春宮の嫌いな事は、『いじめ』です。春宮は、度々、いじめを経験しています。少し、皆様と違うから…・少し、皆様より何か知っているから…・皆様の知っている事を知らないから…何でも、いじめの対象になりました。そうなると、春宮自身の世界に閉じこもるか、嵐の通り過ぎるのを待つしかありませんでした。辛いし、悲しいです。
古い家に育ったから古風な考え方だったからか・本を沢山読んでいたから雑学知識があったからか・人から尋ねられた事に馬鹿正直に答えていたからか…春宮には、わかりません。イジメたり、シカト?したり為さった方々は、覚えていらっしゃいません。
病院という職場に出てからは、大学卒業なのに…と聞こえよがしに言われました。卒業実習ではなく、卒論で卒業したのですから、実務は出来ませんでした。病院という所は、専門学校卒・短大卒・大学卒と、更に持っている免許証が加わり、複雑な給与体系でした。それも、加味していたようです。春宮は、不妊治療も受けたり、opeも受けたりしたので、更に、陰口が増えました。それでも、春宮夫の国立大学の助手の給与は、家賃を払ったら終わりくらいの額でしたので、働かざるを得ませんでした。春宮夫の両親と同居して、2年ほどは、頑張りましたが、洋服のサイズが7号になるほど痩せ、事務系の上司から、「いつ休むか、当てにならない」と言われて、売り言葉に買い言葉で、退職を決めました。相手は、それが、狙いだったのかもしれませんが…。でも、春宮の次の就職先(契約職)が、東大医学部教授秘書でしたので、勤務していた病院は東大医学部からDrを派遣して貰っていた所でしたので、急に事務長やら色々な方から退職祝い?が、届きました。病院にとっては、追い出した春宮の次の就職先が、まずい所だったようです。春宮には、昭和天皇のopeを為さった教授の病院長秘書の声がかかっていましたが、その方の方が後輩だから話をつける…と言われて元勤務先病院にアルバイトにいらしていた教授の秘書になった次第です。今なら不妊治療は大手を振って…でしょうが、春宮の頃は邪魔以外の何物でもなかったのです。教授秘書になるとわかってからの元勤務先病院の方々の不様さは、嫌らしい物でした。
色んな嫌がらせを経験しましたし、その様な状況下でも普通に対してくれる人の優しさも、よくわかりました。
どこでも、イジメって、あるのですね!些細な事、本人が普通と思っている事、小さな妬み嫉み、何が、いつ対象とされるかわからないのが、怖いです。ブログの世界でも、色んな事があるのを知りました。春宮は、単純に沢山の方々と知り会えた気になり、行けない土地の方と友人になれた?ようなつもりで、嬉しかったのですが…。イジメられるのが怖くて言えない事をおっしゃった方に👏👏👏だったり…しておりました。春宮夫は、芝大門育ちの江戸っ子ですから、永らく一緒に居る春宮も、似てしまいました。チョイと、口が悪いです。ブログのランクなど気にせず、好きな事を書いている春宮も、ターゲットになりやすいのでしょうか?心の内に抱いている事をブログに書いているのですから、回りを気にし乍らなど、真っ平御免です。様々な考え方・楽しみ方・伝え方があっていいと思うのですが…難しいですね!