米国:死を招く援助 人権侵害者を支援する実態
2012年8月6日 フォーリン・ポリシー(外交専門誌)掲載
マリア・マクファーランド・サンチェス-モレノ
ナオミ・ロート-アリアザ
『マカコ』として知られる、コロンビアの民兵組織指導者、カルロス・マリオ・ジメネズが2008年に、不正取得した資産を検察官に渡して、予想された懲役期間を減らそうとした時、その資産リストには大きなナツメヤシ油企業があった。しかしその事実の暴露は、殆ど驚きをもたらさなかった。薬物取引に携わる民兵組織が、長年に渡り虐殺・殺人・拷問・脅迫を行い、数千の小規模農家に移住を強制してきた。民兵組織の代理人が奪い取った土地で、ナツメヤシ事業の開発計画を進めているといったウワサが、長く流れていたが、今その疑惑が事実だったのが明らかになった。
衝撃だったのは、マカコの明け渡すナツメヤシ事業計画が、農民に「コカの葉栽培」をやめさせる『オルタナティブな生計の糧』戦略の一環として、米国国際援助局(以下USAID)から資金提供を受けていたということだ。企業の経営陣を一目見れば、ナツメヤシ事業計画に暴力と人権侵害が付随しているのが分かるのだが、同局はそう認識しなかった。米国を本拠地とする複数の団体が、企業と民兵組織の関係に懸念を表明し、土地開発プロジェクトの精査に向け、より良い手続きを設けるよう求めた後の同時期に、他企業の同様な事業への支援を停止していたにも拘わらずである。マカコのケースで、同様の措置を適切に取らなかった事実は、米国が人権侵害を見て見ぬ振りをする姿勢だった、という懸念を強めている。
今回のスキャンダルは特殊例外的なものではなく、米国援助機関が有する人権保護基準の脆弱性がもたらす結果だ。今年4月にホロコースト記念博物館で行った演説でバラク・オバマ大統領は、大規模な残虐行為への予防・対処に向け、新たな総合戦略を披露、地球上で行われる最悪の犯罪に、米国が対処する必要性について深い理解を示している。しかし人権侵害や弾圧により広範な対応を取らない限り、ホワイトハウスは大局を見失う危険がある。
数十年もの間、人権保護団体及びその関係者は、人権侵害を行う治安部隊向けの軍事援助について懸念を表明してきたが、より穏やかな形での援助については相対的にあまり関心を払って来なかった。しかしUSAIDと国務省を通して概ね提供され、2011年にはおよそ470億ドルに上るこの援助はまた、人権侵害への対処において重要な役割を果たす可能性があるが、その一方でそれを助長する危険性もはらんでいるのだ。
幸いにもUSAIDは、自らの事業に於ける人権保護的観点の一層の徹底について、その重要性を認識し始め、その達成に向け自らの手続き改訂に手を付けてきている。人権保護プログラムを強化し、保健・医療やジェンダーに関する諸権利のような分野について生じている懸念を、内在化し始めたのだ。しかしその成功には、同局の事業が、基本的人権の保護基準を満たさないまま行った、更に悪いことに時に弾圧を支援してきた、幾つかの分野への対処が必要だ。
弾圧と人権侵害への支援
エチオピア・ルワンダ・ウガンダのような経済成長で沸く一方で、激しい人権侵害が行われている国々に対する、米国による援助提供は特に困難な問題をもたらしている。エチオピア政府指導部がここ数年急速に強めている独裁主義的傾向については、複数の人権保護団体が非常に詳細な報告をしてきた。ヒューマン・ライツ・ウォッチ(以下HRW)は2003年以来、エチオピア治安部隊が武装反政府勢力に対して、自国領土内やソマリアで行って来た、人道に対する罪や戦争犯罪を取りまとめて来た。2009年に弾圧的な法律を2つ導入した後、エチオピアの独立的な意見の大多数は、ジャーナリスト・人権保護活動家・野党支持者を含めて、同国から逃げ出したか、或いは捏造容疑で投獄されている。
2010年に与党は、自党に投票するよう脅迫・強制する選挙運動を全国的に展開した後、99.6%の議席を獲得した。選挙運動の際HRWは、米国がその一部を資金拠出している開発援助や食糧援助を、政府が弾圧の手段として利用しているのを明らかにした。海外援助から資金を得て運営する、生活維持に必要不可欠な政府事業へのアクセスに、与党への支持を条件づけたのである。
