社会の鑑

社会で起きている出来事にコメントを加えています。

「仮装身分捜査実施要領」の批判的検討

2025-01-30 08:25:28 | ノンジャンル

 警察庁は、1月23日、刑事局長名で「仮装身分捜査実施要領」を各都道府県県警に通達しました。今回は、この通達について、批判的に検討したいと思います。

1 実施要領の概要

「闇バイト事件撲滅へ仮装身分捜査が『解禁』 警察庁が通達、架空身分証で『雇われたふり』」と題した産経新聞の記事を紹介します。

 犯罪実行役を募集する闇バイトを通じた強盗事件などが多発していることを受け、警察庁は23日、捜査員が架空の身分証を作成して「雇われたふり」をする「仮装身分捜査」の実施に向け、都道府県警に実施要領を通達した。事実上の解禁となる。ほかの方法では捜査できない場合などに限定しつつ、実行役の検挙、犯行の抑止を狙う。

 警察庁によると、「雇われたふり」による捜査はこれまでも行われてきたが、身分証の提示を求められ、捜査を継続できなくなるケースが相次いでいた。 今回作成した実施要領では、捜査の手続きや順守事項を規定。作成する架空の身分証は運転免許証のほか、住民票、マイナンバーカード、学生証などで、状況に応じて電子データも用意する。捜査で警察官が犯罪に加担するなど、新たな犯罪被害が発生しないようにするという。 対象は強盗、詐欺、窃盗、電子計算機使用詐欺と、それらに関わる犯罪に限定。主にX(旧ツイッター)などで募集される闇バイトに応募し、指示に従って架空の身分証を提示する。犯行や準備の現場に赴いて実行役の検挙や犯行防止につなげる。警察庁は上位指示役への突き上げ捜査や、犯罪発生自体を抑止する効果にも期待している。 警察庁の担当者は「法の範囲内で捜査の適正さを確保しながら、闇バイトの指示役や実行犯の検挙に向けた取り組みを進めていきたい」と話した。

2 総論

(1)根拠規定は何か

 実施要領では、「1 目的」のところで、「刑事訴訟法その他の法令に基づき仮装身分捜査を実施するための手続その他の遵守事項を定める」としている。

 しかし、これでは、具体的な根拠規定が示されていない。なんという上位規範の何条かを示すことが根拠規定を明らかにしたことになる。この書きぶりでは、具体的な根拠規定が存在しないことを示している。

 のちに述べるように、この実施要領では、組織的に文書の偽造を行ない、それを使用(提示)することを認めている。このように犯罪行為は、それを正当化する根拠がなければ実行できないであろう。この説明のためにも、根拠規定を明示すべきである。

(2)対象犯罪の拡大可能性

 実施要領は、「3 対象犯罪」で、「仮装身分捜査は、インターネット等を通じて実行者の募集が行われていると認められる強盗、詐欺、窃盗若しくは電子計算機使用詐欺又はこれらに密接に関連する犯罪の捜査において行うものとする」と規定している。

 この実施要領に限れば、限定的運用を行なうことを明示している。

 しかし、この実施要領は、刑事局長から発出されたものであり、刑事局が扱う犯罪には、実施要領を改正すれば、いつでも使うことができる。警察は一度手に入れた新たな捜査手法を手放すことはなく、広げることには躊躇しないことは、歴史が示している。

 したがって、この規定があるからといって、拡大可能性を否定することはできない。

3 各論

(1)文書偽造の違法性阻却の根拠

 実施要領では、仮装身分捜査を「当該捜査員のものとは異なる顔貌、氏名、住所等が表示された文書等(以下「仮装身分表示文書等」という。)を提示して行う捜査活動」と定義し、「異なる顔貌、氏名、住所等が表示された文書等」を作成することを前提としている。これは、刑法的には、文書偽造を行なうことであり、提示することは、それの行使に当たる。

