Bonheur elegant

sayumamaの独り言

石上神社

2007年11月07日 | 本棚の風景

先日、桜井方面に出かける主人と一緒にドライブに出かけました。
生駒ドライブウェイはよい天気で、眼下に霞むように見える大阪市内は夜景にも劣らない眺めです。

その帰り道に寄った石上神社。

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ここは日本最古の道、山辺の道の出発点で名を知られていますが、私がこの神社を知ったのは、80年代を席巻した、山岸凉子作の『日出処の天子』と言うコミック本からです。

Img_0538_5 日出処の天子 第1巻~第11巻 作 山岸凉子 出版社 白泉社           

 

このお話は、青年、厩戸王子(後の聖徳太子)が主役ですが、、王子に欠かせない関係の蘇我氏の中で同年代に生きた毛人(えみし)とその時代の関わりをドラマチックに描いています。

その毛人が密かに心を寄せる初恋のお姫様が石上神宮の斎宮、布都(ふつ)姫。

日本古代史版、ロミオとジュリエットです。

石上神社は、『記紀』神話によると崇神天皇の代に、物部氏の祖から5代の孫の伊香色雄命(いかがしこおのみこと)の手によって布都御魂(ふつのみたま)、布都大神が宿る霊剣『七支刀』を祀る社を石上邑に遷したのを創とする、大和朝廷で軍事と鎮魂を司った物部氏の総氏神です。
そのため朝廷の武器庫の役割も果たしていたと考えられ、以後物部氏が歴代奉仕する場となりました。

また、すぐ側に、清流、布留(ふる)川が流れているので、万葉集では布留、あるいは布留川と詠まれていることもあります。
布都大神の「ふつ」とはものを断ち切る音を表すといわれています。

仏教を保護し、新しい政治改革を実行しようとする聖徳太子を後見する蘇我氏。
その若き当主、毛人と、祖先は神代からの朝廷に仕え、自身は神に仕える斎宮の物部氏の媛。

石上神社の国宝の社殿は、そんな古代のあったかもしれないロマンの出発地点にふさわしく、今でも清流、布留川沿いの静謐の深い森の中に凛とした姿で建っています。

☆ 万葉集 第4巻 相聞歌 ☆

「石上(いそのかみ) 降るとも雨に 障(つつ)まめや 妹に逢はむと 言ひてしものを」

(664番・ 大伴宿禰像見(かたみ)の歌)

::訳::
ここが石上(いそのかみ)の 布留(ふる)だといっても
どんなに雨に 降られようとも
雨に降りこめられてなど いられるものか
あの子に逢いにゆくと 約束したのだから
雨はふるふる 布留(ふる)の野道に

☆ 万葉集 第7巻 雑歌 ☆

「いにしへも かく聞きつつか しのひけむ この布留(ふる)川の 清き瀬の音を」

(1111番・時代詠み人不詳)

::訳::
古えの人も 瀬の音を かく聞きつつ渡ったのか
むかしを偲んで渡る この古川(布留川)よ
古くから おなじように 瀬の音は清かったのか

☆ 万葉集 第9巻 雑歌 ☆

「布留の山ゆ ただに見渡す 都にぞ 寐も寝ず恋ふる 遠からなくに」

(1788番・笠金村歌集から・詠み人不詳)

::訳::
この布留の山から まっすぐに見渡せる 奈良の都に
その都に待つ妻に 一睡もせずに恋い焦がれている
都からは遠くもない 処なのに

http://www.genbu.net/data/yamato/isonokami_title.htm 石上神社のホームページです