同性のクラスメイトに恋したら毎日が尊くなった話

女の子に恋した女の子の尊い毎日

女の子の私が女の子に恋するまでのお話①

2021-10-18 20:58:00 | 日記

前回書いていて、そういえば意中の人を好きだと自覚するまでの話を書いたことがないなぁ…と気づきました。

そこで今回は意中の人を想う様になった話をします!

大学に入って出会った意中の人。学籍番号が連番でよく隣の席になることはあるものの、ほとんど話すことはありませんでした。大人しくみんなの輪に入るのが苦手な私とは対照的に、いつもみんなの話題の中心になる明るくて素敵な人、私と何ひとつ接点のなさそうな人。
2年生の後期に本格的な実習が始まると、いくつかの実習のグループで一緒になり話す機会ができるようになりました。
ある時みんなで理想の恋について話していた時。私は一歩引いてみんなの会話をにこにこ聞いていました。すると意中の人がぼそっと一言呟きました。




「どうせ別れるなら付き合わないし結婚もしない」



その声が、言葉が、重く深く私の心に残りました。
私も同じような考え方で、恋愛を悲観的に見ている人間です。まさかこんな明るい人からこんなに重く深くこの言葉が出てくるとは思わず、ぐっと親近感を感じてしまいました。

この人はどんなことを考えて生きているのだろう、彼女について知りたいな、話を聞いてみたいな__

この恋の種はそんな彼女自身への好奇心にありました…

(次回に続きます☺︎)



“恋”とは

2021-10-14 18:14:00 | 日記
この間、軽い気持ちで友人にこの質問をぶつけてみたところ真剣な返答があり、期せずも討論大会になりました。
私たちの答えは「得体の知れない感情に無理に名前をつけたもの」であること。
だけれどその答えに至るまでの考え方は全く違っています。

友人は得体の知れない感情を「他者に共有するため」の言葉と言いました。私は得体の知れない感情を「自らの中で納得させるため」の言葉だと主張しました。

そしてこの違いは私たちが“恋愛感情”を抱いたときの行動の違いに出ていました。
友人は現在私の親友とお付き合いをしています。私は二人が付き合う前から今に至るまでだいたいほとんどのことを知っているわけですが、彼は私の親友に好意を持った時点でデートに誘うなど積極的な行動に出て、かなり早い段階で自らの想いを伝えています。対して私は意中の人に惹かれ始めてから、それが恋愛感情であると自分の中で線引きをするのに何ヶ月も時間がかかりました。それも大きなきっかけがあったから線引きが漸くできたのです。そうして自らの中で“恋愛感情”だと折り合いをつけてからも、これは人間としての好奇心が高まっただけではないかなどと散々“恋愛感情”かどうか疑い続けました。(未だに疑い続けています)

私と友人で“恋”という言葉の捉え方・用法が違うものだというとてもわかりやすい例だと思います。
きっと言葉の捉え方だけでなく、私たちの“恋愛感情”の中味も全く違うものなのです。
ひとそれぞれで同じ感情ではないけれど、他者に対して持つ曖昧な感情に名前をつけて折り合いをつける、それが恋なのではないか、という結論に至りました。

恋ってなにもかもが難しい!

(そういえば意中の人が意中の人になった経緯についてまだ書いていなかった…次回で書こうかしら…)


対面授業再開!!

2021-10-12 16:41:56 | 日記
10月に入り、対面授業が再開しました。
すなわち意中の人と同じ空間で同じ授業を受けられる日々がまた始まったということでもあります!
夏休みも毎日会っていたので、2回ほど学校の廊下ですれ違うだけの9月のなんと悲しかったことか。そんな9月が終わり、毎日会えることの尊さを改めて噛み締め日々を過ごしています。そして夏休み中にたくさん会い話したことで、(同期としてだけれど)一気に心の距離が縮まったように感じます。
その心の距離に比例するように、物理的な距離も近くなることが多くなりました。夏休みが開けてから今のところ毎日どこかの授業で隣の席になっているのです。
そして隣の席になった時にくだらないことでも話しかけてくれるようになったのが本当に嬉しくて仕方なく…

そうして気分が最高潮なのも関係したのか、学業も後期の滑り出しとしては良い手応えが。これから怒涛の後期、学業も密かな想いも穏やかに進んでいくことを祈っている秋の日です。