ここで言わせてください

過去や現在
おりまぜてます。

根無し草 ⑤

2021-04-29 18:00:00 | 根無し草
おっきばあちゃんは私を一番可愛がってくれていた。


私もそれを分かっていて無償の愛を与えてくれるその人に凄く偉そうだった。


そのうちおっきばあちゃんは団地に帰りタウンハウスと行ったり来たりするようになっていた。



その頃、血のつながりという事をよく考えていた。


自分から考えていたのでは無く誰かに聞かされていたのかも知れない。


私はおかあさんとは血がつながっていない。だけど弟が産まれたからおかあさんとも血がつながった。


そう思っては安心して喜んでいた。


弟は本当に可愛くて大きな澄んだ瞳で私を見つめてくれた。


毎日学校から帰るのが楽しみだった。


私の8歳の誕生日にはおかあさんが誕生日会をひらいてくれた。


すぐ近所の年下の子、同じクラスの子、クラスは違うが同じ学年の親同士も友達の子、保育所が同じだった子、その妹。


乳飲み子をかかえながらおかあさんはお子様ランチを作ってくれた。


今でもその光景がはっきりと目に浮かぶ。


父の運転でフラワーパークや動物園、水族館に海に遊びに行った。


おかあさんの双子の妹、いとこも一緒に行った。


子ども会にも入って地域の行事に参加したりもした。


なかなか忙しい日々だった。








根無し草 ④

2021-04-26 20:00:00 | 根無し草
おかあさんは入学式にももちろん来てくれた。


ランドセルはおじいちゃんとおばあちゃんが買ってくれた。



豚革の物だった。



共働きだった為放課後は学童保育に預けられた。


そこは上級生が威張っていて、先生と呼ばれる人は保育や指導が出来るような人格者では無く、お迎えに来た保護者やボス的な児童にのみ愛想の良い女性だった。



私は一年でそこから抜ける事が出来た。
おかあさんが仕事を辞めたからだ。



2年生になり私はお姉ちゃんになった。



かわいいかわいい弟が産まれた。目が大きくて愛想の良い世界一かわいい赤ちゃんだ。


幸せだった。



経緯とか期間とかよく覚えていないけど、曾祖母が1時間かけて団地からうちに頻繁にやってきた。

きっと赤ちゃんのめんどうを見る為に来ていたのだろう。



そのうち通いでは無く和室が与えられ家族になった。



団地の時はおばさん二人は下の名前で、曾祖母はおっきばあちゃん、耳の聞こえない祖母はちいばあちゃんと呼んでいた。



おっきばあちゃんは80歳を超えていていつも着物を着ていた。


おっきばあちゃんは私を一番可愛がってくれていたそうだ。


おっきばあちゃんには子どもは無くちいばあちゃんは養子だった。







根無し草 ③

2021-04-24 01:00:47 | 根無し草
私たち家族は新しい賃貸住宅で三人の生活をスタートさせた。

共働きだったため私は又保育所に預けられた。もう泣かなかった。


いとこ家族との交流も盛んだった。


いとこは私よりひとつ下の女のコとその
ふたつ下の男のコだった。



その家族はおじいちゃんおばあちゃん、
いとこ姉弟、いとこの両親、おかあさん
の双子の妹、の大所帯だった。


私だけ預けられ翌日父とおかあさんが迎えに来る。


その家にお泊りするのが楽しみだった。



何度目かのお泊りの日、いつもの様にベッドに入ってからも、いとこの女のコと一緒にクスクス笑い、いつまでもお喋りをしていた。



いとこの母親が注意をしに来た。それでもお喋りは終わらなかった。




何度か注意を受けた後、
いとこの母親が私にだけ向って

「いい加減にし、おかあさんに言うよ」

ときつい声で叱った。



私は突然口と鼻を同時に塞がれたような息苦しさに襲われた。



翌日父とおかあさんが私を迎えに来た。
よく覚えている、雨だった。。



傘をさして歩きながら、ポケットからハンカチか何かを出そうとした。

小さな小さなスプーンがポケットから落ちた。

ポケットにはスプーンだけでは無くお皿やコップ、靴まで入っていた。



間違えて入ったはずが無いリカちゃん人形の小物たち。

おかあさんはどうしたの?と優しく聞いた。


なんて答えたかなんて覚えていない。


次に浮かぶのは

大声で怒鳴るおかあさんと横で立ち尽くす父。

大声を聞いて家から飛び出してきた、いとこ一家。

いとこの母親がおかあさんをなだめていた。


それ以上何も思い出せない。


そんな事があっても、家族は壊れなかった。


でも優しかったおかあさんが少しずつ怖くなっていった気がした。



6歳になってタウンハウスと呼ばれる横が隣と引っ付いた一軒家に引っ越した。


又その近くの保育所に預けられた。おかあさんにママ友が出来た。

幸せがたくさん溢れていた。










根無し草 ②

2021-04-22 20:00:00 | 根無し草
父は実家である団地に時々顔を出していたようだ。


あまり覚えていない。


4歳になった頃そんな父が「おかあさん」と共に私を迎えに来た。


おかあさんは産みの母親でないことは幼心に分かっていた。


団地の家族は良かったねと安心して私を送り出した。



私が大人になった頃、耳の聞こえない祖母が「淋しかったよ、かわいかったてのちゃんを二人がさらって行っちゃった」と目を細めて言った。


私は隣の部屋で声を上げて泣いた。



おかあさんはとても優しく私を毎日抱きしめて色んなお話をしてくれた。


おかあさんは3人姉妹の真ん中だった。結婚して子どもが二人いる姉と、独身の双子の片割れの妹がいた。



私にいとこが出来てお泊りもした。おかあさんの父と母、つまりおじいちゃんおばあちゃんも出来た。その二人もまた優しかった。


双子の妹は私の事が嫌いなようだった。


何をするにも一緒、言葉にせずともわかり合える。そんな特別な存在だったに違いない。
急に妻子持ちの男と結婚して、あまり躾のされていない子どもの面倒を見させられている双子の姉を不憫に思ったのかも知れない。


優しいおかあさんによく似た顔の、しかしどこか冷めた目をしたその人はよく私を睨みつけていた。





パート ②

2021-04-20 21:48:00 | パート
厄介な人を敵にまわしてしまった。

あらかさまに嫌味などを言って来る訳では無いが、お得意様で無いお客様が来店されると〇〇さんおねがーい、と事務作業をしている私を店頭に呼び出す。

はいはーいとおめでたい声で言われるがままに接客をする。

パートで浮いたとしてもいつものカメレオン・ピエロでずんずん人に近づいていく。

自分でも本当にバカだと思う。

家に帰ると疲れがどっと出る。



ある日んな私を、私より10ヶ月先輩のWさんがお茶に誘ってきた。


Wさんはレシートにも伝票にもパソコンにも「ちゃん」をつける。


好きな友達とお茶を飲むと話が尽きず、あっと言う間に時間が経つ。楽しい時間だ。


Wさんとは会話が続かなかった。もう1時間くらい経ったかと思ったがまだ10分しか時計が進んで無くて驚いた。


私をお茶に誘った理由は至極単純だ。パートリーダーに対する不満や悪口を聞き出したかったのだ。


本当に厄介なのはこのWさんなのである。