 本来犯罪である文書偽造行為が正当化される根拠は、いったい何なのであろうか。刑法35条にでも該当するというのであろうか。

 それは、無理である。警察官が身分を隠して行う活動は、もはや、警察活動とは言えない。

 仮装身分捜査を行なうことが正当である根拠を明らかにする責任は、警察当局にある。

 これについては、法律で規定されるべき事柄であろう。

(2)仮装した捜査員が行う活動は、公務か

 仮装身分捜査では、仮装した捜査員がインターネットを通じた募集に応募し、その際に、偽造した文書を提示するという。その行為は、捜査員が行なう公務といえるのであろうか。

 この活動は、捜査員の身分を隠し、別の人間に成りすました別人格が行なったのである。それは、警察官という身分を離れた、私人の行為と判断されるであろう。

(3)「犯人」とは誰か。「対象犯罪の実行者」とは誰か。

 実施要領には、「2 定義」で、「捜査員が犯罪の実行者の募集に応じて犯人に接触するに際し」と規定し、さらに、「6 仮装身分捜査の実施」でも、「犯人を検挙し」「犯人以外の者に対して提示しない」と規定して、「犯人」という言葉を用いている。

 この犯人とは、いったい誰を指しているのであろうか。「指示役」なのか、それとも、もっと会のものなのか、あるいは、もっと上位のものなのか。その範囲がとても不明確である。

 さらに、「8 被害発生の防止」では、「対象犯罪の実行者による新たな犯罪被害が生じることのないようにする」との規定も存在する。

 ここでの「対象犯罪の実行者」とは、いったい誰を指しているのであろうか。全く不明である。

4 結論

 警察は、一度手に入れた新たな捜査手法を決して手放すことはない。おとり捜査でも、盗聴でも同じである。この仮装身分捜査についても、同一に考えるべきである。秘密性の高い犯罪組織の解明には有効であると警察が判断した場合、この捜査手法が用いられることを否定することは困難である。

 法律で適用範囲を明確にすれば足りるのではないかとの指摘もあるだろう。しかし、法的要件を明確にしたうえで、法律を制定したとしても、法改正により、その範囲は拡大されてしまう。そのようなことが絶対に起きないような方策をしっかりと考えなければならない。

 身分を仮装した警察官が犯罪組織に接近し、組織内に潜入したときに、一定の行為を行う際の身分について問題となる。身分を仮装した場合でも、本来の身分は生きており、行われる行為は警察官としての行為となるのかどうかである。すなわち。どこまでが公務であり、どこから公務でなくなるのかということが非常に不明確である。

 その行為が警察官の行為とみなされるのであれば、その仮装した警察官に対する妨害行為は公務執行妨害となる。しかし、仮装したのは警察官であり、その行為が公務であるわけがない。

 このような重大な問題は、「実施要領」という名のガイドラインで解決すべきものではない。身分を仮装した警察官の行為は、もはや警察官としての行為ではない。刑法三十五条による「正当業務行為」と理解することは無理である。例えば運転免許証を偽装した段階で、その警察官の行為は、正当性を失っているのだ。

 仮装身分捜査については、新たな法律を制定し、違法性についての規定を設けるべきである。これは、新たな捜査手法を手に入れた警察が恣意的にその適用範囲を拡大させないためにも必要なことである。

 

 参考として、 2025年1月23日付で、警察庁刑事局長名で発出された「仮装身分捜査実施要領」の全文を掲載する。

仮装身分捜査実施要領

1 目的

本要領は、インターネット等を通じて実行者の募集が行われていると認められる犯罪について、犯人を検挙し、犯行を抑止するため、捜査員が当該募集に応じて犯人に接触し、当該犯罪に係る情報を入手する捜査活動を実施するに当たって、刑事訴訟法その他の法令に基づき仮装身分捜査を実施するための手続その他の遵守事項を定めることにより、その適正を確保することを目的とする。

2 定義

本要領における「仮装身分捜査」とは、捜査員が犯罪の実行者の募集に応じて犯人に接触するに際し、当該捜査員のものとは異なる顔貌、氏名、住所等が表示された文書等(以下「仮装身分表示文書等」という。)を提示して行う捜査活動(捜査の端緒を得る活動を含む。)をいう。

