岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

闇 92(ブランコで首を吊った男とピアノの先生編)

2024年11月09日 01時11分31秒 | 闇シリーズ

2024/11/09 sta

前回の章

闇 91(金融業と酷評編) - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

闇 91(金融業と酷評編) - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

2024/11/09前回の章闇90(東証一部上場企業SFCG編)-岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)2024/11/0前回の章闇89(表社会花園新社編)-岩上智一郎の作品部屋(小説...

goo blog

 
 

先生と呼ばれて 02  - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

先生と呼ばれて01-岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)12345新宿歌舞伎町での裏稼業を引退し、まっとうに生きようと思った。もう俺も三十四歳である。いつまでも...

goo blog

 

 

秩父郡両神村へ向かう途中、店長に頼まれた二軒の日々是正を終える。

ガソリンのメーターが半分近くまで減っていたので燃料を入れた。

この時ですでに五時半を回っている。

さて…、これから両神村か……。

まだまだ果てしなく奥へ行かなければいけない。

往復でこっちへ帰ってくるの、下手したら夜中になるだろう。

昨日は早めに寝て夜中の一時に起き、ずっと小説を書いていた。

それからずっと起きっ放しだったので、慎重に運転を心掛けないといけない。

果てしなく続く一本道。

目の前にはトロトロ走る車。

クネクネと曲がった道。

その真ん中には、追い越し禁止の為に設置してある無数の鉄の棒。

普通なら何でもない事がイライラした。

同じ景色をずっと見ているので目がしょぼしょぼしてくる。

これは気が抜けない。

こんな仕事請けなければよかった。

何度も後悔しながら俺は向かう。

知らない番号が携帯電話に掛かってくる。

もしかしてピアノの先生だろうか?

