岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

保険証

2006年06月25日 15時15分35秒 | 2006年執筆小説

保険証

2006/06/25~2006/06/26 執筆期間2日 原稿用紙11枚

 



『新宿クレッシェンド』シリーズの短編でもある


2007/2/16

 有名な桶川ストーカー殺人事件に関わる本当の話です

 今頃、どうしているのかな~

 まだ、出てきていないかもしれないな…




 

 新宿歌舞伎町、一番街通り…。

 俺はゲーム屋の店長をしていた。

 ゲーム屋とは、ポーカーゲームの器械を使った賭博の事で、レートは一円、十円、百円と、店によって分かれている。俺の店は一円で、レートは低いものの、裏稼業にしては堅実な営業スタイルで、多くの人から支持を得ていた。

 四人いる従業員の一人に、山上雄二という男がいた。一生懸命に働くのだが、不器用なタイプでいつも俺に怒られていた。簡単にいうと、おっちょこちょいなのだ。どんなに俺が雷を落としても、「はい」と、元気よく返事をするので非常に可愛がっていた。

 ある日、その山上が遅刻をしてきた。俺たちは遅番なので、夜の十時からと十二時からというシフトになっていた。彼は十二時のシフトでも、一時間近く遅刻をしてきたのだ。しかも連絡なしでである。

「馬鹿野郎っ!何時だと思ってんだ、オメーは…」

 俺の雷が落ち。山上に必死に謝っている。しかしここ最近、彼は遅刻が多かった。俺は心を鬼にして、問答無用で怒鳴り帰した。

 この日、店はとても忙しく、夜中の三時頃になっても満席だった。他の従業員が、俺に声を掛けてくる。

「店長…。山上君、何とかなりませんか?」

「何とかって何だ?」

「いえ、彼も随分と反省していると思うんです。許してあげても…」

 俺の部下たちは、仲間思いのいい連中たちばかりだった。

 しかし立場上、ここで笑顔を見せる訳にはいかない。心の中で分かってくれよと願いながら、口を開いた。

「忙しくて大変だというなら、おまえが山上に連絡を入れてやればいい。もし、やる気があるならこの時間、タクシーを使ってでもいいから来いと…」

「分かりました」

 結局、山上はタクシーを使って、三十分後に店に来た。真剣な表情で必死に謝ってくる。

「山上」

「はい」

「タクシー代はいくら掛かったんだ?」

「は、はい…、五千二百円です」

 財布から六千円を取り出して、乱暴に手渡した。

「店長…」

「いいからとっておけ。次はもうするなよ」

「はいっ、すみませんでした」

 この日、初めて俺は笑顔を見せる事が出来た。

 

 基本的に裏稼業は休日などない。正月であろうと、お盆であろうが、仕事は仕事だった。週に一度ぐらいは休みを与えていたが、大型連休など無い世界である。

 仕事へ来て、日にいくらという日銭商売なので、休みを欲しがる者自体、あまりいなかった。

あの~、店長…。お話しが…」

 山上が申し訳なさそうな顔で言ってくる。

「何だ?」

「前に自分には、彼女がいるって話したじゃないですか?」

「ああ、それで?」

「北海道にいるんですけど、ちょっと四日…、いあや、三日間でいいのでお休みをもらえたらと、思いまして…」

 確かに今の時期、店はそこまで忙しくない。こいつもここで働いて三ヶ月は経つ。たまには構わないか…。

 俺はそう思い、OKを出した。

 玉上は非常に喜び、飛び跳ねていた。俺は二万円の金を自分で都合して、山上に持たせてやった。

 期日通り彼は北海道から帰ってきて、店のみんなにおみやげを持ってきた。俺にはまりもをくれた。緑色のフニュフニュしたやつである。

 ある日、俺は自分の不注意で、まりもの入ったガラスを落として割ってしまった。応急処置で、まりもをグラスに入れて悲しむ俺。

 そんな俺に山上は、ちゃんとした容器を買ってきてくれた。聞けば、すっかり同じまでとはいかないが、東急ハンズに似たようなものが売っていたので買ってきたとの事。

 彼はそんな優しい一面も持っていた。

 

