■ 2023年10月26日 日立南部の神社と歴史を満喫
JR東日本駅からハイキング「日立南部の神社、歴史満喫コース」に参加してきました。JR常磐線大甕駅近くのカフェで参加受付後、大甕神社~日立オリジンパーク~泉神社~玉澤稲荷神社~古房地公園~大甕駅に戻るルートを歩きました。今回の目玉は日立オリジンパークで1910年の日立創業以来現在までの足跡が紹介されていていました。
▼ ルートマップ
JR常磐線大甕駅~CMEO COFFEE COMPANY~大甕駅東口駅前広場oniwa~大甕神社~日立オリジンパーク~泉神社~イトヨの里泉が森公園~玉澤稲荷神社~古房地公園~JR常磐線大甕駅に至る7.8Km
▼ JR常磐線大甕駅
▼ CAMEO COFFEE COMPANYで参加受付
▼ 大甕駅東口駅前広場oniwa
■ 泉川道標・・・大甕神社そばに立つ道標。岩城相馬街道といわれた旧街道と水木泉神社にいたる道の分かれ目に建てられた。
▼ 道標
右端:「此地ミカノ原水木村ヘ十二町」
中央:「従是 泉川道」
左端:「常陸廿八社之内天速玉姫神社」
▼ 泉川道標復元の記
泉の流れ去るように人の世も しばしの休みとてなく変わつて行く
遥かなるみちのくに通ずるこゝ陸前浜街道も かつての岩城海道の昔の面影今は知るよしもなく 昨日の閑かでおおらかな旅人の姿は今日疾風の如く往き来
する近代車輛の轟音に代つている
二百年の風雪に堪え時の去来を静かに見守つていた泉川道標も近代交通の波に
うちひしがれ 一時は日立製作所厚生園内に退避を余儀なくされていたもので
あるが 苔むしたこの小さな道標の 日本交通史上に占める意義を考えるとき
群叢中に是をあたら散逸させるに忍びず ここに元の位置に復し再建するものである。
昭和三十八年三月八日
日立市大久保町 大窪定一
日立市森山町 丹 規矩
日立市水木町 河村佐内
■ 大甕神社(おおみかじんじゃ)・・・社伝によれば皇紀元年(紀元前660年)創祀。鹿島・香取の二神が、服はぬ国津神・草木石類にいたるまで平定するも、唯一、甕星香々背男(みかぼしかがせお)と称する星神を征服できずにいたところ、二神に代わって大甕に赴き地主神の霊力を宿魂石に封じたのが倭文神武葉槌命(たけはつちのみこと)出合ったと伝えられている。この地の住民、国土開発と国家安寧に尽力された神として、大甕山の古宮の地に祀り祭祀が行われていた。江戸期元禄8年藩命により甕星香々背男の磐座、宿魂石上に遷座(H.P.由緒より抜粋)
▼ 拝殿
▼ 本殿への参道
▼ 参道の鎖場
▼ 本殿
▼ 宿魂石(しゅくこんぜき)・・・大甕神社創地の由来となっている「宿魂石」は境界(結界)に祀られた「大甕」と称する磐座。古代「大倭国」大和朝廷の支配の及んだ地域と道の世界「高天原」にも例えられる「日高見国」との境界に見立てられ磐座には地主神甕星香背男(みかぼしかがせお)が祀られている
▼ 甕星香香背男(みかぼしかがせお)社
▼ 境界石
▼ 大鳥居・・・国道6号線に面している
▼ 社務所
■ 日立オリジンパーク
▼ 内部展示
▼ 創業小屋と内部展示
■ 泉神社・・・人皇第十代崇神天王の御代、宇治49年(紀元前49年)にこの地方に鎮祀されたと伝わる延喜式内社の旧郷社。久自國造船宿禰の奏請により、大臣伊香色雄が勅命を受けて久自の国に至り、天速玉姫命を祭祀して、久自の国の総鎮守としたことが泉神社の創立。
▼ 御神木・・・神霊の依り給える神聖視されている象徴的な樹木。この御神木は杉の木に桜が根付いた宿り木であるが、昭和の初めに落雷により大きな損傷を受けた。表皮に現れた玉杢は見事で貴重なものであり風雨を避けて温存している(説明板より抜粋)。
▼ 拝殿
▼ 厄割玉(やくわりたま)
▼ 目洗いの泉
▼ 泉龍木(せんりゅうぼく)・・・境内奥地より発掘され、姿が龍に見えることから「泉龍木」と名付けられた
▼ 厳島神社(弁天様)
▼ 湧水
▼ イトヨの里泉が森公園
■ 昼食で訪れたGroovy大みか店・・・秋季限定メニューが美味しかった!
▼ エビときのこのトマトクリームスパゲティ(サラダ付き)
▼ きのこいっぱい味噌マヨネーズピザ
■ でんがくばら児童公園
▼ 水木異国船遠見番所跡・・・江戸時代、水戸藩は初代頼房の時代を皮切りに幕末まで助川海防城(助川館)と共に七つの海防施設を設けて、異国船(外国船)に対する海岸防備を行ってきた。公園脇はその一つ、水木異国船遠見番所(外国船を見張る番所)跡(説明板より抜粋)。
■ 玉澤稲荷神社
▼ 日立灯台
■ 古房地公園(こぼうちこうえん)
▼ 日立灯台・・・日立港の開港に合わせて港に出入りする船舶や沿岸を航行する船舶の道しるべとして古房地公園内に建設され、昭和42年3月31日に初点灯(説明板より抜粋)。
▼ JR常磐線大甕駅東口の市街
【参考】
2、大甕神社
3、茨城県 泉神社