弾圧が強まったにも拘らず、エチオピア向けの開発援助は増大してきた。エチオピア向けUSAIDの援助は、最新の公開済み入手可能な確定金額で比べると、2005年に5億8,800万ドルだったものが、2010年に約7億4,000万ドルになっている。
これは単純な問題ではない。エチオピアはアフリカで最大かつ最も貧しい国の1つであり、援助提供国・機関は当然のことながら、最も弱い立場の同国住民に対するセイフティーネット提供を援助したいと思っている。援助提供国・機関が、弾圧を行う政府にではなく、NGO活動を支援できる国は存在するが、エチオピアはそうではない。 同国政府は弾圧的な法律を成立させ、人権保護や政策提言などの課題に関して活動する市民社会団体が、外国からの資金援助授受を規制している。閉鎖的な政権への援助が、与党権力の増大をもたらしている現実を無視し、米国の援助事業の社会的影響を適切にチェックしない先に、決して解決はない。
人権保護基準への関心不足や単なる注意不足で、USAIDが弾圧的な政府による事業を援助した例も複数ある。薬物常習容疑で警察に捕えられた人々が、適正手続にのらないまま4年から5年も拘留されているベトナムの実態を、HRWは最近取りまとめた。閉じ込められたさきで被拘留者は、1週間に6日、1日12時間、政府の『労働療法』政策を強制される。労働を拒否したり、制度の規則に抵触した者は、拷問されるか、他形態の虐待を受ける。それらのセンターは、『数万人の人々が自らの意思に反して1週間に6日、カシューナッツ加工、衣類縫製、その他の製造業で働かされる、強制労働収容所と変わらない』、とHRWはその調査結果報告書で述べている。
そのようなセンター内で行われる、実体は看守でしかなく、多くの場合は労働省の職員である、政府の『依存症者向けカウセラー』訓練やワークショップなどの数多くのプログラムに、米国は資金援助して来た。USAIDは、自らそして米国の保健・医療援助事業である「米国大統領エイズ救済緊急計画(以下PEPFAR )の実施者として、援助の大部分をその友好団体・機関を通して、多くの場合米国のNGOに提供してきたが、ベトナム政府へも提供してきた。PEPFARはその事業を実施する友好団体・機関として、上記ベトナムのセンターの名前を掲げていたことがある。そのようなセンターに資金援助をする一方で、USAIDとPEPFARはそのセンターへの立ち入りや、そこで拘留されている人々と個人的に話をするのを制限した。結果として彼らとその友好団体・機関は、人権侵害の証拠は見つからなかったと主張するだけで、僅かな事業目標に関係する指標しか報告できないでいる。
米国の援助が、弾圧的な政府が優先する施策に過度な関与をし、そのような政府への支援と解釈された場合に、もう1つの問題も起きて来る。海外援助提供国・機関が提供できる、援助形態を制限している国を相手にする場合、その問題は特に困難となる。例えばエジプトでホシ・ムバラク大統領が権力の座にあった当時、彼の資金援助規制に従う姿勢を取り続けたUSAIDは、多くの市民社会団体から批判を受けていた。この問題は更に、エジプト軍の指導する政府が昨年、米国NGOに嫌がらせや脅迫を加え、その後USAIDは抗議したのだが、エジプト政府はあっさりと、「従前米国も従っていた、エジプトの法律を執行しているにすぎない」と言ってのける事態を招いた。これまでの従順な姿勢を取ってきたことで、USAIDの抗議そのものへの信頼性が損なわれたのだ。
米国は当事者国の法律を破るつもりはないだろうが、しかしその影響力を使い、他の援助提供国・機関と協力して、市民社会団体が自由に機能できる、或いはせめて規制への公然とした反対運動に、政治資金を支出できるというようにするという、最低限の基準を満たすよう主張することは出来る。現在エジプトが市民社会やメディアに加えている極めて厳格な規制に対して、より公開性の高い、結束して一貫した外交姿勢をとれば、無意味な「静かなる外交」よりは影響力を持つ可能性がある。米国はその影響力行使に向け、外交を行う上での優先リストにおいて、人権保護関連事項を格上げすべきだ。USAIDはまた、援助事業が弱い立場の国民に対する本当の援助提供ではなく、一層の弾圧をもたらす危険性のある国々での、必要不可欠でない事業から撤退或いは、そのような事業へのオルタナティブを見つけ出そうとする、姿勢であるべきだ。