電話に出ると、案の定敦子先生だった。

「あれ、敦子先生ですか?」

「お久しぶり~、智君」

感慨深いものが込み上げてくる。

二十四年間の空白。

俺はその間子供からいい大人になった。

先生はあれからどうしているのだろう。

分かっているのは、ピアノの先生から一つの会社の社長を現在やっているというぐらいだ。

「先生、覚えてます? 俺が帰り道よく喫茶店に行ってピザトースト食べたり、ベンゴのゲームやったり」

「ん、何の事?」

「嫌だな~、忘れちゃったんですか? 俺、あの時からピザトースト大好きになったんですよ。先生が優しかったから、ピアノだけは六年生まで続けられた」

「え…、智君に私が教えていたのは小学二年生までよ?」

どうも話が噛み合わない。

楽しかったから俺が強烈に覚えているだけだったのか……。

「近い内、先生に会いたいです」

「私も智君に会いたいわ」

「じゃあ、また連絡しますよ」

「うん、待ってるね」

先生との電話を切り、七時半頃ようやく両神村へ到着。

少し広めの一車線の県道があるだけで、辺り一面真っ暗だった。

県道を抜け、細い道へ入る。

会社で渡された地図だけが頼りだった。

「あれ? おかしいなあ……」

地図通り走っているつもりが、道に迷ったようだ。

再び大きな県道沿いに出て走る。

途中で大きなスーパーがあったので、買い物客に聞いてみる事にした。

親切な地元の人は、丁寧に口で説明してくれ、「あ、私が途中まで一緒に行くから、後ろから車で着いてきてもらえます?」とまで言ってくれる。

感謝の念でひたすら頭を下げた。

大きな社のある神社のところまで案内してくれると、その人はそのまま去っていく。

顧客の家はこの近辺な事は間違いない。

道から少し外れながら細い道を走っていくと、車より高い雑草が生い茂った訳の分からない場所へ出る。

恐ろしいほどの雑草の数。

見た事のない虫が車のライトに向かって集まり、フロントガラスにぶつかってきた。

このまま迷ったらどうしよう。

仕事をするという心境にはなれなかった。

結局数時間、顧客の家を探すが、土地勘もなければ明かりもない。

見つからずじまいだった。

会社へ電話すると、店長が「お疲れさま、もう戻ってきていいよ」ようやくそう言ってくれる。

秘境の地へ迷い込んだ感覚を受けた俺はすぐ県道に戻り、帰り始めた。

腹が減っていたので、秩父市二九九号沿いにある定食屋へ寄り道する。

携帯電話の電池も電波の悪いところにいたせいか、一メモリーしかない。

充電もさせてもらおう。

店内へ入ると、客は誰もいなかった。

メニューを見る。

妙に安い。

ラーメンが四百円。

定食も安いのだと五百円からある。

「何がお勧めですか?」

「うちは全部お勧めだよ」

「じゃあ茄子味噌定食をもらえますか」

「あいよ。お兄さん、ラーメン三百円にするから食べていきなよ」

「あ、はい。じゃあラーメンも下さい。それとすみませんが、携帯の充電をさせてもらってもいいでしょうか?」

「その辺で差込口あるでしょ? 勝手に使いな」

「ありがとうございます」

雑誌を読んでいると、おばさんが食事を運んでくる。

茄子味噌におしんこ、ご飯、ラーメン。

味噌汁がないので聞いてみた。

「すみません、味噌汁は?」

「ラーメンの汁があるからいいでしょ」

「あ、はい……」

このおばさん、恐るべし。

中々の強者である。

味はそこそこいけたので、九百円の会計を千円札渡し、「お釣りは結構ですから。ささやかな感謝の気持ちです」と言って店をあとにした。

帰り道、四つん這いの幽霊が出る事で有名な正丸峠のトンネルを通る。

このトンネルは二キロも続くのだ。

しかし疲労と寝不足の俺は、何の気にもならなかった。

夜の十一時過ぎに会社へ戻ると、店長と佐久間が待っていた。

お疲れ様のひと言もない。

俺は書類をテーブルの上に放り投げると、タイムカードを押して「お先に」と会社を出た。

十八時間ぐらい起きっ放しだったので、家に戻ると泥のように眠り込んだ。

 

休みの日、俺は百合子と群馬県高崎市へ向かう。

もちろん群馬の先生に会いである。

『ブランコで首を吊った男』、『昭和の僕と平成の俺 ママの章』、『つぶし屋』の三点について、先生に色々聞いてみたところ『ブランコで首を吊った男』の本を見て急に表情が険しくなった。

「あ、これはですね、ホラーっていうジャンルを書いてみようと思い、色々考えたんですよ。結構苦労しましたね」
自分がそう説明すると、先生は真顔で静かに言いだした。

「あなた、これ…、本物のホラーよ……」

「はぁ?」

先生が何を言いたいのか分からずに、自分は黙って聞いてみる事にした。
「これ、あなたに霊が訴えてできた作品なのね……」
「え、なんですか? 違いますよ。あくまでも自分が必死に構想を練って……」
「確かに書いたのは、あなたですよ。でも、業界用語でチャネリングっていうものなのですが……」
「ええ」
「彷徨っていた霊が、あなたの力を借りて、それで出来た作品なんですよ」

俺には先生の言い方が、腑に落ちなかった。

ブランコは俺が自力でホラーというジャンルとして書いてみようと、頑張った作品なのだ。

どのようにやったら、怖さがでるか。

ギャーとかワーといった驚きだけがホラーではないと常に考えていたので、試行錯誤しながら書いたのである。

「お言葉ですが、先生。これは自分で考えたものです。いくらなんでも、霊が書かせたなんて、それは違いますよ。第一、執筆中に俺は、いつも意識はハッキリしていましたし……」

