岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

闇 104(最終選考通過編)

2024年11月14日 05時21分10秒 | 闇シリーズ

2024/11/1

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ガラガラ。

整体のドアがゆっくり開くが、半開きの状態で止まる。

メガネを掛けたポニーテールの女性が、こちらをソーッと覗き込んでいた。

「ん、どうしました?」

「あ、あの居酒屋の紹介で来たんですけど」

そう言いながら彼女は左手で方向を示す。

以前揉めたスナックアップルがある方向。

あっちに知り合いの店なんて、無かったと思うが?

「えーと居酒屋って?」

「みっちゃんです」

聞き覚えが無い。

「知らないなあ…。まあいいや、問診表を書いてもらえますか?」

森野泉、二十歳。

泉という名前だけで俺は好感が持てた。

何故なら高校二年生の初デートした相手が永井泉。

初の給料をもらい、初のデート。

武蔵浦和駅から格好つけて彼女の家までタクシーで送り、帰りの電車賃がそれで無くなり川越まで帰ったあの頃の淡い思い出。

そこまでしてフラれたので、ちょっぴり苦い思い出でもある。

「はあ…、俺ってどこが駄目だったんだろうね……」

「え、駄目って何がです?」

「いや、何でもない。何でもない」

馬鹿な俺は独り言を呟いていたようだ。

「ところで今日はどんな症状で?」

「肩凝りがほんと凄くて……」

触ってみると、若いのに本当に固い。

「君、全然運動とかしてないでしょ?」

「はあ…、分かります?」

「まあ若いからこの程度ならすぐ治せます」

高周波つけて、いつもの岩上流三点療法。

血流はすぐ良くなり、あとは骨の調整くらいで終わりだ。

「どうです?」

「え、何? 凄い軽い!」

俺は彼女がどこの居酒屋の紹介なのか、詳しく聞いてみた。

『居酒屋みっちゃん』……。

そういえばちょっと前にも同世代の男性患者が同じような事を言っていたな。

「ねね、もう整体これで閉めるから、そこの店一緒に連れてってくれない?」

「全然いいですよ。ただ私ちょっと持ち合わせが……」

「若いのに何を言ってんの。俺は自慢じゃないけど、女性と食事行ってお金を出させた事が無いんだ。君の大事な時間使うんだから、もちろんご馳走するよ」

こうして俺と泉は紹介してくれたという居酒屋みっちやんへ向かった。

 

居酒屋みっちゃんは、岩上整体から真っ直ぐ歩いて二分ぐらいの場所にあった。

やっぱり知らないなあ。

今まで行った事も無いし、関わりも無い。

中へ入ると威勢よく「いらっしゃいませー」と声を掛けられる。

「あれ? 岩上整体の先生ですよね? おや、泉ちゃんも一緒で」

「あ、はい……」

「いやー、あちこち色々なところに先生の整体の広告貼ってあるから、近所だし面白いなあと思って、うちに来た客で肩凝りが酷いとか言う人を紹介していたんですよ」

「ありがとうございます」

本当に何ていい人なのだろうか。

すぐ隣に接骨院があるというのに、まったく関係の無し岩上整体へ誘導してくれるなんて……。

あ、そういえばおばさんのピーちゃんが言っていたうちの並びの接骨院って、ここの事か。

ふざけやがって、何が紹介するの恥ずかしくて言える訳がないだ。

こうやって分かってくれる人は分かってくれるのだ。

俺と泉は、みっちゃんで散々飲んで食べて、楽しい時間を満喫した。

俺はここのコーヒー酒をとても気に入る。

コーヒー豆をそのまま大きな壷に入れ、焼酎を漬けた酒だが、こんなに美味しいとは思わなかった。

「先生また整体行ってもいいですか?」

「泉ちゃんならいつでも大歓迎だよ」

そういえば岩上整体の患者率って狙ったわけでもないのに、やたら女性患者率が多いな。

近隣の店で居酒屋みっちゃんも、酒を飲む際行く選択肢の一つになった。

 

「やっほー、智君」

幼少時代のピアノの恩師飯島敦子先生が、岩上整体へやって来た。

敦子先生はいつも笑顔で元気一杯である。

「今日はね、うちのビルで天下鶏ってお店をやっているオーナー連れて来たよ」

クレアモールでビルを持つ先生は、一、二階に店舗を貸し出し上に住んでいる。

そういえば小学生の時加藤という金物屋があそこの一階にいたけど、あれって先生のところだったよな?

