夏の暑さが幾分和らぎ秋風が吹き抜けて行く一本の回廊を、白い装束を纏った男が一人歩いている。伊勢神宮の分詞・新開大神宮の神官、太田黒伴雄である。彼は頭に冠を被り衣の袖をなびかせながら本殿へ向かっていた。
中へ入ると、空気は一変し冷たく厳かな気配が漂っている。彼は一人その中心に座して神前に額づき静に祈り続けている。既に七日もの間火の物を断ち挙句は断食まで課しているから身体は細く痩せ顔色も白くやつれている。それでも彼は一心に神へと祈り続けた。
明治9年3月に断髪・廃刀令が下され、長く続いてきた武家社会に幕が下ろされようとしていた。
太田黒を擁する敬神党一派はこれに大いに反撥。
一党の若者達は日々挙って彼の門を叩き挙兵の期を求めている。
暫くは宥め説得を繰り返してきた彼自身も、遂に挙兵已む無しとの見解を示し今正にその進退を決する為の宇気比を行っている所であった。彼は顔を上げ姿勢を正すと両の腕を肩ほどまで上げ大きく柏手を打った。
その音は至極清らかで静かな本殿によく響き渡り、痩せ細ったその肢体からは想像付かぬ程力強く響いていた。
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