岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

1 パパンとママン

2019年07月19日 13時24分00秒 | パパンとママン/メルヘン/酢女と王様


パパンとママン


 

 

1 パパンとママン - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

パパンとママン第1章置き土産2007年11月21日原稿用紙31枚第2章兄弟2007年12月14日原稿用紙38枚第3章先輩2008年5月9日~2008年5月31原...

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第1章 置き土産
2007年11月21日 原稿用紙31枚

 

 

2 パパンとママン - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

第二章《兄弟》僕は一人っ子。家は食堂である。捻りハチマキを頭に巻いた常連客相手に、パパンが料理を作り、僕が運ぶ。狭く小汚い店ではあるが、僕ら家族が食べていけるぐ...

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第2章 兄弟
2007年12月14日 原稿用紙38枚

 

 

3 パパンとママン - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

第三章《先輩》ここ最近のパパンとママンは仲が悪い。だって常連客の竹花さんと、過去に関係があった事をママンがつい口を滑らせてしまったんだから。何もあのタイミングで...

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第3章 先輩
2008年5月9日~2008年5月31 原稿用紙32枚

 

 

4 パパンとママン - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

第四章《月の石》先日はまさかの展開になり、未だ戸惑っている僕。先輩のムッシュー石川は、一体今度どうなってしまうのだろう。結婚を前提に付き合うというメールが送られ...

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第4章 月の石
2008年5月31日~2008年6月2日 原稿用紙37枚

 

 

5 パパンとママン - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

第五章《借金地獄》「はぁ~……」思わず出るため息。今日もうちの食堂は忙しかった。いつもなら部屋へ真っ先に向かい、楽しいテッシュタイムの時間だと言うの...

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第5章 借金地獄
2008年6月2日~2008年6月3日 原稿用紙41枚

 

 

6 パパンとママン - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

第六章《経営者》パパンの弱みを握った僕。あれ以来、パパンは仕事中そんな理不尽な怒り方をしなくなった。それに『月の石』の飲み代三万も無事返す事ができ、たった二日間...

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第6章 経営者
2008年6月3日~2008年6月4日 原稿用紙43枚

 

 

7 パパンとママン - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

第七章《捺印》僕一人で店を切り盛りするように早一週間経つ。初日に失態を犯し、その日の日給千二百円しかもらえなかった僕は、その悔しさを忘れず商売の鬼に徹した。おか...

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第7章 捺印
2008年6月4日 原稿用紙37枚

 

 

8 パパンとママン - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

第八章《烏龍茶》朝起きると頭がガンガンして痛かった。昨日はかなり飲み過ぎたなあ。あんなに飲めば、二日酔いになるのは当然だろう。僕はお財布をもう一度チェックしてみ...

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第8章 烏龍茶
2008年6月5日 原稿用紙34枚

 

 

9 パパンとママン - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

第九章《同級生》今日のメニューの仕込みをしている途中で、入口の扉が開く。僕は慌てて入口へ向かった。たまにこうして時間が分からず、早めに来てしまうお客さんもいる。...

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第9章 同級生
2008年6月9日~2008年6月10日 原稿用紙31枚

 

 

10 パパンとママン - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

第十章《初恋の人》とうとうあの理不尽で女癖の悪い先輩、ムッシュー石川が退院してきた。彼は性質の悪い場末の飲み屋『兄弟』の女将とできている男でもある。女将は五十を...

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【再度執筆開始】
第10章 初恋の人
2010年4月08日~2010年4月09日 原稿用紙26枚

