社会不安障害:SAD、ボランティアとセカンドライフ

SADで会社を休職したが、一年で復帰し、無事定年を務めて、その後の生活とボランティアについて気ままに掲載中

オヤジの突然の死に思う事

2013-04-25 07:48:12 | 日記

梅屋敷商店街のランダム・ウォーカー(インデックス投資実践記)の『人生の最期に後悔しないように』を読んで、下記を知った。
WebR25の『最期に抱く「人生の後悔」TOP5

後悔TOP5とは
「あんなに一生懸命働かなくてもよかった」
「自分自身に忠実に生きればよかった」
「もっと素直に気持ちを表す勇気を持てばよかった」
「友人といい関係を続けていられればよかった」
「自分をもっと幸せにしてあげればよかった」

だそうだ。

何とも言いがたいが、多くの日本人にこの後悔はありそうだ。周りにもお金の為或いは仕事の為に仕事をされている方が多い。まさに仕事人生だ。何の為に仕事をするのだろうか?

先日私の親父が亡くなった。今年の3月に田舎に帰り、親父と話をした。まだ元気だった。しかし突然の死がやってきた。

3月に帰った時に、親父と一緒に、タケノコを掘った。山芋(自然薯)を堀に行った。ラッキョウも掘った。親父は嬉しそうだった。私達家族の為に、できる事が。と勝手に今となっては思っている。

オヤジはおそらく人生に後悔はなかったと信じている。上記のTOP5の後悔はなかったと・・・

最近、自分自身に、この問を投げかけている。もう何年も考えている。私が一生を振り返る事を考えた場合に、既に今までの人生には後悔がないと言えるように毎日が過ごせれば良いと・・・

しかし現実はそうではない。毎日疑問を感じながら、会社に行って仕事をしている。何の為に仕事をするのだろうか?その答えが未だ出ていない・・・。何の為に生きているのだろうか?

オヤジは最後まで、山芋や竹林を大切にしていた。そして竹ホウキを作る事にこだわった。そしてそれを売る事に。別にお金が欲しかった訳ではないと思う。私達家族にタケノコや山芋を贈る事に意味があったのだろうと思う。自分のやりたい事と自分の家族を大切にする事に・・・。

最近思う事。定年を身近に控えた今。私が、考えなければならない事。それは自分に後悔しない事。その基本は、自分を大切にする事。そして私の家族を大切にする事。そして私の力を必要とする人がいるなら、その力を貸す事だろう。


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