3 対象犯罪

仮装身分捜査は、インターネット等を通じて実行者の募集が行われていると認められる強盗、詐欺、窃盗若しくは電子計算機使用詐欺又はこれらに密接に関連する犯罪の捜査において行うものとする。

4 仮装身分捜査実施計画書

⑴ 仮装身分捜査は警視総監又は道府県警察本部長(以下「警察本部長」という。) による指揮の下、あらかじめその承認を受けた仮装身分捜査実施計画書に基づいて行うものとする。

⑵ 仮装身分捜査実施計画書には、以下の事項を記載するものとする。

○ 仮装身分捜査を行う対象とする犯罪

○ 当該犯罪の捜査のため仮装身分捜査を実施することが必要かつ相当であると認める事由

○ 仮装身分捜査の実施所属及び従事体制

○ 仮装身分捜査を行う期間

○ 仮装身分表示文書等の作成に関する事項

5 仮装身分捜査実施主任官

⑴ 警察本部長は、仮装身分捜査の実施に当たって、警部以上の警察官の中から仮装身分捜査実施主任官を指名するものとする。

⑵ 仮装身分捜査実施主任官は、警察本部長及び仮装身分捜査を実施する所属の長の命を受け、仮装身分捜査に従事する職員を指揮監督するものとする。

6 仮装身分捜査の実施

⑴ 仮装身分捜査は、対象犯罪の捜査のため必要であって、他の方法では犯人を検挙し、犯行を抑止することが困難と認められる場合に、相当と認められる限度において実施すること。

⑵ 仮装身分表示文書等は、原則として、犯人以外の者に対して提示しないこと。

⑶ 仮装身分表示文書等のうち書面のものの原本は交付しないこと。

⑷ 仮装身分表示文書等は、各仮装身分捜査実施計画書ごとに必要な枚数を指定して作成するものとし、捜査の推移により急きょ作成する場合には、その経緯を明らかにした上、警察本部長の承認を得て必要な枚数を作成すること。

7 仮装身分表示文書等の保管管理

仮装身分表示文書等の保管管理については、目的外利用を防止するとともに、紛失・漏えい等の事故が発生することがないよう、以下の点に留意すること。

⑴ 管理体制を構築するとともに、仮装身分表示文書等のうち書面のものについては、他の捜査資料の保管場所とは別の保管設備において施錠の上、保管すること。

⑵ 仮装身分表示文書等のうち電磁的記録のものの保管についても、他の捜査記録とは別のフォルダ等に保存するとともに、当該フォルダ等のアクセス制限、パスワードの設定、暗号化等を行うなどの措置をとること。

⑶ 保管設備からの持出しや電磁的記録の利用に当たっては、仮装身分捜査を実施する所属の長の承認を得ること。 ⑷ 仮装身分捜査の終結、公訴の提起、公判の維持等の観点により保管の必要がなくなったと認める場合には、可能な限り速やかに、廃棄及び消去等の必要な手続をとること。

8 被害発生の防止

仮装身分捜査の実施に当たっては、以下の点に特段の配意をすること。

⑴ 仮装身分捜査の遂行により、対象犯罪の実行者による新たな犯罪被害が生じることのないようにすること。

⑵ 仮装身分捜査の遂行により、犯人以外の者の日常生活及び社会生活に支障の生じることのないようにすること。

9 職員の安全確保

仮装身分捜査の実施に当たっては、犯人に接触する捜査員その他の従事する職員の安全確保に万全を期すること。

10 関係機関との連携

仮装身分捜査の実施に当たっては、捜査を円滑に実施することができるよう警察庁、地方検察庁その他の関係機関との緊密な連携を図ること

 

 

 

 

 

 

 

 


日本版DBS法案の制定に反対する声明(案)

2024-05-29 08:35:43 | ノンジャンル

日本版DBS法案の制定に反対する声明(案)