第11章 同窓会
2010年4月09日~2010年4月10日 原稿用紙38枚

最終章
2010年4月10日~2010年4月10日 原稿用紙25枚
【本編合計枚数 原稿用紙412枚で完結】


2008/6/10

この作品に実名で出たい人
メチャクチャに書くので
お気軽に言って下さいなw

※現在の出演者
・竹花さん
・ムッシュー石川
・れっこさん
・うめちんさん
・タマはん

あくまでも私のフィクションで人物を書いていますので
実際の本人とはまったく違います。ご了承下さいw


勝手に出演させた人々
・ゴッホ
・『兄弟』の女将
・『兄弟』の老夫婦
・『兄弟』のオカマ
・『兄弟』のオヤジ二人組


扉絵の料理写真は……

・俺が作った料理
・川越名店街各店料理

を使っています
第一章《置き土産》

 先輩らと一緒にゲームセンターへ行った日の事だった。
 十八歳で免許を取ったばかりの僕は、目的もなく家の車を乗り回し、暇してた先輩を途中で乗せた。
「おい、努! おまえの運転、危ねえよ」
「大丈夫っすよ。心配しないで下さい」
「絶対に事故るなよな。そういやあ腹減ってねえか?」
「じゃあ、牛でもしばきに行きますか~」
 金のない僕らは牛丼を胃袋に詰め込んだ。たまには分厚いステーキを食べてみたいが、今の身分では難しい。
 近くに新しくできたゲームセンターがあるというので、僕らは今、そこへ向かっている。
「何だよ、そんな大した大きさのゲーセンじゃねえな」
 到着するなりブツブツと先輩は言っている。建物の横が駐車場になっており、一番右に車を停めた。辺りは雑草がぼうぼうに生い茂った状態で、少しは刈ればいいのにと思う。
 ゲームセンターの中は最新のゲーム機があったので、両替を済ませ、早速プレイしてみた。
 普段ならゲームに集中するはずの僕が、店内に漂う妙な臭いがして非常に気が散る。何だ、この臭いは……。
 辺り一帯、何故かウンコ臭いのだ。建物も新しいのに、何でこんな臭いが……?
 あまりにも臭いのでクンクンと鼻で嗅いでみると、臭いの元は下からきていた。どこかに犬のクソでも落ちているのか?
「……!」
 この時、自分の右足の裏に妙な物体がついているのに気付く。まさか、これは……。
 靴を脱ぎ裏返すと、臭いを嗅ぐ必要もない事が分かった。僕が車から降りた時に、犬のクソを踏んづけていたようである。土踏まずの部分にこんもりとついたクソ。
 僕は辺りを見回しながら、入口のカーペットのところでクソをなびりつけた。すぐにトイレへ向かい、トイレットペーパーで靴の底を拭く。溝に入ったしまったクソはなかなか取れない。水を掛けてみたが、非常に頑固である。
 多少はしょうがないか…。帰ったらこの靴は捨てよう……。
 再びゲームをしようと椅子に座ったが、先ほど入口でなびったクソが気になり、ゲームに集中できない。あまりキョロキョロして店員に不審がられても嫌なので、僕は入口が自然と視界に入るようなゲーム台に移動した。
 五分ほどして、暇そうな店員が店内を歩き出す。入り口のほうへ近づいた時、店員の表情が険しいものになる。あの臭いが漂っているのだ。気付かない訳がない。
 店員は臭いの元を探しているのか立ったまま近辺を見渡していたが、下を見た時に動きが止まった。「何じゃ、こりゃ!」とでも言いたそうな店員の驚いた顔。入口のカーペットになびってある黒い物体をしばらく凝視していた。
 僕はその表情を見て吹き出しそうになったが、懸命にこらえる。ここで笑ったら、「犯人はあなたですか?」と真面目な顔で詰め寄られそうだ。絶対にバレる訳にはいかない。
 ゲームに熱中していた先輩の肩を叩き、「もう帰りましょうよ」と言ったが、「まだ来たばっかじゃねえか」と帰る気はないようだ。
「じゃあ、先に車の中にいますよ」
「お、おい、待てよ!」
 僕は先輩の声も無視して入口へ向かった。カーペットのところでは店員が二人に増え、話し合っている。
「誰だよ…。こんな酷い事しやがったの……」
「普通、入口にクソなんてなびらねえよな。今いる客の誰かか?」
 店員同士の会話が聞こえてきた。かなり頭にきている様子だ。当たり前だろう。これからこの二人は、僕のなびったクソを何とかしなくてはならないのだから……。
 今、入口に近づくは危険過ぎる。「お客さん、ちょっと靴の裏を見せてもらえますか?」なんて言われたら、僕だと分かってしまう。店員がこっちを見たので、自動販売機のジュースを見るふりをして誤魔化した。
 非人道的な行為をしているのは百も承知だが、バレたらヤバい。後始末をさせられる。
 僕は常に入口を監視できる場所に行き、店員がいなくなるのを確認すると、ダッシュで外へ逃げだした。
「ちょっとすみません、お客さん……」と、背後から声が聞こえたが、構わず僕は全力で逃げた。

