社会の鑑

社会で起きている出来事にコメントを加えています。

試案における盗聴要件の緩和

2014-05-21 15:07:00 | ノンジャンル
1 すでに述べたとおり、事務当局試案で大幅に対象犯罪が拡大された。盗聴対象犯罪が拡大されたことの意味はどこにあるのであろうか。それについては、次のようにまとめることができるであろう。
・別表第一(従来)の犯罪は、暴力団が行う犯罪や組織犯罪に限定されていた。
・別表第二(試案)の犯罪は刑法犯であり、組織の関与は全くないものである。
・したがって、盗聴対象犯罪からは、犯罪の特徴をつかむことは不可能になった。
・これにより、今後の拡大への道が開かれてしまう。
2 盗聴の要件
 従来型の盗聴要件(別表第一の犯罪)は、次の通りである。
1) 罪が犯されたと疑うに足りる十分な理由の存在
2) 数人の共謀によるものであると疑うに足りる状況の存在
 これに対して、試案で新たに拡大された犯罪の盗聴要件では、従来型に加え、次の要件を必要とする。
3) 当該犯罪があらかじめ定められた役割の分担に従って行動する人の結合体により行われたと疑うに足りる状況があるとき
 この3)の要件を十分に検討しなければならない。そこで、参考として、組織的犯罪処罰法における組織の定義(2条)を見ておこう。ここでは、次のように規定されている。

 この法律において「団体」とは、共同の目的を有する多数人の継続的結合体であって、その目的又は意思を実現する行為の全部又は一部が組織(指揮命令に基づき、あらかじめ定められた任務の分担に従って構成員が一体として行動する人の結合体をいう。以下同じ。)により反復して行われるものをいう。

 ここでは、組織は、「指揮命令に基づき、あらかじめ定められた任務の分担に従って構成員が一体として行動する人の結合体」とされている。
 両者を比較してみると、顕著な相違が明らかになるであろう。
1 組織的犯罪処罰法では「指揮命令に基づき」が要件であるが、試案では存在しない。
2 組織的犯罪処罰法では「構成員が一体として行動する」とされているが、試案では、一体性が削除され、単に「行動する」とされた。
 では、このような相違は、どのような意味を持つのであろうか。
 組織的犯罪処罰法では大枠としての団体があり、その中の組織が問題とされているが、試案では、団体の要件がないので、単なる人の集まりでもそれが組織と認定されれば試案の要件に当てはまることになる。
 さらに、指揮命令が必要ではなく、一体性の必要ではないので、本文に規定されている要件の「数人の共謀」さえあれば、共謀には当然のように「役割の分担」も含まれているので、試案で提起された「組織性の要件」(但し書)を満たすことになる。
 対象犯罪が一般犯罪に拡大されたことと相まって、このような要件は何らの限定にもならない。


盗聴対象の拡大と組織性の要件

2014-05-08 09:18:00 | ノンジャンル
 4月30日に開催された法務省特別部会で配布された事務当局試案では、前回紹介したように、通信傍受法三条の改正を提起している。そこでは、現行法の盗聴対象犯罪を別表第一とし、新たに加えられる盗聴対象犯罪を別表第二としている。
 なぜ二つの類型に分けて規定するのかは、傍受令状の要件の相違に基づいている。従来型の別表第一では要件は全く変わらない。それに対して、別表第二に加えられる犯罪は一般犯罪であり、刑法犯がほとんどである。そこで、これらの犯罪が組織により行われることを示すために、「ただし、別表第二に掲げる罪にあっては、当該犯罪があらかじめ定められた役割の分担に従って行動する人の結合体により行われたと疑うに足りる状況があるときに限る。」との文言が加わったのだ。この言葉を読んですぐに思い出すことは、組織的犯罪処罰法二条における団体規定である。そこでは、組織を定義し、「あらかじめ定められた任務の分担に従って構成員が一体として行動する人の結合体をいう」としている。これらは、同じことを言っているのだ。
 別表第二に加えられる犯罪の中に窃盗罪や詐欺罪が入っている。これらの犯罪は、振り込め詐欺や暴力団によっておこされるものではなく、一般的に行われている犯罪である。それが組織によって行われた場合は、すべてこの盗聴の対象となるのだ。
 このような拡大を認めてしまえば、市民社会そのものが盗聴の対象とされてしまうであろう。まさに、市民社会の危機である。このような悪法を断じて許してはいけない。

法制審特別部会での盗聴対象の拡大

2014-05-01 13:35:00 | ノンジャンル
 昨日の法制審特別部会で、新たな捜査手法に関する事務当局試案が会議の席で、委員・幹事に配布された。ここでは、盗聴の拡大と室内盗聴の導入について試案を紹介し、問題点を指摘する。
 盗聴方法を除外し、試案では、次のように書かれている。