―差別・排除の社会ではなく、共生・受容の社会の樹立を目指して-

政府によって国会に提出された、子どもに接する仕事に就く人に性犯罪歴がないか確認する制度、いわゆる「日本版DBS」を導入するため、「学校設置者等及び民間教育保育等事業者による児童対象性暴力等の防止等のための措置に関する法律案」(以下「本法案」という。)は、5月22日衆議院特別委員会、23日の本会議で、全会一致で可決され、参議院に送付された。

本法案によれば、学校設置者等に加え、広範な範囲の民間教育保育等事業者(以下「民間事業者」という。)に対し、教員等として本来の業務に従事させようとする者について、性犯罪前科を確認する義務を課し、その結果などから児童対象性暴力等を防止するために必要な措置を講じる義務を定めようとしている。

対象となる性犯罪は、強制わいせつなどの刑法犯だけでなく、痴漢や盗撮などの条例違反の犯罪も含まれている。そのため、対象となる性犯罪を新たに設けるため、条例を制定することも可能となる。

さらに、起訴猶予処分を含め不起訴処分や懲戒処分などの行政処分等は対象から外されたものの、服役した者は20年、執行猶予とされた者や罰金刑を科された者も10年という極めて長い期間、その確認の対象とし、刑法第34条の2第1項(刑の消滅)よりも長い期間の不利益を課そうとしている。

「日本版DBS」が参考にしたとされる、イギリスのDBS制度(Disclosure Barring Service)は、DBSという公的機関が性犯罪歴を管理し、事業者からの照会を受けて、DBSが就業希望者に無犯罪証明書を送付し、就業希望者がこれを事業者に提出する仕組みである。

これに対して、本法案では、学校設置者等及び民間事業者に前科確認義務を課し、その前科を照会させ、その通知を直接事業者に交付することとしている。この照会に際しては、本人の同意は全く必要なく、戸籍抄本や戸籍記載事項証明書等についてのみ、本人に提出させているだけである。前歴の通知を受けた事業者等は、たとえ守秘義務が課されているとはいえ、どのような形でその情報が洩れるかはわからない。これで、最も重大な個人情報である前科履歴を保護することができるのであろうか。これでは、情報が安易に漏洩されることは目に見えている。

 本法案では、性犯罪の前歴に限られているが、もし他の犯罪についても同様な紹介制度が必要となった場合、ほかの法律を作り、他の犯罪例えば傷害罪の前科情報の照会も可能となり、その適用範囲は果てしなく拡大される危険性がある。

本法案については、衆議院段階で、対象となる性犯罪の範囲を下着窃盗やストーカー行為などにも広げることやベビーシッターや家庭教師なども性犯罪歴を確認する対象とするよう検討することなどを盛り込んだ附帯決議がつけられた。

この付帯決議は、この声明の目指す共生・受容社会の樹立とは真っ向から対立するものであり、到底容認することはできない。

 本法案は、一度性犯罪を犯し、有罪判決を受けた者について、子どもに接する仕事につかせないようにするもので、社会的な差別を行い、その仕事から排除しようとするものである。

 憲法22条1項は、職業選択の自由を定めている。禁固以上の刑に処せられた者は、裁判官・検察官・弁護士・医師・教員等につけないことにつき、それぞれの法律で就業が禁止されている。これらは個別法での判断であり、一般化されてはいない。

 これに対し、本法案では、特定性犯罪者等を就業させないシステムを採用している。これは、性犯罪を理由とした就業制限であり、個別職業への就業禁止とは全く異なるものである。

 その意味では、本法案は、憲法22条1項の「職業選択の自由」に抵触する疑いは濃厚である。

さらに、本法案はイギリスの制度と異なり、本人が自己の犯罪歴を自分で入手する手続きを求めていない点で、憲法13条の「自己決定権」を侵害する恐れがある。個人情報保護法20条2項は、犯罪歴や前科などの情報収集には、原則として本人の同意を求めているが、本法案はこれに例外的に対応することを求めている。また、個人情報保護法124条が、保護すべき情報を開示させることを、強く限定する趣旨を規定しており、日本版DBS法案とは相いれないことは明白である。

