以前どころではない、別れてから30年か…。
お互いが、鳩が豆鉄砲を喰らった様に驚いていた。
「まさかこんな所で会うなんて…元気だった?」
「まぁな、そっちは?でもお前は昔と変わらんな。幸せに暮らしてるのか?」
「うん…家族も増えて、私もお婆ちゃんになっちゃた。〇〇君、家族は?子供は居るの?」
「居たけど離婚して今は独り細々と暮らしてる」
「そう、何か失礼な事を聞いちゃってごめん」
「いや、大丈夫」
等と会話を交わし、お互いの近況を話した。
未だそんな歳ではなかろうと思っていたが、逆算してみたら、吾と別れてから直ぐにで会った男との子を宿した様だ。
彼女もいい女だった。
体と云うより、気前の良い、サッパリとした性格で一緒に居て飽きない奴だった。
当時、吾は両親が居なかった。
高校時代に両親が家を出た。
祖父母と同居していたが、父(血の繋がりは無い)が祖父母と暮らすのが嫌だと云い出し、其れに母が従って出て行った。
吾も一緒に出ないかと云われたが、年老いた祖父母を捨てて家を出る選択肢が吾には無かった。
幼い頃から、祖父母には散々世話になった。
其の命の恩人とも云える祖父母を捨てて家を出る等出来る筈も無い。
そんな事をしたら、碌な死に方はしない。
そんな環境下だったので、カネの蓄えも出来ず、毎日食べるのがやっとだった。
結婚しようと二人で話していたが、彼女の両親が興信所を使って、吾の素性を探っていたのである。
ある日、彼女の家に出向き結婚の許しを請うた。
だが、見事に振られてしまった。
その時である、興信所で調べ上げた内容を聞かされたのである。
「両親も居ない、カネも無い男に娘はやれない」
そう彼女の父が云い切ったのである。
親なら、可愛い娘を何処の馬の骨とも知らぬ甲斐性もカネも無い男に嫁がせる訳が無い。
同じ立場なら、興信所迄は使わぬが、男に対して甲斐性と経済力を吾も求めるだろう。
とまぁ、複雑な経緯により、若き世間知らずの吾等は別れてしまった。
其れから数年後、何やらそこそこの資産家のボンボンに嫁いだと風の便りを耳にしていた。
コンビニで少し挨拶を交わして、彼女はコンビニを後にした。
彼女の後ろ姿を目で追った。
歳は食っていたが、当時の面影は残っていた。
車に乗り、ふぅーっと溜息を吐いた。
まさかこんな所でアイツに出くわすなんて…。
と、独り苦笑いした。
何故か車のハンドルを握る気がしなかった。
暫くの間、放心状態だった。
シートを少し倒して眼を瞑り、蘇った当時の記憶を辿った。
併し吾は蘇った当時の記憶を遮断した。
感傷に浸ってみた所でどうなるものでもない。
兎に角、元気そうで良かった。
吾と一緒にならなくて良かったと思う。
以前に書いた通り、吾は先天的な無精子症であるので、子は疎か孫など設ける事は出来ぬ。
精子も無ければ親も無い、そしてカネも無い。
薄給を手に、ボロアパートで何とか毎日を越すのが精一杯。
誰が云い始めたかは知らぬが、人間は平等で在るべきだ等と云う言葉。
此の世に平等な事等存在せぬし、今後も無くならない。
地球と云う天体自体が不平等に作られているのに、何処をどうつついたら平等になるのか。
生き物も、食物連鎖と云う普遍の真理で生きているのである。
なので、人の境遇も不平等が此の世の真理である。
幸せに生きるとは何なのかが解らない。
毎日が不安で、今此の瞬間をどう生きるか、吾はそんな事ばかり考えている。