中央小から俺は富士見中、加とはんは一中に行ってから会っていない。

ミサキとよく遊んでいる頃、確か『ふらんす亭』が入っていたよな。

「どうもはじめまして、天下鶏の田辺です」

敦子先生の紹介の田辺さんは見掛けはごつく見えるが、腰の低い好青年だった。

年は俺より三つした。

弟の徹也と貴彦の中間になるのか。

「じゃ智君、私は行くね。あとよろしくー」

敦子先生は去っていく。

「田辺さん、どこが悪いんですか?」

「やっぱり立ち仕事なんで腰なんですよね」

俺はいつものように高周波をつけ、岩上流三点療法をする。

施術が終わると、グラスにファンタオレンジを入れて「良かったら飲みますか?」と出した。

「先生!」

「え、何ですか?」

ひょっとしてコーヒーとかのほうが良かったのかな?

「先生は損して得取れを地でいってますね」

「え、俺が損? 得?」

「中々そうやって飲み物をサービスしたりとか普通しないですよ」

「だって喉乾きません? うち多少は飲み物用意しているんで、それを出しているだけですよ」

何が気に入られたのかよく分からないが、田辺さんは定期的に来てくれる患者になった。

このお店は焼鳥も美味いが、店員が可愛い子ばかりだった。

「智さん、うち、顔面接ですから」と田辺さんは笑いながら言う。

それが冗談に聞こえないくらいの粒揃い。

塩ドレッシングのサラダを気に入った俺は田辺さんへ絶賛する。

すると彼は俺に「良かったらこれ、自分が開発したドレッシングなんで持って帰って下さい」とお土産までくれた。

俺にとって天下鶏も、飲みに行く店の選択肢の一つになる。

 

「智一郎君、どうも」

家の隣にあったトンカツひろむで常連客だった先輩の甲斐さんが顔を出す。

甲斐さんは岡部さんの話ではプレイボーイらしく、昔会社員だった頃、男は甲斐さんだけ、あとの五人は女性社員という環境で働いていたらしい。

その内四人を抱いたという記録を持つ猛者だ。

見掛けは真面目そうで大人しく、物静か。

しかし化けの皮を剥がすとプレイボーイに変身するのか。

施術をしながら色々な話をする。

「しかしひろむが無くなっちゃって、本当に残念だよ」

「岡部さんが独立で辞めたのが大きいですよね」

「あとから入った若いのいたでしょ?」

「ああ、山信ですか?」

「あの子になってから本当に客来なくなっちゃってね」

岡部さんの後釜にひろむは若い小僧を使った。

格式のある料亭で料理人をしていたという触れ込みで、岡部さんのほうが年上で先輩なのに妙に気を使っていたのを覚えている。

ただ、当時山信は二十歳そこそこ。

料亭でといってもそこで働いていただけで、そこまでのプライドを持つ必要が無いんじゃないのと俺は思っていた。

岡部さんが『とよき』で独立し、ひろむは山信に。

俺は岡部さんところへ行った帰りに、一ちゃんや良江ちゃん、おばさん、おじさんの顔もあるので、ひろむへバランスよく寄るように気遣った。

「智一郎さんは、向こうばかり行きますからね」

気を使って来た俺に向かい、山信は嫌味を言う。

「おまえ、ふざけた事抜かしてんじゃねえよ、ボケ! おまえの顔なんかでここに来てる訳じゃねえんだ。おじさんやおばさんの昔からの繋がりで来てんだから、あんまり勘違いすんじゃねえぞ、小僧」

そう怒鳴りつけた事もある。

結局岡部さんが独立して出て、トンカツひろむは半年で閉めてしまった。

俺や甲斐さんだけでなく、ひろむが無くなったのを惜しむ人は本当に多い。

「僕ね、最近ドッジボールの監督をしてるんだよ」

「あ、岡部さんから聞いた事ありますよ。全国優勝したんですよね?」

「ははは、耳が早いね」

岡部さんの話によると甲斐さんは昔ながらの熱血指導で、時には鉄拳制裁もするらしい。

「歯を食い縛れ」と叩いても親からクレームが無いのは、甲斐さんの教育方針の賜物だろう。

『月吉ストーム』というチームを率いる甲斐さんは、定期的に岩上整体へ来てくれるようになった。

 

