当初、公表された犯人の逃走方法と逃走経路について、徒歩ではなく実際には新型VOXYだったコト、逃走した方向は実際には目撃証言とは正反対だったコト。
これについて犯罪心理学者の某は「目撃者の見誤りはよくあるコトで云々」などと述べていたが、そんなワケ無い。だとしたら犯人自身を人違いしていたとしか言いようが無い。
1997年5月末に起きた神戸の小学生連続殺人事件で【今田勇子】と名乗る犯人から届いたとされる直筆メッセージが犯人逮捕前、社会への挑戦状とも取れる内容であるとして報道されたモノの、実物が公開されるコトが無かった理由は、特徴が有りすぎる字体からそれを見たらクラスメートなら誰もが真犯人を特定できてしまうからに他ならない。その間も「犯人像は成人男性と思われる」とか「人が座っていると思われる助手席にシートが掛けられている不審車輌をガソリンスタンドで見た」という目撃証言が寄せられている的なニセ情報の出所は捜査本部しか無く、その目的は間違いなく容疑者であると確定する迄真犯人を泳がす為に行われる極めてベタな捜査手法である。
この世知辛い世の中、我々国民の生活に寄り添うどころか自分らの私利私欲を満たすコトしか頭に無い偽善者然とした政治家連中に怒り心頭してもしも、自分自身が犯罪を犯してしまった時、テレビや新聞報道のガセネタから真実を読み取って捜査本部の動きを見極めるコトができれば
逃げ切って無事時効を迎えるコトも決して夢ではないし、運悪く捕まったとしても我が国法曹界の弁護手法は間違いなく真犯人であっても無罪を勝ち取る努力こそすれ、犯してしまった犯罪について反省を促すコトなど有るハズも無く、犯してしまった犯罪についてただただ「こんなコトならやんなきゃ良かった」と後悔の念を抱かせるだけである。