現在、法務省では、「性犯罪再犯防止プログラム」を実施していることが示す通り、排除モデルではなく、医療モデルによる解決も模索されている。

子どもを対象とした性犯罪者であっても、更生可能であり、ともに社会で生きることができる。そのような共生し、受容できる社会の樹立こそを目指すべきではないのか。

私たちは、以上の理由により、「日本版DBS法案」の制定に強く反対するものである。


経済安保秘密保護法案の成立阻止に向けて

2024-04-06 10:07:53 | ノンジャンル

昨日の衆議院内閣委員会で、経済安保秘密保護法案の採決が行われ、立憲民主党は賛成してしまいました。特定秘密保護法制定時には声を大にして反対していたにもかかわらず、経済界の要望が強いことを理由として賛成しました。この経済安保秘密保護法案は、すでに指摘したように、特定秘密保護法を土台にしたもので、その基本構造はほとんど変わっていません。それについて、私は、「紙の爆弾」5月号で詳細に指摘しました。これをフェイスブックにアップしたので、ご覧ください。

https://www.facebook.com/photo?fbid=25576879801903216&set=pcb.25576904481900748&locale=ja_JP

 


経済安保秘密保護法案と特定秘密保護法との比較

2024-04-03 14:32:03 | ノンジャンル

経済安保秘密保護法案は、特定秘密保護法を土台に出来上がっています。

条文を見比べてみれば、一目瞭然です。

なぜ、国家秘密を守るために制定された特定秘密保護法を土台にしなければならないのでしょうか。

理解に苦しみます。

そこで、両者を比較した表を作成しました。

画像の挿入なので、非常に小さく、見えにくいかもしれませんが、ご容赦ください。

両者の中で一番の違いは、適正評価に際し、その実施は、ともに行政機関の長が行うことになっているけど、経済安保秘密保護法案では、その前提となる調査を内閣総理大臣に委ねていることです。

内閣総理大臣のもとには、内閣情報調査室や内閣府があります。

そこにはすでに多くの情報が集積されています。

調査によって集められた情報もそこに積み上げられることでしょう。

その結果、総理大臣のもとには、国民の多くの情報が集積されることになるでしょう。

これを、国家による国民監視と言ったら、言いすぎでしょうか。

 

 

 


重要経済安保情報秘密保護法案の重大な問題

2024-04-01 13:38:30 | ノンジャンル

 かつて私たちは、スパイ防止法の制定策動に反対し、三度にわたる策動を粉砕してきました。また、戦前の秘密体制をはるかに上回る秘密を指定しようとする特定秘密保護法にも、国民の圧倒的多数が反対の意思を表明しました。残念ながら、法案は通過してしまいましたが、そのなりの歯止めをかけることができたのではないでしょうか。

 ところが、今国会で審議されている重要経済安保情報保護活用法案については、大きな反対の声が寄せられていません。

 あれだけの力は、今どこに行ったのでしょうか。

 まだ間に合います。

 皆さん!一緒に闘いませんか。多くの声をお寄せください。

 

一 特定秘密保護法との関係

 この法案は、内閣官房の説明にもあるように、特定秘密保護法と一体のものとして、またそれを土台として考えられ、法文構成もほとんど一緒です。その意味では、「経済安保秘密保護法」といっても言い過ぎではありません。

 特定秘密保護法の国会審議時に提起された問題は、クリアされているのでしょうか。それについての明確な説明はありません。野党の皆さんは、これについての質問をしなければならないと思います。

 さらに、この法案は、特定秘密保護法とどのような関係にあるのでしょうか?