 実家の食堂で働く僕は、家を継ぐ決心がある訳ではない。どこへ行っても長続きしないので、いつも金欠状態だった。見るに見かねたうちのパパンが、「ただ飯は食わせねえぞ。少しはうちを手伝え」と怒られ現在に至る。
 雀の涙ほどの給料をもらい、嫌々働く毎日。僕の仕事は頭に捻りハチマキを巻いたような汚いオヤジ連中の飯を運び、後片付けと皿洗い。それに掃除ぐらい。
 この状況を抜け出すには、就職するしかない。
「ねえ、ママン。もしさ、僕が他で働き口を見つけたら、パパン怒らないかな?」
「う~ん、そうねえ……。できれば、このまま頑張ってほしいんじゃないかな。ああ見えて、努が食堂を継いでくれるの、パパンは楽しみにしてるんだよ」
 現実問題として一人っ子の僕しか家業を継ぐ者はいない。あんな小汚い店で働いて生涯過ごすのを考えると、ゾッとした。
「でもさあ、まだ僕は十八だよ? 色々世の中を見て、勉強する時期なんじゃないかなと思ってさ」
「だってあんたさ、この半年で三つも職を変えたでしょ。すべて一ヶ月持たないし。私だってパパンだって、そりゃ心配するわよ」
「今までの仕事が僕に合わなかっただけだよ。だって嫌々続けて年を取り、やり直しのきかない年齢になったらまずいでしょ。それなら見切りをつけるのは早いほうがいいに決まってるしさ」
「石の上にも三年って言うでしょ」
「嫌々三年も続けたって意味なんかないよ」
「じゃあ、好きになさい」
「ああ、好きにするよ」
 自分の部屋に戻り、布団に寝転がった。天井を眺めながら、何がしたいかを考えてみる。
 元々サービス業は向いていない。かといって黙々と作業をこなす仕事も合わない。可愛い女の子に囲まれながらデスクワークが理想だが、パソコンの知識も何もない僕を雇ってくれる会社などない。
 偉そうな事を言ってみたところで、僕には力など何もないのである。
 とりあえず牛をしばきに行っても卵やお新香は我慢して、数ヶ月家業を頑張って小銭を貯め、新しい仕事を探すしか、今の僕には方法がないのだ。
 それにしてもパパンは厳しい。「僕が憎くてしょうがないのか?」と言いたくなるぐらいだった。
 天井の木目をジッと眺めながら考えていると、急にチンチンが立ってくる。彼女のいない僕は右手だけが恋人さ。以前、左手でやってみたが、どうも気持ちよくない。右手が一番しっくりくるのだ。
 ズボンのボタンを外し、チャックを下ろそうとした時だった。
「おい、努。明日の仕込みをするぞ」
 下からパパンの声が聞こえた。今日は日曜日で休みなんだから、仕込みなんて明日にすればいいものを……。
 いや、何よりも、人のテッシュタイムを邪魔しくさって……。
 まあ、いきなり部屋のふすまを開けられ、現場を見られるよりはマシか。
 僕は仕方なく階段を降りていった。

