中1の夏休み、私は耳の聞こえ
ないおばあちゃんが一人で住む
団地で過ごすことになった。
そう物心ついた時に居たあの部
屋。一番古い記憶のあの生活。
10年前と違うのは、二人の叔母
は結婚して出て行き、いつも着
物を着ていた私に甘かったおっ
きばあちゃんが亡くなって神棚
になっていた。
耳の聞こえないおばあちゃん
が、この団地の5階に一人で住
むのは大変だろうと子供ながら
に心が痛んだ。
おばあちゃんは大変喜んでくれ
て、中学生になった私にお風呂
上がりのバスタオルの上にヤク
ルトをそっと置いてくれた。
普段見ないテレビを思い存分見
た。
松田聖子の
ピンクのモーツァルト
チェッカーズの星屑のステージ
小泉今日子の渚のはいから人魚
懐かしい。
あの家に自分の居場所はない。
ここにずっと居たい。
そう思った。
夏休み最後の日、私は団地から
家に戻らなければならなかっ
た。
おばあちゃんもさみしそうだっ
た。
又来るねと、私は電車とバスを
乗り継ぎ家に帰った。
そこにはやはり、底意地の悪い
寄生虫達が我が物顔ではびこっ
ていた。
私は新学期に提出する通知表を
返して下さいと言った。
おばさんは知らないと言った。
子どもたちは、「通知表出さな
いと凄く怒られるよ」
「中学は厳しいから内申ひびく
なぁ」とか不安を煽ってきた。
もはや私の家ではなくなったそ
のうちのどこにも私の荷物は無
く通知表も捨てられたんだと思
った。
誰にも気付かれないように、私
は家を飛び出した。
おばあちゃんから貰っていたお
小遣いを握り締めて、今来た道
を引き返して団地に向った。
お願い、おばあちゃん鍵を閉め
ないで!
鍵を閉めてたらチャイムを鳴ら
しても聞こえない。
お願いお願い、
鍵を開けておいて!
扉は開いた。
おばあちゃんは凄く驚いてい
た。
それからどのような手続きを取
ったのか全然覚えていないが、
私は再び団地の住人になった。
家からは小さな荷物がひとつ運
ばれて来た。
その中にはご丁寧に、夏休みに
借りた図書館の本が入ってい
た。
私は3ヶ月くらい、どうしよう
どうしようと本の返却に悩み続
けた。
転校先の先生が元の中学校に返
してくれた。
自分で運命を切り拓いた
そんな感じの年だった。