おも〜か〜じ(面舵)‼︎

今の支那・習近平は毛沢東路線を復活させようとしている

今の支那・習近平を見ていて、文化大革命を想起した。

文化大革命は、1966年から1976年の実に10年間も続いた。

此れは毛沢東が主導し、己の権力を確実のものにせんとばかりに行われた政治闘争だった。

其の陰で多くの支那人民が大量虐殺された。

そして、支那には古来から人を食う人食の文化が在るので、此の当時も共食いの地獄絵図が展開されたのである。

此の文革を当時の日本の政党やマスコミは大絶賛していたのである。

今、自民党と連立を組んでいる公明党も当時は、此の支那の文革と云うホロコースト(大虐殺)を次の様に大絶賛していた。

公明党は、昭和四六年(1971年)六月に竹入義勝委員長が訪中した際、

「偉大なる毛沢東主席の指導の下に、偉大なる国家の建設を目の当たりに見、.......実に深くいたく感銘を受けました」

と挨拶している。

昭和四二年(1967年)八月一一日付「朝日新聞」の社説では、

「〈文革の積極的な意義〉とは云え、吾々は、文化大革命が投げ掛けている積極的な意義をも、無視する訳には行かない。此の運動では、権力機構の根本的な改革と共に、革命的社会主義人間像の形成が追求されている」

 

「従来の社会主義理論に対して、新たな問題を提起しているとさえ云える」

 

「今度の文化大革命では、当院は自ら考え、絶対に盲従するべきではないと強調される。組織論の面でも、文化大革命は問題を提出している訳である」

 

「文化大革命を、我が国政党に見られる様な、政策論争を伴わない派閥争い的な意味での権力闘争と見る考え方には、吾々は与し難い」

 

「中国が今進めている文化大革命は、近代化をより進める為の模索とも云えよう。とすれば、文化大革命は、未だに近代化への道を捜しあぐねている国々に、一つの近代化方式を提起し挑んでいるとも云える」

 

呆れる他ない。只々毛沢東の云い也になり、青少年を破壊と殺人に向かわせ、近代化を著しく妨害した文化大革命を、朝日新聞は此れ程絶賛していたのである。

 

「読売新聞」も同様に、中国が大混乱に陥り、最早文化大革命が毛沢東の権力闘争であった事が明白になっていた昭和四五年(1970年)一〇月付社説「毛沢東思想で貫かれた中国」で次の様に述べている。

 

「文革が開始された頃、先破後立と云うスローガンが掲げられた。文革では劉少奇を党内から一掃する事が先破で、此の目的を達成する為には紅衛兵の行き過ぎや其れによって起こる混乱も止むを得ないと云うのが、毛主席の遣り方である。行き過ぎや混乱を恐れては大革命はやれないと云う考え方であろう。昨年四月に九全大会が開かれ、先破から後立の段階に移行して来た訳である。後立の段階の特色を一言で云えば、全党、全中国の毛沢東化である」

 

「党活動が軌道に乗り、大きなエネルギーを有効に発動させる為には、何と云っても党中央の支持を大衆の中に持ち込んで、大衆を自発的に積極的に中央の指示に沿って動かし得る様な優れた末端幹部が必要である。国づくりとはこう云う人づくりの事である」

 

特に、公明党や読売新聞に云いたい。

当時の大虐殺と人食について、当時大絶賛していたが、今此の事に対する弁解又は謝罪はしないのか?

あの暴力・虐殺人食革命に賛同し褒め称えていた姿勢は今でも変わらぬのか?

今では無かった事の様に中道か保守よりを気取っているがどうなんだ。

聞いてみたいものだ。

吾は此の事を知っていたので、新聞は読む気になれぬ。

都合の良い事ばかり書き、其の時に応じて立ち位置を変え、論調も真逆になる。

日本の新聞を読むと頭がおかしくなりますよ皆さん。

情報の選別は慎重に行った方が良い。

先ずは疑って、鵜呑みにせぬ様に…。

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