本当に救われた。

ここからは気持ち切り替えて、本当はあった「望んで産まれて来てくれる子」となった。

何を今更!
でも結局、子供を見限ろうとしていたくせに!

なんて言われても一向に構わない。

それは、良い判断・悪い判断だったとして、本気で24時間大切な我が子の事を考えて考えて考えた結果だからだ。

普通に産まれて普通に幸せな家庭には、すいませんが、わからない感覚だと思います。

推し量る事は、出来ても同じ環境でない限り、この壁を超えることも、同じ領域で考えることは難しいと思います。

だから叩かれたとしても、その時、私は本当にそう思っていたのは事実です。

でも、神は壁は越えられる人にしか与えられない。

なんて言葉がありますが、僕と妻のこの大きな心の壁を乗り越えさせてくれたのは

神でも無ければ、仏でも無く

親でも無ければ、ドクターでも無く

我が子でした。

両親に業を背負わせない選択を与えてくれてありがとう。

君は産まれる前から、親孝行な息子だよ。

気持ちと法律と現実

2024-11-26 20:12:35 | 日記
更新が遅くなってしまい、申し訳ございません。
また追々書いていきますのでのんびりペースで頑張らせてください。

私たちはそれぞれの家族にその話をして、皆はどう思うか?を聞いてみた。

皆が「2人がそう思うなら」という結論であったが、概ね皆私たち2人が大変になる未来が見えるからそれを選べるならそれがいいのでは無いか?という事だった。

そこから、出産とその後の産まれた我が子の手術に関わる担当の科の先生方との話し合いがあり、2日か3日後に私達とのお話をという流れになった。

その時に、自分の母親も最初の症例の名前を聞いて説明を聞いていたので同席されますか?と聞かれ、母親に聞くと「行きたい」と即答してくれ、休みを取ってくれた。

自分達もそうだが、母親は自分の孫が産まれるのも凄い楽しみだが、今は息子である自分。そして妻が可愛いからこの2人が苦労する姿が見たくない。それに「この子の未来は当たり前が当たり前に出来ないならそれは…ねぇ?」と言葉を詰まらせていた。

そして説明をされる当日を迎えた。

来てくれたのは

小児循環器の部長さん
産科の部長さん
助産師さん
看護師さん

という面々であった。

部長さんが直々に来てくれたんやなとまずは思い、普通ではないと改めて思わされる。

そして小児循環器の部長さんが口を開く。

ここからは私自身も朧気な記憶なので、一言一句同じでは無いことをご容赦ください。

部「話は聞きました。何故そう思われたかまずはお話聞かせて頂いてもよろしいでしょうか?」

妻「色々な情報を調べる中で、この子の未来がなかなか普通では無いと思っています。助けてあげたいし助けて頂きたい気持ちもたくさんあります。しかし、自分が小さい頃に長期入院していた事もあり、その時のストレスも凄かった。院内学級とかだと普通の学校との進行具合等も変わってくるからこそ、それもゆくゆくは、本人にとってストレスだろうし、理解出来る時には苦しむと思います。色々と情報を見てしまうとどうしても良い方向には考えにくく、目の前の事ではなく、先を思うと中絶という選択肢があるならそれを望みたい。」

部「なるほど…。ご主人は?」

俺「そうですね。同じ思いです。そしてこの子が僕達以上に苦労をするのではないかという所をどうしても重く考えてしまいます。親なら子供の思いや夢や希望を叶えてあげたいと思います。しかし先生が以前言われていた「普通に走ることも難しいでしょう」という言葉。仮に野球選手なりたい。サッカー選手になりたい。と夢を持つのは自由ですし素晴らしい事ですが、病気のせいでその夢すら見れない。諦めざるを得ない。という夢の選択肢を狭めている現状は親として心苦しい限りです。まだ自分の意思がなく、まだ自分が人間なのかわからない段階で、自分達だけが業を背負えば…と思っているのが現状です。」

部「なるほど…。お母様は?」

母「同じですね。2人が苦労する姿は見たくないです。お腹に命を宿してますが、それが良いと思ってます。」

と3人の思いは1つだった。

部「なるほどですね。わかりました。単刀直入に申し上げます。それは不可能です。何故ならお腹の中の赤ちゃんには既に「人権」が存在しています。そして助かる命なのに、助けないというのは、医療ネグレクトにあたります。これを家族さんが選んだら家族さんが「殺人罪」にあたる場合もあります。そして私達はその同意を受け入れて、治療をしないとなると「殺人罪の幇助」となってしまい、私たちも罪にあたる可能性があります。法律で決まっていて、それは無理です。」

