人には3つのタイプがあると考えれば
1.良い事をして名前が残る
2.名前を残そうとしない
3.悪い事をして名前が残る
2.の人はそもそも名前とか残そうと思ってないからコンプレックスが無いが
1.の人は自分のおかれた状況が「自分のイメージ」と異なると
酷く落ち込む。「なんで俺は不遇なんだ」「なんで俺は哀れなんだ」と・・・
「俺は才能があるのに!発揮できない!」
こんな場合更に2つに分かれる
「負けないぞ!」と思って対策を練る人
そして・・・・
「いっそ悪い事でもして名前を・・・他者の心に強制的に刻み込もう」
と思う人・・
ちょっと前置きが長かったのだけど
秋葉原の事件の話を聞いて感じたのは
エリートが挫折した結果、エリートになれないのなら
いっそ悪い事をしてでも「名前を遺そう」と言う
最悪の思考に行き着いてしまったものではないか と言う事
成果と言うのは苦労して勝ち取るもので
天才だから努力はしてない・・・なんてことはありえない
と私は思う。それなりの努力をした当然の報酬が成果だと考える
今回のタイプは自分は不遇だと思い込んでる。
いや実際に不遇だったとしても
それを夢・幻の類、強いて言えば仮想とし、
その不遇な状況を直視できていない
彼はその戦うべき不遇から逃げた。
人生って楽ばっかりか?そんな事はあり得ない。
私ですらちょっと人生かじった程度、
25歳程度で全てが分かったと言うのか?
こんな人に人生を左右されたくは無い
と、思ったと思う亡くなられた方々ご冥福をお祈りします。
1.良い事をして名前が残る
2.名前を残そうとしない
3.悪い事をして名前が残る
2.の人はそもそも名前とか残そうと思ってないからコンプレックスが無いが
1.の人は自分のおかれた状況が「自分のイメージ」と異なると
酷く落ち込む。「なんで俺は不遇なんだ」「なんで俺は哀れなんだ」と・・・
「俺は才能があるのに!発揮できない!」
こんな場合更に2つに分かれる
「負けないぞ!」と思って対策を練る人
そして・・・・
「いっそ悪い事でもして名前を・・・他者の心に強制的に刻み込もう」
と思う人・・
ちょっと前置きが長かったのだけど
秋葉原の事件の話を聞いて感じたのは
エリートが挫折した結果、エリートになれないのなら
いっそ悪い事をしてでも「名前を遺そう」と言う
最悪の思考に行き着いてしまったものではないか と言う事
成果と言うのは苦労して勝ち取るもので
天才だから努力はしてない・・・なんてことはありえない
と私は思う。それなりの努力をした当然の報酬が成果だと考える
今回のタイプは自分は不遇だと思い込んでる。
いや実際に不遇だったとしても
それを夢・幻の類、強いて言えば仮想とし、
その不遇な状況を直視できていない
彼はその戦うべき不遇から逃げた。
人生って楽ばっかりか?そんな事はあり得ない。
私ですらちょっと人生かじった程度、
25歳程度で全てが分かったと言うのか?
こんな人に人生を左右されたくは無い
と、思ったと思う亡くなられた方々ご冥福をお祈りします。