「はい、炒飯!」
「はい、味噌ラーメン!」
 大きな声を出しながら、テキパキと料理を作るパパン。
「へ、へぃ……」
「おい、努! 何だ、その覇気のない声は! ちゃんと『へいっ!』ってでかい声で言え」
 お盆に料理を乗せて運ぼうとすると、パパンが怒鳴ってきた。
「へ、へいっ!」
 チクショウ、何も客がいる前で文句を言わなくたっていいのに、パパンの意地悪……。
 各テーブルに料理を置いていると、入口の戸が開いた。また客か……。
「い、いらっしゃぃ……」
「へい、らっしぇーっ!」
 背後からパパンの威勢のいい声が聞こえる。二人組の若い客は、入口近くのテーブルに腰掛けた。
 パパンの店は、そんなに大きな店ではない。カウンター席が六席に、四人掛けテーブルが三つある。ビッチリと詰めさせたとしても、十八名しか入らないのだ。
 現在客は七名。このぐらいの数なら僕もやりやすいが、たまに馬鹿みたいに「水、水」と何度も飲む奴がいると面倒である。
 先ほど入ってきた二人が「お兄さ~ん、注文いい?」と言ってきた。
 僕にはちょっとした能力がある。客の顔を見ていると、だいたい何を食べるのかが分かるのだ。この客はナポリタン、こっちは焼そばといった感じで脳裏にその映像や言葉が浮かんでくる。しかし、正解率百パーセントではないので、あまり意味のない能力であった。
 客の顔を見ると、《焼肉定食大盛り》、《メンチカツ定食》というキーワードが、頭の中で浮かび上がってきた。でもこの客、うちの店に来るのは初めてだけど、どこかで見たような……。
「俺はメンチカツ定食」
「う~ん、俺は焼肉定食の大盛り」
「へ、へぃ……」
 注文を聞きながらも、どこかで見た事のある人だなと思っていたが、どこで会ったのか思い出せない。向こうも僕の顔を見て、「おや?」という表情をしていたが、それ以上特にお互いの会話はなかった。
「注文です。メン定一丁、肉焼き大一丁」
「おいす。メン定一丁、肉焼き大一丁! ウォンチュ!」
 パパンが決めた妙な掛け声。メニューにはメンチ定食と書いてあるのに、僕が言う時は「メン定」。焼肉定食も何故か逆に置き換えて「肉焼き」と言わされていた。最後の「ウォンチュ」は多分、了解したという意味合いなんだと勝手に思っている。
「チェックして~」
 常連客の竹花さんが席を立った。
「へ、へぃ、六百三十円になります」
 レジに行き、客の出した千円札を受け取る。
「三百七十円のお返しです」
「ごっちょさん」
「ありがとうございました」
 この時、妙な視線を感じ、その方向を振り返った。すると、注文したばかりの二人組が真剣な顔で僕を見ていた。ひょっとしてホモなのだろうか? そう思った瞬間、僕の体は鳥肌に包まれた。
「ちょっとお兄さん」
 例の二人組に呼ばれる。今晩付き合えとでも言うつもりだろうか? 最悪の場合、厨房にパパンがいるから問題ないだろう……。
 恐る恐る近づき、「何でしょうか?」と聞くと、二人組は、「先週の日曜日、ゲームセンターにいませんでしたか?」と聞かれた。
 先週の日曜日は、先輩と牛をしばいて……。
 あ、そうだ。駅近くにできた新しいゲーセンに行ったな。けど、この人たちは初対面の僕に、何故、そんな事をわざわざ聞いてくるのだろう。
「はぁ……」
「それって駅から近いところのゲームセンターですか?」
「はあ、そうですね。それがどうかしましたか?」
「いえいえ、どこかで見た顔だなと思いましてね」
 そう言うと、二人組はニヤリと笑った。ひょっとしてこいつら、ゲーセンにいた時から僕を狙って、この店までつけてきたのだろうか? だとしたら、筋金入りのホモだ。
「はい、メン定。それと肉焼き大!」
 パパンが料理を作り終えたようだ。「ちょっと失礼します」と、僕は料理を取りに行く。
 ホモたちに家まで知られては、張られる可能性も高い。色々な状況を考えていると、暗い気分になってしまう。
 しかし、二人組は料理を食べ終わると、何事もなかったように帰っていった。
 僕の杞憂に過ぎなかったかと、ホッと胸を撫で下ろした。