 3 通信傍受の合理化・効率化
一対象犯罪の拡大
 犯罪捜査のための通信傍受に関する法律(以下「通信傍受法」という。)第三条第一項各号を次の1から3までのように改め,別表を別表第一とし,同表の次に別表第二を加えるものとする。
 1 別表第一又は別表第二に掲げる罪が犯されたと疑うに足りる十分な理由がある場合において,当該犯罪が数人の共謀によるものであると疑うに足りる状況があるとき。ただし,別表第二に掲げる罪にあっては,当該犯罪があらかじめ定められた役割の分担に従って行動する人の結合体により行われたと疑うに足りる状況があるときに限る。
 2 別表第一又は別表第二に掲げる罪が犯され,かつ,引き続き次に掲げる罪が犯されると疑うに足りる十分な理由がある場合において,これらの犯罪が数人の共謀によるものであると疑うに足りる状況があるとき。ただし,
  ㈠当該犯罪と同様の態様で犯されるこれと同一又は同種の別表第一又は別表第二に掲げる罪
  ㈡当該犯罪の実行を含む一連の犯行の計画に基づいて犯される別表第一又は別表第二に掲げる罪
 3 死刑又は無期若しくは長期二年以上の懲役若しくは禁錮に当たる罪が別表第一又は別表第二に掲げる罪と一体のものとしてその実行に必要な準備のために犯され,かつ,引き続き当該別表第一又は別表第二に掲げる罪が犯されると疑うに足りる十分な理由がある場合において,当該犯罪が数人の共謀によるものであると疑うに足りる状況があるとき。ただし,別表第二に掲げる罪にあっては,当該犯罪があらかじめ定められた役割の分担に従って行動する人の結合体により行われると疑うに足りる状況があるときに限る。

別表第二
一1 刑法第百八条(現住建造物等放火)の罪又はその未遂罪
 2 刑法第百九十九条(殺人)の罪又はその未遂罪
 3 刑法第二百四条(傷害)又は第二百五条(傷害致死)の罪
 4 刑法第二百二十条(逮捕及び監禁)又は第二百二十一条(逮捕等致死傷)の罪
 5 刑法第二百二十四条から第二百二十八条まで(未成年者略取及び誘拐,営利目的等略取及び誘拐,身の代金目的略取等,所在国外移送目的略取及び誘拐,人身売買,被略取者等所在国外移送,被略取者引渡し等,未遂罪)の罪
 6 刑法第二百三十五条(窃盗),第二百三十六条第一項(強盗)若しくは第二百四十条(強盗致死傷)の罪又はこれらの罪の未遂罪
 7 刑法第二百四十六条第一項(詐欺),第二百四十六条の二(電子計算機使用詐欺)若しくは第二百四十九条第一項(恐喝)の罪又はこれらの罪の未遂罪
二 爆発物取締罰則第一条(爆発物の使用)又は第二条(使用の未遂)の罪
三 出資の受入れ,預り金及び金利等の取締りに関する法律第五条第二項(業として行う高金利)若しくは第三項(業として行う著しい高金利)の罪,同条第二項の違反行為に係る同法第八条第一項(業として行う高金利の脱法行為)の罪又は同条第二項(業として行う著しい高金利の脱法行為)の罪
四 児童買春,児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律第七条第四項(児童ポルノ等の不特定又は多数の者に対する提供等)又は第五項(不特定又は多数の者に対する提供等の目的による児童ポルノの製造等)の罪

 会議で、事務当局は、「新たに追加する対象犯罪については,一定の組織性を有する犯罪に限定するため,現行法上の傍受の要件に加えて,その犯罪が「あらかじめ定められた役割の分担に従って行動する人の結合体により行われた(る)と疑うに足りる状況があるときに限る」こととする(-1から3までの各ただし書)。」と説明した。

 このように対象犯罪を大幅に増加しなければならない理由として、事務当局は、暴力団犯罪やオレオレ詐欺等への対応だと答弁していた。それが、いつの間にやら、「一定の組織性を有する犯罪」という形に置き換えられた。これは、立法事実としては暴力団やオレオレ詐欺への対応といいながら、一定の組織が行う犯罪を対象とすることを明らかにしたのである。加えられる犯罪は、一般犯罪であって、組織犯罪ではない。社会的に存在する組織がこれらの犯罪を行い、盗聴の要件を満たした場合には、その組織も盗聴の対象となってしまうのである。
 試案は、但し書を付加し、「別表第二に掲げる罪にあっては,当該犯罪があらかじめ定められた役割の分担に従って行動する人の結合体により行われ,又は行われると疑うに足りる状況があるときに限る」とした。
 ある上場企業であるA社が一度詐欺に該当する行為で、顧客を拡大しようとしたが、深く反省していたが、その後業績の悪化に伴い、また同じような行為を行ってしまった場合、このA社は、盗聴の対象となるであろう。
 このような無限定の規定ぶりは、現場である警察の判断が優先され、社会に与える影響は果てしないものがある。
 これに対し、どのような説明が可能であろうか。