 内閣官房の説明では、上下関係にあり、この経済安保秘密保護法の上に特定秘密保護法が存在するとしています。

 また、報道によれば、重要経済安保情報であっても、安全保障に著しい支障を与えるおそれがある場合には、運用で、特定秘密保護法を適用するとされています。

その根拠は何なのでしょうか。

 また、安全保障に著しい支障を与えるおそれがある重要経済安保情報は、特定秘密保護法下での秘密の四類型(防衛秘密、外交秘密、特定有害活動防止、テロリズム防止)のどれに該当するのでしょうか。

 これについての納得できる説明がない場合には、どのような経済情報が特定秘密に当たるのかについて、政府の恣意的運用がなされ、拡大される危険性が高いと思われます。(この法案と特定秘密保護法との比較表を作成しました。別途ブログに掲載します。)

 

二 秘密とは何か

1 何を秘密にしようとしているのでしょうか?

 秘密の対象である重要経済安保情報であっても、その基礎にある重要経済基盤や重要経済基盤保護情報であっても、要件が不明確で、私たちには、その範囲を確定することができません。これは、適用者(行政機関の長)による恣意的運用を可能とするものではないでしょうか。

 特に、適正評価については、特定秘密保護法と全く一緒です。なぜ一緒なのかを考えるためには、野党の皆さんは、特定秘密保護法にはどのような問題があり、どのように解決してきたのかについての詳細な説明を求めるべきだと思います。

 特定秘密保護法では、戦前の秘密保護法制とは全く異なり、その範囲が大幅に拡大されました。今回の経済安保秘密保護法案が成立すれば、秘密は、経済領域に及びます。

 経済界における競争自由の原則が失われ、国による管理の下での競争になってしまうでしょう。したがって、その秘密指定は慎重に行うべきだと思うがいかがでしょうか。

 次に、重要経済基盤保護情報は、どのように理解すればよいのでしょうか。抽象的な文言の羅列が続き、よく理解できません。理解するためには、具体的例示が必要であり、その限界点も示さなければならないと思います。

 また、本法案と特定秘密保護法の秘密の性質を分ける基準としての要件である「安全保障の支障を与えるおそれ」と「安全保障に著しい支障を与えるおそれ」の相違は、どのように把握したらよいのでしょうか?

 すでに述べたように、著しいおそれがある場合には秘密性が高くなり、漏洩罪の罰則は10年以下です。それに対し、単に支障を与えるおそれにとどまる場合には、5年以下となります。秘密性が弱まることになっています。

 この点について、どのように考えたらよいのでしょうか。

 

三 適正評価について

 この部分について、本法案は、特定秘密保護法と基本的に同一であります。したがって、最初に問われなければならないのは、なぜ特定秘密保護法を土台としたのかということです。

 以下に述べる各論点でも指摘しているように、本法案の独自性はどこにもないといっても言い過ぎではないでしょう。

 

・まず対象者について

 指定される秘密の違いにより、適合事業者もそれなりに異なると思われます。特定秘密保護法では、基本的に国家の事務が秘密と指定されています。この法案における秘密は、国家を離れ、経済における情報です。それを扱う業者は非常に多いと思われ、適合事業者も膨大に存在するのではないでしょうか。特定秘密保護法下での適正評価の経験・実践から、何か学ぶものはあるのでしょうか?

 この適合事業者の数は膨大に及ぶと思われます。政府は、具体的にどのような企業を考えているのでしょうか。まったくわかりません。国民が分かるように、それを示されたい。

 日本の経済構造では、先進的な技術開発は中小企業に頼っている傾向があります。また、研究開発では、大学・研究所等の研究機関を忘れることができないでしょう。もしそれらが含まれるとした場合、そこの従業員の研究の自由はどのようにして保障されるのでしょうか?また、思想信条との関係はどうなるのでしょうか。

 

・調査事項について

 特定秘密保護法と基本的に同一です。違いは一つ。重要経済基盤毀損活動と特定有害活動の相違です。

 重要経済基盤毀損活動は、二つの要件を必要としています。それの一番目は、特定秘密保護法での特定有害活動に該当し、二番目の要件はテロリズムに対応しています。規定は異なれるけれども、文意は同一です。

 このように特定有害活動とテロリズムを要件としたことにより、調査対象者に家族等を含めるという拡大したのも全く一緒です。このように要件を同一にした根拠はどこにあるのでしょうか。