 ホモ二人組は、翌日もパパンの店にやってきた。昨日と違うのは、妙にうすらでかい男を連れてきた事である。
 水を置く僕に、「どうも」と愛想のいい挨拶をしてくるが、油断させる罠かもしれない。
「あ、すみません。トイレってどこですか?」
 大男が体に似合わないハスキーな声で聞いてくる。
「一番奥になります」
「そうですか」
 注文する前に、大男はトイレに行ってしまった。先に注文しろよな、二度手間なんだからさ……。
「ご注文は……」
「あっ! いっけね……」
「え?」
「すみません。俺たち、ちょっと大事な用事を思い出しちゃって…。またあとで来ます。まだ注文してないからいいですよね?」
 そう言うなり、二人組は大男がトイレに行っているのに注文もせず、店から出て行ってしまった。
 何だ何だ? 僕の体目的じゃなかったのか?
 あの大男はどうするつもりなんだ。トイレから帰ると、来たばかりの連れがいない状況。八つ当たり気味に店で暴れられても嫌だな……。
「お~い、努ちゃん。ビール、それと餃子ちょうだい」
「コロッケ定食ちょうだい」
 他の客から声が掛かりだし、僕は店内を世話しなく動き回る。
「はい、味噌おでん!」
「はい、唐揚げ!」
「はい、きりたんぽ鍋!」
「へいっ!」
 ママンも二階でテレビを見ているのなら、少しは手伝ってくれればいいのに……。
 奥から大男が、のそっと出てくるのが見えた。
「あの~、お連れの方、用があるって出て行ってしまいましたが」
 とりあえず声を掛けると、大男は「あ、そう」と大して驚いた様子もなく、外へ出て行ってしまう。
 テーブルの後片付けやレジの会計をしつつ、料理を運んでいると、客の一人がトイレから出てきて、「くさっ!」と大声を上げた。
 何があったんだと思い、その客のところへ行くと、「何だよ、あの便所。臭くてたまんないよ」と非常に不機嫌だった。
 うちのトイレは和式の便器である。客があまりにも「臭い、臭い」と連呼し大騒ぎするので、仕方なく様子を見に行く事にした。
 ドアノブに手を掛け少しだけドアを開くと、凶悪な異臭が鼻をつく。
「う、うぐぁ~!」
 バタン……。
 思わずドアを閉めてしまうぐらいの臭さだった。
 一体、今の臭さは何だ?
 一瞬気の遠くなるようなもの凄い臭さだ。
 最後にトイレに行った客は、あの大男しかいないはずである。あの野郎め、うちでクソだけして帰りやがったのか……。
 どっちにしても、トイレをこのままの状態にしておく訳にはいかない。客だって僕だってパパンだってトイレを使う。
 僕は勇気を奮い立たせ、再びドアノブを掴んだ。

 眼前には、大きな大きなウンコがあった。
 横四センチ、長さ二十センチぐらいの巨大グソである。
 それはもの凄い異臭を巻き起こしていた。
 僕はレバーを「大」の方向へ押し、便器に水を流す。
「ゲッ……!」
 巨大グソは、ビクともしない。タンクに水が溜まるまで、一度外に出て、ゆっくりと新鮮な空気を肺に入れる。
 あの大男め、体通りのでかいクソをしやがって……。
 一体、どうすればいいんだ?
 少しだけドアを開けてみる。異臭が隙間を掻い潜って店内に漏れだした。
「何だ…? く、くせっ!」
 トイレに一番近いカウンター席に座っていた客が、鼻を押さえながら大声で騒ぎ出した。
 店内の客が、いっせいにこちらを見た。
 別に自分が悪い訳ではないが、このままではマズいと感じる。早くあの巨大グソを何とかしなければ……。
 あんなでかいクソは生まれて初めて見た。常軌を完全に逸した世界標準のクソ。いや、あんなでかいのは、世界を探しても稀だろう。
 大きく息を吸い込んで、トイレの中に入る。先ほどと変わらない状態で巨大グソは横たわっている。
 もう一度、水を流してみるが、やはりビクともしない。他に方法が思いつかないでいると、「おまえ、さっきから何をやってやがんだ?」とパパンが入ってきた。
「うぉっ、何じゃこりゃ?」
 パパンは鼻を押さえ、トイレから出てしまう。僕も一旦、外へ出る事にした。
 店内の客たちは食べるのも忘れ、野次馬根性丸出しでトイレの近くまで集まっている。
「マスターどうした?」
「何があったんだ?」
「ん、何か臭いな、この辺……」
 このままだと近所で「でかいクソのある店」と変な噂を立てられてしまう。
「おい、努。何だ、ありゃ?」
「し、知らないよ。多分、さっき飯も頼まず、トイレだけしていった大男のせいだ」
「流しても駄目なのか?」
「二回流してみたけど、ビクともしないよ」
「ふ~む……」
 僕たち親子は二人して腕を組みながら、巨大グソの対策を考えた。
「まずは窓という窓を全開に開けよう。この悪魔のような異臭が店に染み込んだら、誰一人、客なんか来なくなるぞ」
「おいおい、マスター。俺たちを侮るなよ。俺たちゃよ、マスターの料理が食いたくて、毎日のように来てるんだ」
 常連客の竹花さんが、自信満々に言った。
「ふん、この臭いを嗅いでも、そう言えるのか?」
 パパンはドアを少しだけ開く。
「ゲッ、くさっ! 何だ、このドブの腐ったような臭いは…。冗談じゃねえ、こんなところで飯なんか食えるかよ。マスター、カウンターに勘定置いとくからな」
 そう言って、常連の竹鼻さんは帰ってしまった。
 おぞましい臭いは、人間の温かい心までいとも簡単に破壊してしまう。
「ちょっと、どうかしたの?」
 ママンが下まで降りてきて、トイレの前にいるみんなに向かって不思議そうな顔をしていた。