駅前の戸田本川越ビルのオーナー夫人が飛び込みで、来店してくれる。

岩上整体は改札を出たら目の前のペペを真っ直ぐ突っ切って出た目の前。

戸田ビルは本川越駅のロータリーを出たら、斜め向かい。

立地条件的にもこちらのほうがいい。

肩凝りを治しながら色々なアドバイスをもらえた。

「岩上君は家に高齢の方いらっしゃる?」

「そうですね。おばあちゃんは中学の時亡くなってしまい、おじいちゃんがいます」

「これ、後々で問題になる事多いから、一度家族で決めておいたほうがいいんだけどね」

「はい」

「不慮の事故とかで、救命維持装置をつけなくちゃならない場合」

「医者は緊急時命を救う側だからつけてしまうんだけど、あれ、一度つけると外せないのね。殺人になっちゃうから」

「へえ、でも命を助けるのなら仕方ないですよね?」

「そう、そこなのよ。助かったはいいけど、ずっと意識も取り戻さず植物人間のままですって、なってごらんなさい」

「それは大変そうですね」

「外せない装置の維持の為に年間五百万掛かるから、残った家族は頑張ってそのお金を用意しなきゃいけなくなるの」

「うわ、それもある意味地獄ですね」

「そう、だから高齢の方がいる家は、維持装置をつけるつけないの相談を最初からしといたほうがいいの」

もし、おじいちゃんがそうなってしまったら……。

いや、想像もしたくない。

整体の電話が鳴る。

出るとまたちえみから。

「今患者さんと大切な話をしているところだから」

そう言って切る。

面倒臭い女を抱いてしまったな……。

「岩上君も帰ってから、よく家族と相談しといたほうがいいわよ」

オーナー奥さんが帰ってからも、しばらくその問題で一人考えた。

俺ならやっぱどんな形でも、おじいちゃんには生きてて欲しいな……。

出て行ったお袋。

身勝手で傍若無人な親父。

そして嫁にも行かず、ずっと家の三階にいて嫌味しか言わないおばさんのピーちゃん。

俺にとっておじいちゃんだけが、親代わりで家族と呼べるのだ。

 

 

街中華立門前通り呑龍 - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

2024/11/12tue中華料理呑龍後輩の『めし処のぶた』の叔父でもあり……多分一番多く行った店、呑龍川越にいた頃も横浜にいて地元へ帰った時も新宿いて地元帰った...

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俺が社会人になって一番通っただろう街中華の呑龍。

そこのマスターのお姉さんが、岩上整体にやって来た。

もちろん岩上整体協力店の川越名店街の一つである。

『めし処のぶた』の大野信成の叔父叔母に当たるのが呑龍という訳だ。

俺はここへ来ると、生姜焼き定食と餃子を絶対頼む。

他にワンタン麺だったり、柔らかい焼きそばだったりを追加する。

たまに豚の唐揚げを注文する事もあった。

呑龍マスターのお姉さんは、俺がいかに店を愛しているかと説明するのを笑いながら聞いている。

「ややや、どうもどうも」

施術中チャブーが整体に入ってこようとしたので「今患者いるから帰れ」と一蹴した。

少ししてゴリが来た。

「岩上、先日言ってた飲み屋の……」

「うるさい、今施術中だ。とっとと失せろ」

四の五の言わさずゴリを帰す。

本当に岩崎性はロクな奴がいない。

チャブーこと岩崎智典に、ゴリこと岩崎努。

この二人と中学三年生の時同じクラスだったなんて、俺の汚点である。

携帯電話のバイブが何度も鳴るので見てみると、ちえみからのメールがたくさん届いていた。

うんざり気味の俺は、返信すらしなくなる。

呑龍のおばさんは「楽になったー。また来るね」と社交辞令でなく、この後何度も岩上整体へ来てくれるようになった。

 