 そもそも、特定秘密保護法ありきの制定ぶりであり、そこに重要経済基盤棄損活動を組み入れたに過ぎないとおみわれます。その根拠はどこにあるのかについて、野党は、しっかりと質問しなければならないと思います。

 

 この点について、ある方から、次のような質問をいただきました。

 「重要経済基盤毀損活動」について、「社会に不安若しくは恐怖を与える目的で行なわれるもの」という規定は、文字通り「ためにする行為すべて=目的遂行罪」ということでしょうか。
・特定秘密保護法:「社会に不安若しくは恐怖を与える目的で人を殺傷し、又は重要な施設その他の物を破壊するための活動」(かつ対象を別途リスト化)
・重要経済安保情報保護法案:社会に不安若しくは恐怖を与える目的で行なわれるもの(対象のリスト化無し)

 これまでの日弁連の意見や国会審議でも、単に「規定が曖昧」という批判がされていたかと思いますが、共謀罪・組対法における「目的遂行罪」規定に加えて、治安弾圧法としての意味が異なっているように思えますが、いかがでしょうか?

 それに対して、私は、次のように回答しました。

 この毀損活動については、形式的には、特定秘密保護法12条の「特定有害活動」の規定ぶりと一緒です。つまり、「活動であって、---の目的で行われるもの」という内容です。それに対して、「テロリズム」では、目的犯構成を取り、「目的で、---人を殺傷し、」となっています。
 これだけで、目的遂行罪とは言えないと思います。
 この規定は、毀損活動を定義したもので、その毀損活動が「社会に不安若しくは恐怖を与える目的で行われるもの」だということです。
 ただ、毀損活動は犯罪ではないので、罪という言葉は使えないと思います。
 どっちにしろ、経済安保秘密保護法案(私の命名)は、特定秘密保護法に引っ張られすぎで、その構造をそっくり受け継いでいます。
 その違いは、総理大臣に調査権限を与えた点だけです。
 それは、特定秘密保護法の「著しい支障」ではなく、単に「支障」にとどまるものについての、特定秘密保護法の下部にあるという理解ではないでしょうか。
 これら二つの秘密保護法を一体的に規定しようとしているところこそ問題だと思います。

・調査者としての内閣総理大臣

 調査をする者については、特定秘密保護法では行政機関の長に委ねていますが、本法案では、内閣総理大臣に委ねています。その根拠は何なのでしょうか。どのような考えで、このようにシステムを採用しようというのでしょうか。

 安全保障に与えるおそれが、「支障」と「著しい支障」と異なっていますが、「著しい支障のおそれ」のばあいには、行政機関の長に委ね、単に「支障のおそれ」で足りるものについては、その調査を総理大臣にゆだねている法案は大きな矛盾が存在するように見えます。その理由を明白にしなければならないでしょう。また、このようなシステムを採用するということは、何を目指しているのでしょうか。

 具体的な調査は、もちろん、内閣総理大臣は行いません。17条を根拠に政令で委任するのでしょう。具体的にどのような組織を考えているのでしょうか。現存する内閣情報調査室や内閣府を考えているのでしょうか。

 その場合、適合事業者の数が膨大になることと相まって、その従業員も膨大な数になります。その調査を内閣が行った場合、内閣には、他の集積された情報の上に、さらに情報が集められることになり、情報のマップ化が進められる危険性があります。

 そのように見てくると、今回の法案は、経済界のみならず、適合事業者の従業員も対象とされるので、それらについての国家管理が一層強まるのではないのでしょうか?

 

四 まとめとして

 そこで、皆さんと一緒に、次の三点について考えたいと思います。

1 法案は、何を目指しているのでしょうか?

 

2 仮想敵国への秘密漏洩を防止することを目指しているのでしょうか?

 

3 法案が社会や経済に与える影響とは?

 

 「紙の爆弾」5月号(4月7日発売)により詳しい記事を書きましたので、読んでいただければ幸いです。