 山上が入って、三ヶ月ぐらい経った時の話である。

 深刻そうな表情で、山上は俺に話しかけてきた。

「あの~…」

「ん、どうした?」

「桶川ストーカー殺人事件って知っていますか?」

「ああ、それぐらい知っているよ。それがどうかしたの?」

「中傷ビラとか風俗の店員が撒いて、指名手配になっているじゃないですか?」

「うん、それで?」

「実は自分、その内の一人なんです…」

 一瞬、時が止まったかのような錯覚を感じた。山上の目は真剣そのものであった。

「おまえ、何を言ってるんだよ…」

「本当なんです。信じて下さい」

「ふざけんなって…」

「証拠ならあります」

「嘘つくなって」

「本当です。あの女子大生を刺し殺した店長って、いるじゃないですか?」

「ああ」

「俺、あの店で働いている時、歯医者行くのに保険証がなかったので、あの店長の保険証を借りて、今も持っているんですよ」

「本当なら、それを持って来いよ」

「分かりました。明日、持ってきます」

 結局、最後の最後まで山上は、笑わないで真面目に話していた。こんな話を誰が信じられるというのだろうか。

 

 次の日、山上はいつもと同じように出勤してきた。

「おい、持ってきたのか?」

「ええ、これです」

「……」

 俺は言葉を失った。本当にあの桶川ストーカー事件の捕まった犯人の名前が、その保険証には書いてあったのだから…。

「俺、あの事件の全貌をすべて知っているんです…。あの店長の兄弟がいたじゃないですか?俺、命まで狙われているんです。警察にも指名手配されているから、まともなところじゃ働けないし…」

 山上は必死だった。俺は他の従業員に会話を聞かれないよう、口に人差し指を当てた。こいつの話している事は本当の事だ。自然と受け止められた。

「でも何故、俺にそんな事を話したんだ?」

「自分、ここで本当によく接してもらっているんで、迷惑かけちゃいけないなって思ったんです」

「じゃあ、辞めたいって言うのか?」

「いえ、出来れば働きたいです…」

「分かった。俺は今の話、何も聞いていない。何も聞こえなかったぞ」

「あ、ありがとうございます…」

「その代わり、もし、捕まっても、ここで働いてたなんて抜かすなよ」

「当たり前です」

 俺はあの事件の全貌を聞いた。

 新聞や雑誌は、刺し殺された女子大生をひたすら擁護するような記事ばかりだったが、山上の話は全然違った。

 元々、逮捕された店長の店で働いていた女性は、店長とプライベートでできていた。店長は彼女にメロメロになり、色々と金などを貢いだそうだ。突然、彼女は店を辞めると言い出し、口論になったらしい。散々、利用するだけ利用してポイッと捨てた女性に、店長の怒りは収まらなかった。その怒りは、凄まじかったようだ。

 店長は山上を含む従業員たちを脅し、いたずら電話をさせたり中傷ビラを撒かせたりと、随分ムチャクチャな行動をやらせた。

 それでも怒りが収まらず、あのような結果に…。

 人の命を奪うのは、一番いけない事である。それはやっちゃいけない事である。

 でも、考えてほしい。そこまで人の怒りを買うような真似をしたほうにも責任があるという事を…。

 男尊女卑の時代から、時は流れ、女のほうが強くなったといわれるような世の中に変わりつつある。男も女も少しモラルをなくし過ぎのような気がした。

 ストーカー…。

 やられるほうにしてみれば、いい迷惑だろう。でも、世間で騒いでいるほとんどが、そうなのだろうか。

 片方は純愛で付き合っているつもりなのに、相手はそこをうまく利用する。そんな図式が壊れた時、純情な心が壊れた時…。

 真面目な誰にでも好かれる女子大生が、あんな無残な殺され方をするのだろうか。

 数箇所刺され、亡くなった。

 周りの人間はさぞかし悲しんだろう。でも、そうなる前に何故、もっと早く彼女の現状を注意出来なかったのであろうか。

 何かがあってからでは、もう遅いのだ。

 もっと、みんなモラルを持つべきなのだ。

 

 山上の告白から一ヵ月後…。

 彼は連絡もなく、突然、店に来なくなった。最初はただの遅刻だと思っていたが、そのまま彼は来なかった

 俺はあえて連絡をしていない。部下たちにも連絡するのを止めさせた。

 

 あれから五年以上の時が流れた。俺は、いまだに彼がどうなったかを知らない。どこかで元気で暮しているのだろうか。

 真面目で不器用で、散々怒った。でも、内心は可愛がっていた部下が一人いた。

 ちゃんと飯、喰っているのか。

 北海道の彼女とはうまくいっているのか。

 まったく心配ばかりかけやがって…。

 たまには俺の携帯に、電話ぐらいしてこいよ…。

 

 

 

 

 

 

題名  「保険証」         作者  岩上 智一郎

 

2006年6月25日 ~ 2006年6月26日 執筆期間 2日間

400字詰め原稿用紙で11枚

 

 ※ 名前は仮名で書いています。御了承下さい。

 

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