「じゃあ、何故この題名にしたの?」

「これは言っちゃうとネタばれにもなりますけど、いかにもブランコで首を吊ったって言うのが、タイトルだけで見ると、主人公っぽくみんな感じると思うんですよね」

「だからそこなのよ」

「え?」
「別に首を吊るだけなら、自宅の天井からとか、木の枝でとか普通は考えるわ。ブランコなんて発想はそう出てこないでしょ?」

「うーん…、確かにそうですけど……」
「まだ、分からない? 過去に何か、あなたの記憶に残っているものがあるんじゃないの?」

幼少時代を思い出す。

俺は身体が小刻みに震えていた。

以前遊び場になっていた連繋寺。

そのお寺は今思えば不思議な寺で、デパートの屋上にあるようなちょっとした遊園地兼ゲームセンターのピープルランドが同じ敷地内にあった。

よくそこでゲームをして遊んだものだ。

またちょっとした公園のスペースもあり、ジャングルジムやブランコで遊び、小便小僧の噴水を楽しみながら見たものである。

現在その遊び場は撤去され、ようやくお寺らしいお寺になったが、もう一つ無くなったものがあった。

「ブランコ…。普通の一人乗りのブランコじゃなく、向かい合って座る二人乗りのブランコがあったんです。ガキの頃、よく遊んだお寺に……」

「ええ」

「実際に見た訳じゃないけど、そのブランコで首吊りがあったって聞いて…。今はもうないです」

「それね…。その霊があなたに訴えたのよ。作品として、自分を出して欲しいって……」

作品の中に出てくるブランコで首を吊った男……。

俺は執筆した内容を思い出した。

 


【ブランコで首を吊った男】より一部抜粋

 

赤いベンチに腰掛け、煙草を吸う。

今この時間だけは俺一人の公園なのだ。

乱暴に吸殻を投げ捨てると、ブランコの方へ向かった。

途中で妙な違和感を覚えた。

おかしい……。

ここは僕一人しかいないはずだ。

それなのに誰か他にいるような気配がする。

辺りを見回してみたが誰もいない。

単なる気のせいだ。

自分に言い聞かせ、ブランコの方へ向かう。

近づくにつれて妙な嫌な臭いがしてきた。

「うっ……」

人間本当に驚いた時は声が出ないとよく言われるが、正にその通りだった。

視力の悪い僕はブランコの目の前まで来て、初めて自分以外に誰かいる事に気がついた。

目の前にサラリーマン風の男がいる。

視線は地面のどこか一点を見据えているようで、僕などまるで視界に入っていないみたいだ。

その男は全身の力が抜けたかのように両腕をダランと垂らしていた。

頭の上に見える紐。

その紐を上に追っていくと、ブランコの上の棒にくくりつけてあった。

静寂に包まれた空間の中での異質な状況。

頭の中がどうにかなりそうだった。

僕はその場に汚物をぶちまけたかったが、懸命に堪えた。

しばらく地面に座り込んでから、ゆっくりと男のほうへ振り返った。

グレーのスーツの男はブランコの場所で、こんな夜中に首を吊っていたのだ。

地面から三十センチほど宙に浮いた足。

その足元には糞尿など様々な老廃物でいっぱいだった。

異臭の元はこれだったのだ。


 

そういえば何故、俺はさほども苦労せずにその描写を書いたのだろう?

別に吊った男の服装をもっとラフな格好にしても良かったはずだ。

「自分の自殺する時の無念さをちゃんと訴えたかったのね…。そのままの服装でその人は亡くなったはずよ」

「……」

確かにこの作品は知り合いに読ませ、みんな感想は怖い、全体的によくまとまっているし、賞をとってもおかしくないと思うという感想だった。

俺は自分の作品の評価にとても喜んだが、そこまでこれって怖いかっていう思いも内心はあったのである。

「ある意味、あなたは人助け…、霊助けしたのよ」

「それっていい事ですか?」

「もちろんです。あなたの作品、今日、借りて読ませてもらってもいい?」

「構わないですよ。どれがいいです。やっぱりホラーで言うなら、このブランコだし、感動ものでいったら昭和の僕ですね」

「ブランコはやめておくわ。昭和のやつは見せてもらいます」

「え、ブランコってヤバいんですか?」

「うーん、ホラー好きの人にはいいと思うけど、ちょっといわく憑きじゃないけど…。私…そっちはいいわ」

そう言って先生は『昭和の僕と平成の俺 ママの章』と『つぶし屋』の二冊を手に取る。

「あなた、だんだん作家の顔になってきたわね」

そう言って先生は、にっこり微笑んだ。

 