と眉ひとつ動かさずに涼し気に伝える。

部長さんに怒りに近いものを覚えたが、それ以上に食ってかかったのが母であった。

母「じゃあ仮にですけど私が罪を被れば、望みは叶うんですか?」

部「いやいやお母さん。法で決まってますし、そんな1人が被るからどうにかなる問題ではないです。」

母「わかりますよ。でもまだ見ぬ孫より今は見れている2人が可愛いです。どうしても無理なんですか?」

部「赤ちゃんにも人権があります。法がある以上、仮にですけど、ご家族さんが手術や治療に同意しなくても私達は助けなくてはならないんです。」

母「同意しなくても…?なんか矛盾してますねそれ…」

母は涙しながら怒りを露わにしていた。

私達はその姿に愛の大きさをそこはかとなく感じた。

しかし、それと同時に、母親を罪人にするわけにもいかないという思いが逆に冷静にさせてくれた。

そこから少しの無言があり、

俺「やっぱり予後とか悪いんですよね?」

と聞く。

すると、とある紙を見つつ、部長さんが話し始めるのであった。

見て下さってる皆様へ

2024-11-17 11:58:49 | 日記
このブログを見て下さってる皆様へ。

いつも見て頂き、ありがとうございます。

また拡散やいいねなど、反応を下さる方々も本当にありがとうございます。

今日はこのブログの私なりの意味や今後の話を少し聞いて頂けたらなと思っております。

このブログは病名の発覚前の感情の機微なども含めたところを思い出して書いております。

なので、私の記憶違いがあれば、申し訳ないなと思いますけど、タイムリーに書ける所と書けない所もあるというところをご理解頂けたらなと思います。

このブログを始めたきっかけは、産まれてくる子供が「左心低形成症候群」という指定難病の先天性心疾患を抱えている事がきっかけでした。

日本でも件数は少なく、治療法が確立されて30年という日もまだまだ浅く、確実に大丈夫だよと言える症例でもございません。

このブログは、その数少ない症例を持った親の心境やどういうやり取りがあったのかを記録して、今後の人に「私達も経験したよ」という安心材料にして頂きたいから始めました。

実際に、左心低形成症候群が疑惑の時に調べるとあるのは手術の内容やどんな病気なのかなどがほとんど。

あとは数名の方々の実際の声があるブログと、圧倒的に少ない数でした。

色んな先生や病院のホームページもとても大切な情報ですが、リアルな声が私はその時、必要でした。

なにより「なんでうちだけ…」と思っていたので、他にも仲間が欲しいという気持ちにもなりました。

本当に聞いた時は絶望の一言。

でも今は、1回目の手術の内容も聞けて、同意書にもサイン出来るほど私達夫婦なりに覚悟を決めて臨めています。

それはひとえに、このブログ上で。
そしてX等のSNSで、反応を頂ける皆様のおかげでもあると思っております。

本当にありがとうございます。

個人的な思いとしては、この症例は20週になるとわかると調べた時に知りました。

そして良くも悪くもですが、中絶出来る期間は21週と6日です。

実際に、守る方は両親であり、家族です。

見守り続けることは、その中で、様々な感情が生まれると想像出来ます。

今後、またブログで続きを書いていきますが、私達がこの症例が見つかった時は、中絶期間は過ぎており、子供に人権が発生しておりました。

その時に思いました。

もっと早く適切な時期に知れたらどうだったのだろうか?と。

なので、小さな事ですが、こういうブログを続けて、発信し続けてゆくゆくは

これからのお父さん・お母さんが20週になった時に、最寄りの産婦人科ではなく、分娩施設があるしっかりとした病院でしっかり診てもらって、仮に同じ症例なら選択肢を選べる様になれたらいいなと思っています。

お前は何を言ってるんだ?と思われるかもしれませんが、これはこの症例の子供を抱えた親にしか分からない部分もあると思います。

ただ世の中的に全然知られていない症例です。

まずはそういった部分から知ってもらえたらいいなと思います。

これが、私個人がブログを始めた理由です。

次に、プライバシーの部分です。

このブログは、知って欲しいと言っておきながら、身元の分かりそうな画像を添付しておりません。

おいおい。
それは本当に思っているのかい?
リアルを伝えるなら写真は必要だろぉ?
これって本当に事実なのかい??
と言われても仕方ないなと思います。

でも、ご理解頂きたいのが、ネットリテラシーです。

子供はもしかしたら産まれてすぐに亡くなるかもしれません。
長く生きてくれるかもしれません。

でもネットは生き続けます。
私は多くの人に真実を知って欲しいとも思いますが、家族を守る責任もとてもあると思います。

なので顔や名前を出すことは今後もないと思っておいてもらいたいです。

その分、状況や状態を文字でしっかりとお伝え出来たらなという考えです。

百聞は一見にしかずなのは重々承知ではございますが、顔写真がこのブログ及び、SNSに載る事は無い事をご容赦ください。

ただでさえ、レアケースの家族であり、子供なのです。

なので、ハッシュタグで地名だけになっております。

ドクターの名前等も伏せているのは、その為です。

もしかしたら、顔が見えない部分で、載せる事もあるかも知れませんが、頻度は高くないと思いますのでご理解下さい。


さて。

本日令和6年11月17日です。

ありがたい話で、明日の帝王切開で、妻にとても大きな負担をかけてしまいますが、子供が産まれてきます。

産まれてすぐ手術なのか様子を見て2~3日経過して手術なのかなどは、産まれてからの子供の反応や状態によってわからない所です。

多くの先生方も携わってくれて、それでも流動的なものになっています。

この1週間は常に若干のソワソワ感と熟睡もなかなかできてないです。

子供に会える喜びもありますが、その後の事への不安もあります。

妻に万が一がないだろうか?等、常に付きまとっています。

皆さんに考えて頂きたいです。

明日、貴方は絶対に生きてますか?

絶対なんて言い切れること世の中に無いですよね。

この1ヶ月で本当に私の人生は変わりました。

もちろんいい意味で。

でも、ここまでガラリと変わる家庭も珍しいと思います。

色んな思いや感情を抱えて、明日お父さんになってきます。

今後もブログをゆっくりで申し訳ないですが、書いていきます。

写真や画像がないと信じれない方もいるかもしれませんが、それはすいません。

でも事実ですとしか言えないです。

このブログを目にしたら、拡散したり反応頂けたら励みになります。

今後も宜しくお願い致します。