The Diary of Ka2104-2

連載小説「私の名前は舞」第3章 ー 石川勝敏・著

 

第3章

 私は窓から降り注ぐ陽光の中、朝食のささみをぺちゃくちゃ食べたあと、すぐに脚立の台座に飛び乗りました。そしておじさんがする正座のようにネコらしく肘を立て背筋を伸ばししゃんと座ると居室の全体が見渡せます。おじさんの振る舞いが気に掛かっていたのです。付設のキッチン台の前でいそいそしています。おじさんの陰から見通せるのは、下処理の済んださんま4ピース、これは中央で切られたものだからさんま2尾を使ったのでしょう。ピクニックのランチにさんまとは、ひょっとしてうれしいことに私用でしょうか。しかも2尾も。あとでわかったことですが、実は私のランチにはコールスローサラダまで付いてくるのです。まだまだ挙げていくと、ハム、ベーコン、ミンチ、ツナ、バターにガーリック、トマトにサニーレタス、マヨネーズにサルサソース、雑穀で作られた薄い食パン。おじさんはグルメです。男だからとか女だからとかは考えません。彼はサンドイッチをこれから作るのでした。

 するとそこへ、おじさんの布団横の窓の下方からカチカチ音がしだしました。おじさんは気にも留めません。私が振り向くとその正体がすぐにわかりました。カラスです。カラスがテラスに降り立ち窓ガラスをクチバシで一心不乱に突ついているのです。私は非常に心かき乱され困惑しました。なぜって、カラスには気を取られるはおじさんの厨房は気になるはでどっちも交互に見遣るとどちらもよくわからずでどっちつかずになるからです。

「さあ、舞、歩いていくぞ」

とおじさんは言うなり、一人と一匹分のランチとドリンクの入った学生カバンのようなバッグをはすかいに掛けると私を抱き上げ外に出、ドアにそそくさと鍵を掛けてしまいました。ええー、私は首輪にリードで自転車の前カゴに乗るんじゃないのー、彼は慄然とそんな思惑外れの私を抱いたまま、自然遊歩道の方へ一目散に歩き出しました。

 都会のオアシスというには舗装されていない道の両側の緑の木立はうっそうとしていました。

 おじさんが言いました。

「あっ、紋黄蝶だ」

上を見上げると黄色い蝶々が愛らしく私の視界にもなだれ込んできました。この蝶は紋黄蝶っていうんだ。蝶はおじさんと私の前に滞留するように飛び続けました。私の目は俊足にそこで輪舞する蝶を追いかけるものだからぐるぐる回ります。ところがネコの眼底はそもそもそうすることができるように成っているので、私にはめまいなど訪れなく、このままでは蝶は単なる邪だなと退屈してきた折りの私は思います。その時おじさんすかさず物申しをされました。

「かわいいわしらの先導者さん。よきにはからい給え」

そうすると蝶々は一足飛びに上空の高みへと飛び上がり果ては点のように見えたかと思うと、右側の風景まで変転するのでした。彼が「海だ!」と大声で言いました。確かに私の感覚にも海のきららな情景とかすかな潮騒が入ってきました。私はおすましになって思い出を辿ります。私が初めておじさんに引き取られたときにも確かに同じ大海原を見た。その節はこんな高台からでなく、もっと海に近い国道を走る車からだった。かすかなそよ風と耳あたりのいいノイズを感じていると私の目は細らぎ今にも眠ってしまいそうです。ところがはっとしました。海の光景が途切れ再び緑の木立に右側も覆われだしたからです。ここらが潮時とみえておじさんが、

「さっ、舞、ここらで食事といこうじゃないか」

と言うと共に彼は左サイドの森の中に入っていきました。しばらくすると芝の平野が開けてきました。平野と森の境辺りにおじさんは場所を見極めたようで、バッグをゆっくり体から降ろし私を抱いたまま腰を下ろしました。私たちはここでめいめいのランチを広げることになります。

 とても豊かな昼げの後、おじさんは私に深皿の水を天然水で与えてくれ、彼はというと、ポットからの温かいコーヒーをゆっくりすするように飲んでいたかと思うと、やおらバッグからウィスキーの小さな角瓶を取り出してフタを開けるなりラッパ飲みしだしました。私が不安だったのはおじさんのウィスキー呑みにあらず、このまま放って置かれたら私はどういう行動に出るかわからないという自分自身の心配でした。おじさんと離ればなれになってしまったらどうしようという思いが私をしておじさんにずっと注視を置いておかしたのです。と、おじさんが、舞!舞!舞!と三度も私の名を呼びながらじゃれついてくるので、私は思わずニャーと感嘆詞を上げながら仰向けになりつつ肢体を左右に振りました。すると彼は指を立てて体中をこすってくれます。私がすぐさま体勢を立て直すと今度は腰を叩いてくれます。また私は仰向けに体を横たえ、また彼はそこいらじゅうなで回すを繰り返す内、視界が上方にある私の瞳に何かが横切りました。なんだろうと立ち上がるとそれはバッタでした。私はぴょいとバッタに近づきました。するとバッタはまたもやぴょいとひと跳ねし、私もつられてひと跳ねします。突然バッタは羽を広げてバタバタと飛び上がったと思うと数メートル先に降ります。私は取るものも取らず一足飛びに駆け出しました。追いつこうとしていると、おじさんとはたちまち20メートルも離れています。「おーい!」おじさんの声が遠くに聞こえます。ネコの本能と理性とで葛藤するいとまもありません。あ、今バッタは森の中へ入った。続く私。真っ暗だけどあれがそうに違いない。しゃにむに飛ぶように駆ける私、おや、どこ行ったんだ。何も見えないじゃないか。ここはどこだ?私はすかさず待ての態勢をとった。しんとしている。首根っこに何かがひたっと落ちてきた。私は虫だろうそれを払うため踊り狂うような動きをして360度回転を何度もしていた。すると森には日の光が透けて見えるところと暗いままのところに大別できることに気付いた。そうだ、明るいところ、上方の木漏れ日でなく水平に明るいところへ行けばそこから外に抜け出られるかもしれない。私はその内の一番近いところへ行って、顔を外に出してみた。まぶしい。

「まいー!」おじさんだ。声のする方へ体をひねり突進。

「来るな!」と聞こえた瞬間、私は何かと衝突しバーンと跳ね飛ばされた。


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