月曜日に出社すると、見知らぬ顔が増えていた。

所沢支店から川越に社員が移ってきたのだ。

土日まったく手伝いをしなかった俺を見るみんなの視線は冷たい。

ここでずっと働く気のなかった俺は、特に気に留めなかった。

どうでもいい事だ。

家に帰ると、家族が集まり神妙な顔で食卓を囲んでいた。

みんな常に自由奔放に生きているので珍しい光景だった。

「どうしたの、みんな揃って」

尋ねると「兄貴はいつだって無関心じゃねえかよ」と弟の徹也が食って掛かってくる。

「いきなり何でそんな喧嘩口調なんだよ?」

「この状況を見て、兄貴は何も感じないのかよ?」

俺ら三兄弟を育ててくれた祖父におばさんのピーちゃん。

そして弟二人。

親父を除いたすべての家族が一同に終結していた。

何かあったからぐらいは分かる。

「詳しく教えてくれ」

弟がこれまでの経緯を話し出す。

俺は話を聞きながら、これまでの事を思い出していた。

親父は不特定多数の女と遊び、過去人妻が三人家まで乗り込んで来た事があったぐらいだ。

一人は俺が小学生時代から付き合っている女、加藤皐月。

もう一人は家でパートで働いている女、宮本緑。

最後に近所の店で働く馬橋という女。

昔から付き合っていた加藤皐月という女が、この三人の中で非常に醜かった。

他人の家に乗り込んでくるぐらいだから、全員それなりの覚悟はあったと思う。

しかし加藤皐月だけが図抜けて図太かったのは今でも覚えていた。

六年前に俺が総合格闘技の試合に出た前日も、以前来た加藤が家に上がり込み、俺の部屋までやってきた。

「智ちゃん、あなたのお父さんがね。あなたと同じ年の病院の看護婦と一緒になるんだって。これからここに連れてくるから、おまえは消えろって。私、どうしたらいい?」

前日なので早めに寝ようとしていた俺は、加藤に向かって怒鳴りつけた。

「いい加減にしろ。俺は明日、試合なんだよ? 分かってんのか? おまえと親父の問題なんて、いちいち俺に振ってくんな。関係ないだろ」

加藤は泣きながら親父の部屋へ消えていく。

そのあと親父が本当に別の女を家に連れてきたものだから、一気に修羅場と化した。

俺と同じ年の女も相当の覚悟を持って家まで来たのだろう。

それが加藤相手に一分ともたない現実。

女の末恐ろしい一面を垣間見たような気がした。

それから一年後、加藤皐月が再び俺のところへやってきた。

「ねえ、私とお父さん。結婚しちゃ駄目かな?」

そう聞いてきたので、「別にするのは構いません。ただ条件が二つあります。一つは俺ら三兄弟の母親になろうなんて思わない事。もう一つはこの家に絶対に入らない事。加藤さん、あなたはうちの家族、親戚だけでなく、回り近所からも嫌われているの自覚していますか? なので結婚するなら、親父を連れて、この家には入らないで下さい」と答えた。

