京旬の彩り 

京都の神社、仏閣、歳時記、自然、等、目に写ったり感じたことを
写真で掲載したいと思います。

安楽寺のさつき

2009-05-31 22:32:28 | 日記
安楽寺は鎌倉時代の初め、法然の弟子
住蓮房、安楽房が開いた念仏道場に始まる。
後鳥羽上皇の官女松虫姫、鈴虫姫が教化を
うけて、ひそかに出家する事件が起こり
上皇の立腹をうけ「念仏停止」の宣下によって
両憎は死罪、法然上人は土佐へ、親鸞聖人は
越後へと配流された。
室町時代の末に二憎の供養のため伽藍を再興。
     安楽寺 山門

安楽寺 つつじ

安楽寺 つつじ


禅院 野仏庵

2009-05-29 13:33:02 | 日記
西園寺公望公が幕末動乱の時、新撰組に追われ、
難を逃れて、丹波須知村に隠棲していた寓居の
長屋門

        茶室 陶庵席

日本の城の石垣を作った石積みの
        技術集団、穴太の石積みです。

        庭内の野仏

      庭内


詩仙堂のさつき

2009-05-27 22:21:03 | 日記
詩仙堂は凹凸した土地に建てた住居で、
詩仙堂の名の由来は、中国の詩家36人の肖像を
狩野探幽に描かせ、図上にそれら各詩人の詩を
石川丈山自ら書いて四方の壁に掲げた、「詩仙の間」
を中心としているところから呼ばれる。

     本堂

さつき、これが一番咲いていました、
     6月中旬頃までは花があるのでは。

さつきと、しょう月楼


北大路魯山人生誕地

2009-05-26 22:40:27 | 日記
北大路魯山人は1883年上賀茂の地で生誕。
15歳で「一字書き」の名手として年少時代から
名をあげた、その後、書、篆刻、刻字看板を多数
製作し、併せて古美術と料理に興味を持つ。
大正14年に東京で「星岡茶寮」を開設し、
仕入れ、調理などに卓越した技量を発揮して
美食家として名が知られた、また、料理を入れる
器を自分で作るため、北鎌倉に「星岡窯」を
築き本格的に作陶を始める。
昭和30年に重要無形文化財(人間国宝)の
認定の打診を固辞して美の追求に一生涯を掛けた
偉大な人でした。
北大路魯山人生誕地の石碑が設置されたので、
行って来ました。

     上賀茂の社家と明神川

魯山人の書いた看板

魯山人の書いた看板

妙満寺

2009-05-22 22:12:51 | 日記
妙満寺は1389年に六条坊門室町に開創され、
1532年には後奈良天皇の勅願寺となる、
1583年から400年にわたり寺町二条にあった。
現在の町名も妙満寺前町となっています。
1968年に現在地へ移転。
安珍・清姫ゆかりの紀州道成寺の鐘があります、
また、洛中雪月花三名園の一つ「雪の庭」が
本坊の庭として復元されています。


     寺前の池

西洋シャクナゲ

睡蓮