このあたり、平安中期の平将門の時代、そして豪族の千葉氏が本拠の城を造った時代、城下町として賑わったはずの土地なのです。
現代では、佐倉市と酒々井町にまたがるこの地は、のどかな、静かな山里という印象で、人家はあちこちにまばらです。
だが、散歩してみて、この地に今、住まいしている人々は、その昔、筋目も正しい千葉氏の一家眷属・郎党の末裔に違いないと思うのです。新しい住民が住まいを求めてここへやってきたとは思いにくい風情なのです。
人口の具合
佐倉市 大佐倉 514
将門町 284
酒々井町本佐倉 1,214
上本佐倉 722
ここ将門山は面積にして佐倉市が30%、酒々井町が70%ぐらいになっていて住民は酒々井町のほうが多い。生垣の補修をされているおじさんに道を聞きましたら、きちんと、ご親切に案内してくれました。そして、私も、イノシシのでてこないところで、写真を写したりしました。
千葉氏の千葉勝胤ゆかりの勝胤寺(大佐倉)
京成電鉄(左が大佐倉、右が酒々井駅方向)
将門山の出はずれたところは、印旛沼の広範な干拓地が広がっている。
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