「そ、そうよね。分かったわ」

そう加藤は言っていた。

最近その加藤が、通い妻状態でよく家に来ているのは知っていたが……。

「兄貴、ちゃんと俺の話聞いているのかよ?」

「あ、ああ。聞いているよ」

弟の徹也は話を続けた。

俺ら三兄弟で家の家業を継いだのは一番下の弟である貴彦だった。

七年間頑張ってやっている。

その貴彦が、家を辞めると言う。

以前貴彦がサーフィンで脇の下を切り、仕事ができない期間があった。

金もなく鬱病のように部屋でジッとしている貴彦。

俺は可愛そうに思い、毎日のように小遣いをやった。

月に二十万ほどの小遣いをコンスタントにやっていた。

弟の彼女の誕生日には、新宿プリンスホテルでいい部屋を取ってやり、中華料理をご馳走した。

最後に貴彦の彼女のあみっこに金を渡し、「貴彦と上のラウンジで酒飲んできな」と格好をつけた事もある。

「兄貴たちが好き勝手にやったから、俺が継いだんだじゃないか!」

たまに貴彦から、そう責められる事もあった。

嫌なら継がなきゃいいじゃねえか。

そうは言えなかった。

金をあげたのも、せめてもの罪滅ぼしと思っての行為だったのだろう。

しかし貴彦は俺に対し、何の感謝も示さなかった。

「兄貴は金の遣い方を分かっちゃいねえ」と公言し、「金だけは稼いでいるからな」と友人にも言っていた。

金を受け取っておいて、その言い方はないだろうと喧嘩になり、それ以来金をやる事は無くなった。

こういった件も踏まえ、俺は家の会議と言われても関わらないようにしていた。

加藤皐月には俺より年上の娘が二人いるらしく、両方とも結婚をしているらしい。

その上の娘婿を親父が家に入れたと言うのだ。

親父が社長になると、今まで十数年働いていた従業員は辞めるとみんな言い出しているようだ。

家族、従業員全員の反対にあっているというのに、親父は自己のエゴを通そうとした。

その背後にはあの加藤の影がある。

弟の貴彦は身体を張ってその状況を変えようとしたが、親父には何も通じなかったらしい。

諦めた貴彦は、家業を辞める決意をしたという訳である。

各支店を持つ家業ではあるが、それにムチャクチャな親父が社長として就任する。

それはある意味崩壊を意味していた。

昔から甘やかされて育てられた親父は、わがままでエゴの塊だった。

親らしい事など何一つしてもらった事などない。

俺らを産むまでは家の金を遣い、F1レースのような道楽をしていたとも聞いている。

俺が幼い頃、親父は「俺は国際B級の免許持っているんだぞ」とよく自慢していた。

部屋にはレース中の写真が飾られてある。

養育費など一銭も出さず、おばさんのピーちゃんが自分の婚期を逃してまで俺ら三兄弟を育てあげてくれた。

その妹であるおばさんにまで、親父は理不尽な暴力を振るう。

ピーちゃんの鼻は折れ、未だ疼くらしい。

配達で集金した金は、すべて自分の遊びに遣う親父。

月に何百万という金で、親父は毎日のように飲み歩き、近所の連中に酒を振る舞った。

道を歩いていると、「先日はお父さんにご馳走になりまして、よろしく言っておいて下さい」と何度も言われた事がある。

その度俺は、親父に憎しみを抱いた。

家の事は何一つしないくせに。

しかも加藤皐月といつの間にか籍まで入れ、結婚していたのだ。

通い妻状態で家に来ていた加藤は、親父の社長就任会議になると決まって顔を出し、反対する邪魔者を排除していった。

そしていつの間にか家に棲みついていたのである。

「経営者に対し、文句言う従業員なんてクビにすればいいの。お金さえ出せばいくらだって人は雇えるんだから」

そう言って、長年働いてきた従業員たちの心を折っていったようである。

しばらく家の事に対し無関心でいる間に、ここまで酷い状態になっているとは思いもよらなかった。

さすがに無関心過ぎて、悪い事をしたと感じる。

あんなくだらない会社で働いている訳にはいかなくなった……。

「すまなかったな。今まで好き勝手に生きてきて…。今回の件、俺も協力する。今度から話し合いの場には呼んでくれ」

俺は家族に対し今までの非礼を詫び、心から頭を下げた。

この時ドラゴンボールの場面にナメック星でピッコロが駆け付け「待たせたな」というシーンがある。

今の俺はちょっとあの時のピッコロっぽいなと思ったが、弟にそれを話すと本気で切れそうなのでやめておいた。

 