のそっと筋肉の張った大男が入って来る。

顔を見てすぐに誰か分かる。

「あのー…、身体中ガタガタで……」

「ミスター雁之助ですよね?」

「あ、分かりますか?」

彼は大仁田厚が興したFMWのプロレスラー。

俺がプロレス界の三大悪と思っているのが、高田延彦、大仁田厚、週刊プロレス編集長だったターザン山本である。

高田は応援してきたファンに対し、後ろ足で砂をぶっ掛け金に換えた屑。

大仁田は弱いくせに邪道と言いながら、自分本位な立ち回りとパフォーマンスで生きてきたレスラー。

FMWの道場は、うちから徒歩三分くらいのところにあるので、よくレスラーを見掛けた。

俺が大沢のせいで全日本プロレスを駄目になった茨の一年間。

街でFMWのレスラーを見掛けると、たまに八つ当たりで絡んだ。

自分がこんな目に遭い、他のレスラーがリングへ上がっている。

それが面白くないという子供みたいな理由からだった。

ターザン山本は主観で記事を書き、プロレス界を湾曲させたクソ野郎である。

当時メガネスーパーの田中社長が発足したSWSという団体のバッシング記事を書き、金満政権のようや酷い中傷を浴びせた馬鹿だ。

無数の資金源を持つ大企業が、せっかくプロレスの味方をしてくれたのに、ターザンはそれを妨害した訳である。

雁之助は図体の割に中々のテクニシャンで、彼のオリジナル技雁之助クラッチは一見の価値がある。

FMW自体敬遠していたが、実際話してみると雁之助はとても気さくでいい人だった。

「岩上さんってひょっとして三井病院の目の前の家ですか?」

「ええ、よく分かりますね」

「あそこの入院代、俺払わず逃げて来たんですよ」

「え、そんなの大丈夫なんですか?」

「試合中足折って入院中にFMWが潰れたんです。それで支払いしてくれなくて」

大仁田は銭ゲバとも聞く。

FMWの荒井社長は多額の借金に追われ、首を吊って亡くなった。

「俺、大仁田の奴だけは、絶対に許さないっすよ」

俺にしてみれば、ジャイアント馬場社長を許さないと言っているようなものなので、彼の憎悪は尋常ではない。

普通では済まされない確執があるのだろう。

三つ上との彼とは話題も合い、気付けば意気投合している。

「そういえば雁之助さん、鍋野ゆき江もFMWですよね?」

「ああ、ゆき江ですか」

「あれ、前にここから近くのスナックで働いているんですね」

「知ってますよ。あいつ、住むところ無いから、今うちに居候してんすよね」

「ここに来た事ありますよ」

「え、本当ですか」

「デカい屁をこいて帰りましたけど」

「あの馬鹿…。あ、先生! 今度俺が主催する鬼神道ってプロレス興行をやるんで、金いらないすから来て下さいよ」

こうして俺たちは連絡先を交換し、いい関係になった。

 

「すみませんー、失礼します」

礼儀正しく入ってきた同世代男性。

問診表で渡辺信行さん、三十七歳、銀行員と分かる。

首が慢性的に悪くどこへ行っても良くないらいと、日常生活を苦しみながら仕事を何とかしていると言う。

「先生の力で思い切り、首をギュッて挟んでもらえますか?」

「え、そんな事したらかなり痛いですよ?」

「自分痛いのは平気なんですよ。お願いします!」

うつ伏せ状態のまま首のところで親指以外の四本指を組む。

親指根元の骨で、彼の首を挟んで力強く圧迫した。

「ぐぅぅ……」

苦悶の表情を浮かべる渡辺さん。

「ほら、痛いですよね」

「い、いや、先生続けて下さい」

電話が鳴る。

「あ、患者さんからだと思うんで、少しこのまま待ってて下さい。すみません」

またちえみからだった。

何度一人で整体をやっているから、仕事中の電話は止めてくれと伝えても連絡がある。

俺は無言で切った。

渡辺さんの施術を再開する。

かなり強引な施術が終わると、渡辺さんは「こんな楽になったの久しぶりです」と週に四回は来るようになる。

呼び名も渡辺さんから、信さんに変わったほど仲良しに。

信さんは森昇のお袋さんから頂いた糠床を毎日真面目に掻き回していた糠漬けも気に入ってくれ、施術に来て帰りはきゅうりや大根を喜んで持って帰る。

最近妙に手がすべすべしてきた感じがした。

彼はダイエットを使った高周波もやり、岩上整体一番の常連患者となった。

 