 とりあえず今日の営業は終わりにして、入口ののれんをしまう。
 残っていた客には、「お代は結構ですから」と強引に帰ってもらった。
 店に残されたのは僕と、パパンとママンの家族のみ。
 この巨大グソを何とかしないと、店の死活問題になってしまう。うちの二階にはトイレがなかった。パパンが店を建て直す時、工事代をケチったから、一階だけになってしまったのである。
「普通に流したんじゃ、ビクともしないクソだ。努、バケツに水を汲んで来い」
 一気に流せば、あのクソも流れるかもしれない。パパンはなかなか冴えている。無駄に年だけ食っている訳ではないのだ。
 バケツに水を汲み、僕は急いでトイレまで向かう。
「よし、寄こせ」
 パパンはドアを開き、一気に水で流し込んだ。
「……」
 巨大グソは、僅か二センチほど奥へ移動した。大きさに比例して、重さも半端ではない。
「何て強情なクソなの……」
 ママンは吐き捨てるように言った。
「努、もっと水持って来い。少しずつでも動いてはいる。何回か繰り返せば、いずれ奥まで行き流れるはずだ」
 親子連携のバケツリレーが始まった。
「うんしょ、ほれママン!」
 僕が厨房でバケツに水を汲み、カウンターまで置く。
「ほいきた、パパン!」
 ママンが必死の形相でトイレまで運ぶ。
「よっしゃ、うりゃさ!」
 パパンが受け取り、便器に向かって水を流す。
 この中で一番嫌な役といえば、やはりパパンだろう。凶悪な臭いの元に一番近いのだから……。
「駄目だ…。座礁してしまった……」
 七回ぐらい繰り返すと、パパンが言った。
「座礁?」
「ああ、座礁だ……」
 気になったので、厨房から出て僕もトイレへ向かう。
「……」
 見た瞬間、僕は声を失った。
「少しずつ便器の奥に向かって動いていた巨大グソは、とうとう先端が浮いた状態になり、もう少しだと我々を期待させた。しかし、とどめとばかり勢いよく水を流すと、三分の一まで浮いた状態になったが、それ以降はまったく動かなくなってしまったのだ…。まるで船が浅瀬で乗り上げ動かなくなった座礁のようにな……」
 バケツで流しても駄目だった。
 どうやら僕らは、次の手を考えなければいけない展開まで追い詰められていた。

「普通なら折れるよな?」
「う~ん、あれ、本当にウンコなのかな?」
「あなたたち、喋ってないで何とかしてよ」
 ママンが不甲斐ない僕らに怒鳴りだす。
「そうだ、努。割り箸で真ん中辺りを突き刺して、割ってしまえばいいんだよ」
「そっか、パパン。頭いい!」
 パパンは立ち上がると、テーブルの上にある割り箸を取り、僕に渡してくる。
「え、ひょっとして……」
「そうだ。俺は作る側だから、臭いが体に染み付いても困る。おまえはまだ若いから大丈夫だ、多分……」
「た、多分って何だよ? 多分って……」
「まあまあ努も、たまにはお父さんの言う事ぐらい聞きなさい」
 ママンまで僕を戦場へ駆り出そうとしている。しょせん人間なんて我が身が一番可愛いのだ。もし、大地震が起きて食糧不足になったら、パパンとママンは僕を食べてでも生き残るんだろうな……。
 それにしてもこの割り箸で、あの巨大グソを真っ二つにできるのだろうか?
 いや、やらなくてはならないのだ。
 異臭漂うトイレの中。僕は割り箸を割り、座礁した巨大グソに突き刺した。
「ん? 思ったより楽に入ったぞ…。うっ……」
 つい口を開いてしまったので、悪臭が口内に侵食してきた。慌てて外に出て体勢を立て直す事にする。
「パパン、水!」
「何をすんだ?」
「いいから、早く!」
 念入りにうがいをして口の中をゆすいだ。あの臭いが口内に染み付いたら困る。
 気を取り直し、僕は便器へ向かう。
 割り箸は三分の一ほど、突き刺さった状態。ここからどう動かすかによって、状況はいくらでも変わってくるだろう。
 無難に外側へ向けて割り箸を動かせば、うまく真っ二つに割れると思う。
 それとももっと深く突き刺せば、その勢いで割れるかもしれない。しかしこの場合、リスクがある。勢い余って僕の指まで巨大グソに触れてしまうかもしれないのだ。それだけは勘弁願いたい。
 そっと外側に向けて動かそう。僕は外に出て新鮮な空気を目一杯吸い込み、勝負に出た。
 パキッ……。
「あっ!」
 割り箸が途中で折れてしまった。駄目だ。僕には荷が重過ぎる。
「どうした、努?」
 パパンが来た。
「こ、これ……」
「わ、割れたのか?」
 巨大グソに突き刺さった三分の一ぐらいの割り箸。これで、水で流す選択はなくなった。折れた割り箸を手で取ろうにも、あの凶悪な巨大グソに触れてしまう事は必須。いくら何でもそんな事まではできない。
 割り箸で中をほじくったせいか、異臭はさらに強くなっている。