翌日会社を辞める事を店長へ言おうと、二人で話せるタイミングを待った。

昼前に店長がトイレへ向かったので、俺は廊下で出てくるまで待つ事にする。

なかなか出てこないので、トイレに入る。

すると凶悪な臭いが充満していた。

もの凄い臭さである。

店長のクソの臭いを嗅いで待つ訳にもいかない。

俺はまた廊下へ出て、待つ事にした。

店長がようやく出てくると、俺は家の状況を簡潔に伝え、会社を辞める意思も伝える。

嫌そうな顔をしながら「辞めないで何とかならないのか?」と聞かれたが、「十数年ずっと続いてきた因縁ですので」と返した。

何故か店長は社内へ戻り、自分の席へ逃げるように向かう。

俺は追い駆け話をしていたが、一切何も答えてくれなかった。

仕方なく「今日はとりあえず仕事をします」とだけ言い、自分の業務へ戻る。

佐久間には簡単に家の事情を伝え、ここで働けるのもあと僅かだから彼の仕事を俺は率先して手伝うから自分のポイントにしてくれとも言った。

必然的に債権回収の仕事が増える。

それでも陰湿な社内で仕事をするより、外の空気を吸いながらのほうがマシに思えた。

佐久間に頼まれ、俺は三つの債権回収へと向かう。

一つの仕事をこなし、二つめ東松山市に住む顧客のところへ行く。

今回面倒なのが借りた本人ではなく、その保証人から金を取り立てるという嫌な仕事だった。

保証人の自宅へ行き、会社名を名乗る。

すると保証人は怒り狂ったように家から飛び出てきた。

「テメー、あの会社の奴か! 家まで来やがってふざけんじゃねえぞ」

「お気持ちは分かります。しかし連絡を何度してもお出にならないので、こうして来ました。最低限、連絡だけは出て下さい。そうすれば私もこんな真似をせずに済むのです」

「今から借りた奴のところ行ってくるから待ってろ」

「少々お待ち願えますか?」

俺は会社に電話を入れ、状況を話した。

店長はどこまでも一緒についていけと言うだけである。

電話を保証人に代わると、彼はさらに怒っていた。

まだ仕事の時間内なので、保証人と契約者の家まで向かう。

しかし留守である。

再び会社と電話で話した保証人は、やり場のない怒りを俺にぶつけてきた。

時計を見る。

五時四十分。

もう定時は過ぎている。

「ちょっといいですか? 今まで会社の仕事時間だったので素直に従ってきましたが、定時を過ぎました。これからは私個人の意見だと思って聞いてもらえませんか?」

「ん、何だよ?」

俺の言い方に保証人は不思議そうな顔をして、大人しく話を聞く姿勢を見せてくれる。

「まず連帯保証とは、紙切れ一枚でこういう風になってしまうので、今後は絶対にならないでほしいです。うちの会社、契約で揉めても裁判で絶対に勝てるように契約の際、何枚も契約書を交わし、公正証書まで作っているじゃないですか? こうなると何をしても法律がうちの会社の味方をするんですよ。ハッキリ言います。私は今のこの会社のやり方が大嫌いです。商売人の気持ちも分からず、エリート面で舐めている会社の連中も大嫌いです。お客さまのそのやり場のない怒りや気持ち、私は分かります。もちろんこんな事をお客さまの前で言っているんです。当然辞めるとも上司には伝えてあるんですよ」

正直に自分の心境を言った。

するとそれまで怒っていた保証人は真面目な表情になり、俺の目を見ながら「あんたみたいな人間もいるんだな」と静かに言ってくれた。

そして自ら手を差し出し、握手を求められた。

「気に入った。あんたがこうやって来るなら、俺は金を払ってやる。悔しいけどな」

「ありがとうございます」

俺は頭を下げ、誠心誠意心からお礼を言う。

この人と気持ちが少しでも通じ合えたのだ。

こういう仕事なら俺もやり甲斐を感じる。

「何であんたのような人間があんな会社にいるんだ?」

「このご時勢で焦ってロクに調べもせず、大企業だからと入ったらこんな会社でした。でも、こうしてあなたのような方とこうやって話をする事ができて本当に良かったです。もう、残業代もらってないので、私じゃなく俺ってあえて言わせてもらいます。俺、実は小説を書いているんですよ。信じられないかもしれないけど。この腐った会社の体制。いずれ俺が文字に、文章に投影して潰すか変えさせてもらいます。本当に今日は嫌な思いをさせてすみませんでした!」