解決法:精査とセーフガード
事業を計画・監視・評価する広範囲に及ぶ過程があるにも拘らず、USAIDは事業計画による人権保護に関係した、想定外の悪影響を検討する、組織的手法を備えていない。USAIDには元来、目標があり、次にその達成に向かっての指標を確立しているのだが、その事業がもたらす予期せぬ結果をチェックしていない。そこを修正するべきである。USAIDは、その事業が政治的弾圧・差別・所有権収奪・或いは、広範囲な経済的・社会的権利の恣意的収奪をもたらす危険削減に向け、事業の計画段階での精査を徹底しなければならない。
USAIDはまた、その事業計画に潜む危険性の理解を進める、手続きを整備するべきだ。それは、国務省とともに、地元と国際人権保護団体が報告している、人権保護状況に関する信頼性の高い情報を、勘案する手続きでなくてはならない。ある事業において、人権保護に関するネガティブな影響を持つ危険があることを、USAIDが察知した場合、その事業は修正されるか、必要なら断念されるべきだ。それには同局職員が、単に技術的な修正だけではなく、人権保護を基礎としたアプローチと分析に備えるよう訓練されると共に、訓練を受けることで見返りを受ける必要がある。
USAIDは既にセーフガードを導入している、例えばあらゆる事業は、ジェンダー・ダイナミクスと女性の自立に対する影響に対して責任を負うものでなくてはならない。米国の法律上、あらゆる事業は、環境影響評価をしなければならず、必要な場合、ネガティブな影響を削減することを、明確にしなければならない。
しかしセーフガードはそこで終っている。事業の計画段階で、USAIDに事業の社会的影響を評価するよう義務付けていた、かつて義務としていた指針は、2000年代初めに選択的なものとなり事実上中断されている。時間が掛かり過ぎて扱いにくいという理由で放棄され、しかも代替え策はとられなかったのだ。USAIDに存在した先住民コーディネーターというポストも又撤廃された。現在、先住民に害を及ぼすこと或いは、経済・農業・鉱業の各開発事業或いはインフラ事業と連動して、地元社会に移住を強制することを防止するための、具体的制度は存在していない。
これまでの経験は、時間を節約し、事前に結果を決めておくような試みは、事業の失敗、政治紛争、地元社会や諸団体からの不信を招くことを明らかにしている。オバマが残虐行為の防止・対処、つまりUSAID改革に向けた取り組みを、新たに約束したのは、高く評価される動きだ。しかしそれが本当のインパクトを持つには、米国が提供する海外援助の実態を取り囲む、凝り固まった政策こそを、オバマ政権は再検討するべきだ。連邦議会は、人権保護を盛り込んだ事業計画でない、農業や保健・医療の専門家が、それぞれ違った予算サイクルを握っている、別個の『サイロ』とも言える事業手法を押し進めている、資金援助パターンを変えられる。また議会は、適正評価と市民参加を困難にしている、USAID向け短期の予算サイクルを、長期化できる。
USAIDは、大統領イニシャティブの実施に向けた最初の措置を講じた。しかしそれが十分なものに至らない場合、つまり弾圧を行う政府を支援し続け、他の政策を優先して人権問題を無視し、その活動に人権保護上の懸念を本当に内在化することを怠るであれば、人権保護の支援と残虐行為の予防という、オバマ政権の力強い言葉は、掛け声倒れだったということになる。今こそUSAIDは思い切った措置を取り、援助事業が残虐行為を促進するのではなく、それを予防するために利用されるのを、確約するべき時だ。
マリア・マクファーランド・サンチェス-モレノはヒューマン・ライツ・ウォッチの米国プログラム局長代理、ナオミ・ロート-アリアザは、カルフォルニア大学ヘイスティング法科大学院の法学部教授である。