協会の神父妻の望からメールが届く。

ユーチューブへアップした俺のピアノの演奏を見て、ゾクッとしましたという感想だった。

お互い連絡のやり取りをしている内に、食事しながら話そうという展開になる。

タレ目で小柄な望は、可愛らしいという表現がピッタリだった。

食事をしていると「結婚して十年になりますが、夫以外の異性とこうして二人きりで会うなんて、初めての事です」と話す。

俺の小説にも興味を持ってくれ、気遣ってくれる優しさ。

ピアノ演奏を見て、ゾクッとしたという一言。

十年間異性と二人で会った事がないという言葉。

俺は無性に彼女を抱きたくなった。

「望さん、一緒にプリクラ撮らない?」

俺は望をゲームセンターへ連れて行き、プリクラという密室の中で唇を奪う。

嫌がる素振りを見せない望。

そのままホテルへ連れて行き抱いた。

聖職者という立場を汚した行為。

興奮は高まり、性欲の赴くまま従ってしまう。

終わったあと、彼女はしてしまった事に罪悪感を覚えたのか終始無言だった。

 

あれ以来望からの連絡は無い。

彼女は人妻である。

また逢いたかったが、俺から連絡を取るのは止めておく。

『新宿クレッシェンド』を応募した会社サイマリンガルが、『第二回世界で一番泣きたい小説グランプリ』に続き、『第一回世界で一番怖い小説グランプリ』の開催を決める。

何でも最優秀作品には、ハリウッドからの話が来ているとも表記してあった。

出せる作品は、一作品のみ。

自身の書いたホラーだと、『ブランコで首を吊った男』と怖さの種類が違う『忌み嫌われし子』のどちらにするか悩む。

俺は『新宿の部屋』時代から一番作品を読んでくれている島根県に住むうめに、作品を選ぶよう連絡してみた。

彼女は一日考える時間が欲しいと言う。

翌日になり怖いのはブランコ、でも私の直感に従い『忌み嫌われし子』の可能性に賭けたいとメールが来る。

そっちで来たか。

自分ではブランコのほうが、怖さでは上だという実感はある。

しかし彼女の助言通り、俺は『忌み嫌われし子』で応募する事に決めた。

 

岩上整体の物件を借りる際、最初に飛び込んだ不動産のトヨタハウス興行で働いている女子社員が菓子折りを持ってやって来た。

患者として来た訳では無いので、コーヒーを淹れて世間話をする。

「そういえば、おたくのいつもドカッと座っているあのオヤジ、本当に態度デカくない?」

「あ、支店長の事ですよね。あの人、お客様からクレーム多いんですよ」

「そりゃ当たり前でしょ。金払う客が敬語使って話してるのに、何であんな偉そうな口を利けるのか。よくあれで支店長になれたよね」

整体の電話が鳴る。

ギクッとした。

「あれ、岩上さん出ないんですか?」

「あ、ああそうだね…。ちょっと失礼」

鳴った瞬間ちえみかと思ったのだ。

出ると広告を見て電話をしてきた患者でホッとする。

女子社員には帰ってもらう。

新たな患者として来た中原さんは、十歳年上の四十五歳。

トヨタ自動車で主幹をしているようだ。

メガネを掛けた中原さんは温和な性格。

「そういえば先程はすみません」

「え、何がですか?」

「電話出るの遅かったので、忙しい時に掛けてしまったかなと思いまして」

「いえいえ、忙しくなんてないですよ。ただストーカーみたいな……」

言い掛けて止める。

初対面の患者に対し、変な事を言ってもマズいだろう。

「ストーカーですか?」

中原さんは興味深そうに聞いてくるので、簡単に山崎ちえみの件を話した。

「うーん、その方にはハッキリ言ったほうがいいかもしれませんね」

「言う事は言ったんですけどね…。まあまた改めてキチンと言ってみます」

聞き上手の中原さんは、こんなどうでもいい話をしたにも関わらず、銀行員の渡辺さんと双璧なほど、岩上整体へ顔を出すようになった。

 