「おい、岩上さんって言ったな。もう一度握手してくれ」

笑顔で保証人と別れ、最後の顧客の下へ向かう。

次の客は情報によると刑務所上がりらしく、誰もが行きたがらなかった。

前に一度ここには訪問し、連絡だけはちゃんと受けるか、するようにしてくれと伝えていた。

それなのにまったく連絡がつかない状況なので、また俺がこうして来るハメになったのだ。

時間は七時半を回っている。

イライラしていた。

刑務所上がりの客のアパートへ到着する。

彼は俺の顔を見ても、ヘラヘラしていた。

「何故連絡に出てくれないのですか?」

「刑務所上がりだろ、俺は」

アロハシャツを着た客は、暑そうにパタパタと服を仰ぐふりをしながら、刺青を見せてきた。

本当にこういう奴って多いよなあ……。

「それと連絡と何の関係あります?」

「兄ちゃんさ、若いからって血気盛んなのは分かる。でもな、務所上がりの人間を簡単に見ちゃ痛い目に遭うかもしれないぜ?」

「そうですか。刑務所行くと、そんな偉いんですか?」

「そうは言ってないだろ?」

「じゃあ、一つ質問なんですけど、留置所上がりはどのぐらい何でしょう?」

「はあ?」

「実は私、巣鴨の留置所にも世話になった事ありましてね。歌舞伎町の住人たちから、全員じゃないけど、カリスマって呼ばれた時代もありました。刑務所? 何人もまだ仲間が入っていますよ? それに痛い目にって仰いましたが、いいですよ、殴っても。私、身体がデカいでしょ? 昔になるけど、ジャイアント馬場社長の時代の全日本プロレスにいた事あるんですよ。ちょっとやそっとじゃ壊れませんよ? 全力でパンチしてみます?」

「え…、あの…、いや…、へへ……」

「でも、今はそんな話じゃなくて、お金を返せないのは事情ってあるからまだ私も分かりたいんですよね。だけど何で連絡一つくれないのかなって思ったんで、こうやって私が、あなたの元へ来たんじゃないですか」

相手に合わせ、多少威圧感を増したように話してみる。

「いや~、仕事探しているもんでさ~」

のらりくらりと交わす客。

「おい、ガキの使いでここまで来てる訳じゃねえんだよ。おまえのせいで俺は残業代も出ず、こうやって動き回っているんだぞ? 分かってんのかよ? 何でそんなヘラヘラしてやがんだ?」

「……」

突然怒鳴り出したので、相手は下を向き黙っていた。

「金の貸し借りなんて、俺にはどうだっていいんだよ。無いもんはしょうがねえからな。ただ連絡だけはちゃんとしろってだけだ。いいな?」

自分より目上の人間に対する言葉遣いじゃないのは自覚している。

しかしこう言わないと分からないと思った。

「は、はい…。すみません……」

俺は返事を聞き、会社へと戻った。

家に帰った俺は、いずれこの事は小説として書くだろうと感じ、ブログに記事という形で残した。

 

恒例の朝礼のあと、PC長の佐久間が「この文字なんて読むか分かりますか?」と聞いてきた。

『臥薪嘗胆(がしんしょうたん)』と書いてある。

「どういう意味だか分かります?」

「ちょっと待ってて下さい。調べますから」

さすがに意味まではよく分からない。

確か三国志の時代で使われた言葉のような気がしたが……。

社内のパソコンはセキュリティーが引かれ、他のサイトの閲覧が一切できなくなっていた。

グーグルも使えなければ、ヤフーだって無理だ。

知り合いにメールをして、意味を調べてもらう事にした。

知り合いはすぐに調べ、返信をしてくれる。

《臥薪嘗胆とは、復讐の為に耐え忍ぶ事。また成功する為に耐えるという意味みたい》

俺はそのメールを見せながら、佐久間に説明した。

本社の上司から佐久間宛てに来たメールで『臥薪嘗胆である』と偉そうに書いてあったのだ。

よくもまあこんな言葉をこの会社の奴が使えるものである。

ある意味感心した。

悪いのはこの会社だ。

おまえらが使うべき言葉ではない。

これは俺の言葉だ。

昼休み、上司の佐久間が呑気に弁当を食べながら「岩上さんって本当に歌舞伎町にいたんですか?」とからかい半分で言ってきた。

自分の書いた小説を何作品か見せた事があるのに、今さら何を言っているのだろうか?

