夜10時半、
「飲むぞ」と、突如ラインが来た。
先週の土曜の話である。
アルファベットの、見慣れない差出人名に少し戸惑いながら、誰だっけ?と記憶をたどる。刹那、心臓が鳴る。
推 し だ ! !
断っておくが、別に私、浮気性なんかではない。ただ、現実に推しがたくさんいるだけ・・・
仮に、推し2号、としておこう。
2号はモテる。べらぼうにモテる。経験人数は実に20人超えである。
というのは、結婚前の話。結婚してからは家族第一に、せっせと働いていて、不倫とも無縁である。
彼はほぼ毎週のように、友人と呑んでいるようだった。
そこに私が呼ばれた。2回ほど、呼ばれた。
2度目の話をしたい。
2度目は、2ヶ月ほど前だっただろうか。夜10時半、突如送られてきたラインで、指定された居酒屋へ向かうと、もう皆出来上がっていた。彼の他にも何人か男性がいたけれど、合流した私にいち早く席を譲ったのはやはり彼だった。
それから2軒はしごした。皆千鳥足で2軒目のバーを出て、流れるように、隣のカラオケボックスへ向かう。
ソファに座る。私の隣には、もちろん彼である。
断っておくが、彼の方から私の隣に座ったのであって、決して私は、彼に対して何も望んでいない。
入室から2時間ほどが経過し、ここがどこなのか、何を歌っているのかもわからなくなった頃、左腕に重みを感じた。
ん…?
彼である。彼は、酔いが回った熱い頭を、私の腕に預けていた。
まあ、いいか。
私はそのまま、アルコールの蔓延る薄暗闇を漂うように、ユラユラした。カラオケ画面が明るい。体育座りになって、膝の上に顎を乗せる。
暫くすると、彼は頭を起こして、歌に参加し始めた。私は体を揺らしてリズムをとった。
うすーい、暗闇だなあ。
と思った。隣に誰がいたって、わからないだろう。
彼が同じ気持ちだったか、定かではないが、椅子の上、私の足の甲に触れて、そのまま暫く撫でていた。人差し指で、優しく、優しく。
酒の回った頭は、何も使い物にならない。
私はそのまま、酒のせいにして彼の手を握ろうとしたのに、出来なかった。
彼の奥さんも、子供も、どうでも良かった。彼の地位も、私の名誉も、どうでもいい。
酒飲んで酔っ払って、そのままカラオケに入ったんだから、いいじゃないか。
本当に使い物にならない、頭と体。
私は、足に宿る彼の手の感触を、出来るだけ詳細に記憶しようとしたけれど、酒が邪魔をした。
「飲むぞ」
と、ラインが来て、私は深呼吸した。
私は、本当に何も望んでいないのだろうか。
今一度自分に問いただす。彼のラインのアイコンは、家族写真だった。仲の良さそうな家族。彼だって、別に家庭を壊したいなんて思っていない。私も更々、思っていない。
ただ、禁断の恋愛というのは、いつの時代も燃え上がるもので・・・
と、そこまで考えて、私はメッセージを打った。
「明日早いのでやめときます!」
うん、これが正解。
推しは推しのまま、遠くに置いておくのが一番。きっと、そう。