ドアが静かに開く。

「すみまーせん、鰻屋さんでここの広告見て来たんですけど……」

鰻屋…、仲町元銀座通りにある小川菊にしか、うちの広告は貼っていない。

川越名店街協力店は、九十三軒まで増えていた。

「ああ、小川菊さんね」

「先程まで母親と一緒に鰻食べていたんですが、あの鰻屋さんの店内何も無いのに先生の広告だけ貼ってあったので、気になってしまって来てしまいました」

相澤夢華、二十一歳の女子大生。

ありきたりな首と肩なので、簡単に楽にしてあげた。

彼女は大喜びで、色々話し掛けてくる。

「あれ、この本って何ですか?」

入口棚に飾ってある俺が自分で作った小説の本。

「ああ、小説書いてんだけど、自分で印刷して本にしてみたの」

処女作『新宿クレッシェンド』に続編の『でっぱり』、そして自身の体験を元に執筆して『打突』。

クレッシェンド第三弾『新宿プレリュード』、初ホラー『ブランコで首を吊った男』に『忌み嫌われし子』。

『コードネーム殺し屋』や『進化するストーカー女』。

ゴリのドジさ加減を元に書いた『ゴリ伝説』。

チャブーの鬼畜で馬鹿さ加減を元に書いた『膝蹴り』。

これまでに書いた様々な小説を印刷して本にし、岩上整体へ飾っていた。

小説に気付いてくれたのは、この子が初めてなので素直に嬉しい。

「ちょっと読ませてもらってもいいですか? 私、本が好きなんです」

「ああ、全然構わないよ。ゆっくりしてってね」

自身の作品を褒められるのは、何よりも快感だった。

ドアが開き、別の患者が入って来る。

「あ、私ここで読んでても大丈夫ですか?」

「夢華ちゃん、気にしないで」

患者の施術をこなしていると、次から次へと途切れない。

一通りの患者の施術を終えた時間は、夜の十一時を過ぎていた。

彼女はまだ熱心に俺の小説を読んでくれている。

「少しだけ看板しまっちゃうからごめんね」

「あー、すみません、すみません…。こんな遅くまで居てしまって……」

「全然気にしないで。俺の作品そんな熱心に読んでくれるなんて、やっぱり凄い嬉しいしさ」

看板をしまい、白衣を脱いだ。

「わぁー…、凄い筋肉…。私筋肉フェチなんです。少し触ってもいいですか?」

これ、完全に抱かれに来てるよな……。

俺は彼女を診察ベッドへ押し倒し、そのまま唇を奪った。

服を脱がせながら、俺もさりげなく裸になる。

二十一歳女子大生となんて、中々無いぞ……。

その時入口のドアが開く。

「すみませんー、先生ー……」

男の声が聞こえた。

俺は裸なので慌てて白衣を着ようとするが、焦っているのでうまく着れない。

何とか右腕だけ袖を通し、パテーションから顔と右腕だけ出すようにして「ごめんなさい、今最後の患者さん診ているところなんですよー。明日以降よろしくお願いできますか」と上手く断りを入れる。

上半身裸な状態に右腕だけ白衣に通し、下半身はモロ出し。

覗き込まれたら一巻の終わりだった。

夢華は俺の姿と焦り方を見て、大笑いしている。

その後、鍵をしっかり締めてから、彼女をゆっくり頂いた。

 

『新宿クレッシェンド』最終選考通過。

主催会社のサイマリンガルのホームページでも発表され、俺にもメールで結果が届く。

これで次生き残れば、グランプリ決定だ。

念願の俺の本が世に出る事は、果たして可能なのか?

俺は付き合いの深い坊主さん、岡部さん、敦子先生、飯野君へまず連絡した。

なんせ応募してある『新宿クレッシェンド』は正真正銘俺の処女作なのだ。

ちゃちーがここへ応募してみたらと勧めてくれたからこそ、今がある。

今度ちゃちーが来たら、熱い抱擁を交わさなきゃね。

ブログ『智一郎の部屋』でも俺は結果を発表する。

ここまで来たら、もう何もできる事は無い。

あとたった一回の選考を潜り抜ければ……。

色々な人たちが祝福してくれる。

整体を閉め家に帰ると、おじいちゃんへ真っ先に報告した。

「そうか、よく頑張ったな。でもあまり有頂天になるんじゃないぞ」

おじいちゃんが金を出してくれて、岩上整体は開業できた。

そこで執筆できる環境が整っていたからこその結果である。

ん…、いや、ちょっと違うか……。

元々『新宿クレッシェンド』は歌舞伎町裏ビデオ屋『メロン』で書き始めたものだ。

では北中のクソ野郎のおかげ?