 ママンが軍手を持ってきて、僕に手渡しながら言った。
「努、これで割れた箸を取りなさい」
「嫌だよ。冗談じゃねえよ」
「だってあなたが割ったんだから、自分で責任はとらないといけないわ」
「無茶いうなよ」
「大丈夫。軍手なら捨てていいから」
「嫌だよ! そういう問題じゃない」
「じゃあ、ちょっと待ってなさい」
 ママンはビニールの手袋を持ってきた。
「おお、これなら安心だ。頑張れよ、努」
 他人事だと思って、パパンが白い歯を見せながら無責任発言をしてくる。
「ママンがやればいいじゃん」
「じゃあ、努はもうご飯いらないのね?」
「何でそうなるんだよ? 関係ないじゃん」
「あるわよ。私のこの繊細な指にあんなものがついてごらんなさい。食事の支度なんて、一生できなくなるわ」
「……。じゃあ、パパンに……」
「俺だって同じだよ。誰がこの店の料理を作るんだ? やるのは、おまえしかいないんだって。男ならいい加減腹を決めろ! 俺はそんな軟弱に育てたつもりはないぞ」
 調子のいい事を…。何だかんだ言って、結局、僕に押し付けているだけじゃないか……。
「分かったよ。やればいいんだろ、やれば……」
 こうなったらヤケクソだ。力なき僕は、一人では生きていけない。汚れ仕事はすべてやらなければ、明日などないのである。
 ビニール手袋に手を通し、ゴミ箱も一緒に持っていく事にした。引き抜いたあと、すぐ捨てなければ危険だ。生命の危機にもなる可能性がある。
 これまでの人生で一番慎重に動き、ジッと目を凝らす。
 指の先端が折れた箸に接触したので、そっと掴む。軽く引っ張ってみたが、ビクともしない。やはり指先を巨大グソの中まで入れなければ、割り箸はとれないようだ。
「てやぁーっ!」
 覚悟を決め、クソの中に指を沈める。気色悪い感触と共に、何ともいえない香りが鼻をつき意識を失いかけた。でも、ここで力尽きる訳にはいかない。
 よし、掴んだぞ。僕は一気に折れた割り箸を引っ張った。
 その勢いで、不沈艦のようだった巨大グソは真っ二つに折れた。
「やった……」
 クソが割れた瞬間、この世のものとはいえない強烈な臭いが身体に飛び込んでくる。僕はそれで意識が遠退いていった。

「おい、努。大丈夫か?」
 ん、何だか声が聞こえるぞ。パパンの声……。
「努、しっかりして」
 これはママンの声……。
 目を開けると、両親が覗き込むようにしていた。
「パパン、ママン……」
「良かった。意識を取り戻したぞ」
「パパン…、あれは?」
「大丈夫だ。もう問題ない……」
 心なしかパパンの目は潤んでいる。
「あなたの勇気と行動がね。あれを二つに割り、便器の下までようやく沈んだのよ」
 ママンは泣きながら言った。
「じゃあ、早く流さないと……」
「それがまだ、でか過ぎて流れないんだよ」
「え……」
「だから今、しばらく放置して水につけているところだ。明日になれば、幾分浸って柔らかくなるはずだ。本当におまえはよくやった。おまえは俺の息子だ」
 パパンの目から一粒の涙がこぼれた。
 流れない巨大グソ。店にとっては非常に迷惑なものだったが、この強敵に挑戦する事で家族の結びつきが前よりグッと増したような気がした。



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