雨の降る夜はたった一人で
蚊取り線香の光を見つめて
蛙といっしょに歌をうたうと
見知らぬ人が傘をさして通り過ぎる
今から46年前に書いた詩の一部だ。今のぼくの生活の中では味わえない風物がここにはある。
「蚊取り線香」
マンションの6階に住んでいるので、ほとんど蚊は入ってこない。ゆえに蚊取り線香を使わない。
懐かしい蚊取り線香のにおい、ぼくの中では、石炭を燃やすにおいとあわせて、昭和のにおいになっている。
では令和のにおいは、というと、近所の焼き肉屋が放っているニンニク臭だ。
「蛙」
家の近くにどぶ川があり、そこで蛙がしきりに鳴いていた。そのどぶ川は、道路拡張で埋め立てられた。また、近くにあった田んぼも整地され、今は高級住宅地になっている。
蛙の声だけでなく、あの頃あったミュージックサイレンの音や夜汽車の音も、今は聞こえなくなっている。
「見知らぬ人」
その頃はまだ、道路が完全に舗装されてなく、雨が降ると所々にぬかるみが出来ていた。当時は下駄をはいている人が多くいたのだが、その音が雨の夜に響いていた。
その下駄の音といっしょに聞こえてきたのが、男女のヒソヒソ声と忍び笑いだ。これも現在住んでいるマンションからは、聞こえないものになっている。あの人たちは、いったい何をしゃべり、何に笑っていたのだろうか?
そういえば、昔は酔っぱらった人が、道々歌をうたっているのをよく聞いたが、最近は道々うたっている人を見かけない。