冗談じゃない。

あいつはクソの役にも立っていない。

俺が自分自身の為に頑張ったんだ。

坊主さんのパソコンスキルに少しでも追いつこうとして。

そして、春美に格好つけようと……。

そういえば春美へ整体開業したってメールしたけど、やっぱり音沙汰無いままか。

百合子と付き合っていたのが、二年半くらいだったけかな?

この間、春美へ整体の件で一度連絡しただけ。

その前は歌舞伎町浄化作戦の頃になるのか……。

あー、何であの時俺は寝坊してすっぼかしちゃったんだろう。

三年近く経つのに、未だ思い出すと悔やまれる。

どちらにせよ最終選考まで来たのだ。

これは自分へご褒美をあげよう。

俺はター坊の親が経営する蓮馨寺前の川越水族館へ行く。

中に入るとウサギのピョン吉が所狭しと走り回っている。

「あらー、岩上君元気? 今日はどうしたの?」

ター坊のお袋さんは、俺の小説をたくさん読んでくれベタ褒めしてくれた恩のある人だ。

今でも『でっぱり』を大事そうに保管してくれている。

「今日はですね、水槽と魚を買いに来たんですよ」

「あら、ありがとう。でもウサギにしなさいよ、ウサギ」

「うちの整体じゃ手狭ですから無理ですよー。あ、おばさん、俺ですね、『新宿クレッシェンド』が最終選考通ったんですよ」

「んー、どういう事?」

「だから、次生き残れば本になって全国出版です」

「えー、あなた凄いじゃないの」

「えへへ」

「じゃあ水槽とメダカ飼っていきなさい」

「え、メダカ?」

「そうメダカ」

そんな経緯で俺はメダカ十匹買わされ、岩上整体にメダカの学校が誕生した。

 

ドアが開く。

「おう、智一郎。顔出すの遅くなって悪いな」

「あ、秀幸さん!」

中野秀幸さん、四十五歳、俺の十個上の先輩。

父は俺の『新宿クレッシェンド』の保証人にもなった中野清衆議院議員。

最中が評判の川越人気和菓子・お取り寄せスイーツくらづくり本舗!お土産に喜ばれる老舗・埼玉県川越菓匠くらづくり本舗ネット通販・販売サイト

川越菓匠くらづくり本舗の副社長でもある。

秀幸さんが来るなんて、おじいちゃんの顔を立ててだろう。

「おまえ、小説が最終選考通ったんだって?」

「お陰様で」

「今度出版社のパーティーあったら連れて行ってやるよ」

「何か意味あるんですか?」

「あるよ。例えばさ、賞を取る作品で候補作が二つあったとする。両方とも甲乙つけがたい。そういう時は知っている方を選ぶもんなんだ」

「へえ、勉強になりますね」

施術をしながら色々な話をする。

秀幸さんは急速なダイエットをした為、おでこにちょっとした窪みができたようだ。

「知り合いの医者がよ、中野さん四本でやってあげるよってさ」

「何をです?」

額に指をさし「ここにホルモン注射を打てば、一発でこんな凹み戻るらしいぞ」と言う。

「四本て言うのは?」

「ホルモン注射一本四十万って事」

「高いっすね!」

「あ、そうそう。智一郎、俺よ、右肩をおかしくしちゃっててさ」

様々な角度から高周波を流してみる。

暇なので二時間ほど流し続けた。

「どうです?」

「うん、いい案配だ。そろそろ行かなきゃな、会議あるんだ。いくらだ?」

「五千円です」

「馬鹿野郎! 二時間はやってんじゃねえか。このくらい取っとけ」

そう言って秀幸さんは二万円をベッドへ置いて帰った。

いずれ政治の世界へ出馬するのだろうな。

おじいちゃんの顔で、今日は助かった。

帰ったら、秀幸さんが来たと報告しなきゃ……。

 

闇 105(一番逢いたかった女性編) - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

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