面白くなかったので、俺は「証拠でも見せましょうか?」と会社の電話の受話器を取った。

説明するのも面倒なので、リアルに見せればいいだろう。

そう感じた俺は以前捕まった事のある巣鴨警察署へ電話を掛けた。

「すみません。巣鴨警察ですか?生活安全課の出口さんお願いします」

いきなり電話をした先が警察と知り、佐久間の顔色が変わる。

数十秒経ちパクられた際、世話になった出口警部が出た。

「あ、お久しぶりです。岩上ですよ。お元気ですか? 一年ぶりぐらいですかね」

「おーこれはこれは、岩上大先生じゃないですか」

出口警部はご機嫌だった。

現状を簡単に説明し、小説も書き応募をしている事を伝える。

過去捕まった際、俺は小説の話を取調べ中にずっと言っていた。

出所したあと、俺は自分の処女作である『新宿クレッシェンド』をプリントアウトし、本としてまとめたものをプレゼントした。

数日後それを読んでくれたのか、出口警部から電話があった。

「岩上…、おまえ、昔、妹さんを亡くしていたのか……」

「はあ? 何を言ってんですか?あくまでも小説だって言ったじゃないですか。それに俺は調書でも言ったように、男三兄弟ですから」

「そ、そうか…。おまえ、この小説、ひょっとしたらひょっとするぞ?」

「ありがとうございます。いずれ俺は小説を世に出しますから」

「期待して待ってるぞ。楽しみにな」

こういったエピソードが過去にあったので、今でもこうして自然と話せる間柄になった訳である。

話の途中、俺は佐久間に向かって「変わってみます?」と意地悪そうに聞いた。

当然佐久間は慌てて首を横に振り断る。

電話を切ると、佐久間は黙々と仕事をして、俺に一切話し掛けてこなかった。

そういえば『新風舎』に応募した小説の結果がそろそろ出る時期だな。

そんな事を思いながら、俺も黙々と業務をこなした。

夕方になると、ピアノの敦子先生の会社でも訪問と称し、顔を出してみようと思った。

電話をしてこれから向かう事を伝える。

敦子先生の会社は車で五分ぐらいの場所にあった。

小学校六年生、つまり十二歳以来だから、二十一年ぶりである。

先生の会社飯島電気へ着くと、俺は車を飛び降り、受付へ向かう。

「智君、久しぶり~」

俺を見るなり敦子先生は笑顔で出迎えてくれた。

「忙しいところすみません。先生こそ元気そうで何よりです」

「変わってないわね~。小さい頃からそのまんま大きくなったって感じ」

「え、俺、変わってないですか? 一時レスラー目指していたから、六十五キロしかなかった体重を無理やり九十六キロまで増やしたんですよ?」

「身体は大きくなったけどね。目とかそういったパーツが何も変わってないもの。見てすぐに分かったわ」

お互いの空白期間を手短に話す。

しかし高校卒業後、先生の家へ行き、追い返された事だけは黙っておく。

余計な事を言う必要など何もないのだ。

近日中に飲みに行く約束をして、俺は先生と別れた。

敦子先生も仕事中だし、色々と忙しいのである。

会えて本当に良かったなと思える。

この日はずっといい気分のまま仕事ができた。

 

闇 93(本川越駅と契約書と家族会議と新風舎編) - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

闇 93(本川越駅と契約書と家族会議と新風舎編) - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

2024/11/09sta前回の章闇92(ブランコで首を吊った男とピアノの先生編)-岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)2024/11/09sta前回の章闇91(金融業と酷評編)-岩上...

goo blog

 

 


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 【うな鐵】鰻重の差し入れを... | トップ | 闇 93(本川越駅と契約書と... »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

闇シリーズ」カテゴリの最新記事