ヨーロッパの旅と写真(St Foto Trip)

トルコの写真です。  (トルコ編)
中国の写真です。   (中国編)
国内の身近な光景です。(国内編)

ミラノ

2018年11月13日 08時01分51秒 | イタリヤ


人口140万人のローマに次ぐイタリア第2の都市。ロンバルディア州の州都。都市の面積は小さく、
ドゥオーモを中心に半径8キロの範囲で、そこに企業数10万を越す、経営、商業、金融の活動が集中している。
ミラノと言えばファッションの街。中心地にあるモンテナポレオーネ通りには
ヨーロッパの最新ファッションが軒を並べウインドウを飾っている。
またローマのサン・ピエトロ寺院に次ぐ大きさのドゥオモがあり、
ルネサンスの天才、レオナルド・ダ・ヴィンチが描いたただ一つの壁画「最後の晩餐」がある。












イタリヤ

2018年11月13日 07時40分41秒 | イタリヤ



イタリアは約2700年以上の歴史を持ち、かっては全ヨ-ロッパに君臨した。紀元前8世紀に,ローマにローマ王国が誕生。
その後,幾多の危機を乗り越えながらローマは共和国となり,周りの国々を併合し大きくなっていった。
戦争の上手なローマ人たちは,戦争に勝ち続けながら,徐々に自国のコロニーを拡大していった。そして,
あのジュリアス・シーザーが登場した紀元前50年くらいには,すでに西はスペイン,北はドイツ,南はアフリカのサハラ以北,
東はシリアにまで達する大帝国となっていた。 その後,ローマ帝国はゲルマン人の侵入などによって徐々に国力を落としていき,
ついには西と東に分かれていった。その後東ローマ帝国は,別名をビザンチン帝国というくらいで,かなりイスラム,スラブ,
ギリシア系の国となっていくが,西ローマ帝国が分裂して出来上がったのが,今のフランス,ドイツ,イタリアの元となった。
イタリア自体は各諸侯が治める地方都市国家へと分裂していったが,キリスト教会だけは変わらずその場にあり続け,
いつまでもバチカンは政治的威力を保ち続けていた。15世紀には,有名なフィレンツェのメディチ家が中心となって,
ルネッサンスとして知られる文化の繁栄も起こったが,その後大海軍を誇ったスペインが攻め入り,
その混乱もようやく収まろうかという頃に,革命を終えたフランスのナポレオン軍が攻め込んできた。
イタリアとして統一されるのはつい100年くらい前の19世紀後半を待たなくてはならない。
はじめは立憲君主制の王国として新たにスタートしたイタリアですが、ムッソリーニ率いるファシスト党が現れ,
旧ローマ帝国のような繁栄という夢を抱くが,第二次世界大戦で敗れ,
現在の共和国としてアメリカ中心の西側諸国の一員として再スタートして現在に至ります。