国際プロレスの木村vsオックスベーカーの事書こうと動画検索していたら
この動画にヒットしてしまいました。
確か、リアルタイムで見た記憶があるのですよね。
国際プロレス崩壊後、新日本プロレスで大ヒール、帰れコール!
国際プロレスのエースだったのに、と。
私は崩壊した年にプロレス観始めたので、国際プロレスの試合を
観たこと無かったんですよね。
選手名鑑にはエースでデカデカと紹介されてたのに。
逸話として外国のお酒を集め、それを呑むのが趣味らしい
そう書かれていたのですが、当然新日本プロレスのストーリーに乗ってた私
「そんな事知るかよ!」と毎回苦々しく。
元エースが子供の心掴んで無かったというか。
映像中の田園コロシアム大会は観てましたな。
そして旧UWFへ行くも居場所無く
過去業務提携で上がっていた全日本プロレスで
国際血命軍。ここでも嫌われ役が
まさかの大人気レスラーになるとはと
想像力豊かだった子供時代からすると意外中の意外。
まさか、お笑い路線で人気者に返り咲くとは。
私は当時大嫌いだった「プロレスニュース」で
ラッシャー木村のマイクパフォーマンス特集を観るのが楽しみでした。
寡黙な男が、こう独特の話術が人気を得るとは。
すっかり良い人で、ラッシャー木村の悪口を言う人は
あまり居ないというか、聞かないですね。
国際プロレスをリアルタイムで観ていないので
国際時代の試合は後で見る事になるのですが……
私個人は新日本プロレスでブーイングを浴びて嫌われていた
猪木vs木村の髪切りデスマッチ。
負けたのに髪切らず逃げた事、
リマッチで猪木に血まみれにされ
浜口が長州と組む事になり木村の元を離れ寺西だけになった
国際軍、寺西の励ます姿に田中ケロ氏が涙した裏話が
心に響きました。
その後、天龍、ハンセン組vs馬場、木村のタッグ戦。
天龍が馬場からフォール勝ちする試合ですね。
マイクパフォーマンスで人気者になった木村が
孤軍奮闘、二人に攻撃され耐える姿は
頭から離れないですね。
一番、興奮したかもです。
テレビ放映時にはエースと目されたグレート草津選手がルー・テーズの岩石下しでKOされたり、ブッカーを務めていたG東郷との金銭トラブルで、急遽、全アメリカ人選手の出場キャンセルがあったりとご難続きでしたが、ようやく経営が安定した頃になって、後発の新日・全日との興行合戦で、またもや苦戦を強いられたり、エース格のS小林や若手ホープだった剛竜馬が離脱するなどのスター選手不在となった中、ラッシャー木村選手は金網デスマッチ路線で国際の屋台骨を背負ってたっていた感がありました。TBSやテレビ東京が放映を打ち切ったのちに、正月の後楽園ホールへ観に行ったのが生観戦の最初でしたが、テレビで視た新日の試合には遥かに及ばない客の入りで、全試合を通して盛り上がりに欠け、終了後はさっさと席を立つ人が多かった。そう言えば、全日から移籍(?)して来た大木金太郎も出場とプログラムには載っていたもののドタキャン(?)状態で、半年後には愛知県体育館で金網マッチも生まれて初めて観ましたが、迫力の薄さには唖然としました。この会場でも新日の試合では超満員になるのに対して、国際は最後のテレビ中継があったにも関わらず入り半分足らず…というよりは、閑散としたうすら寒いアリーナでした(実際、夏場で蒸し暑い季節でしたけれど…)。余談ながら、その時期にウォリアーズのマネージャーだったP・エラリングが参加していたのをテレビで視たことがあります。TV東京放映では最後の頃でしたが…。
同じ年の秋口には、蔵前国技館〔当時〕に出向いて、倒産した国際の残党の一人として新日に上がった姿を観ましたが、完全な外様扱いのヒールで、猪木と絡む以外の試合はセミ前のポジションが多かった憂き目となった姿は、かつての団体エースとしては気の毒に感じました。それでも木村・浜口・寺西の三者は、それぞれ奮闘して猪木や長州、タイガーマスクとの対戦時には好試合を見せてくれたのが、せめてもの救い。
相撲出身のラッシャーは稀代のパワーファイターながら、エースとしてはいわゆる“華”がなく、馬場・猪木・鶴田に比して、リング上でのアッピール度には欠けていた感がありますが、人間的な魅力はあったと思います。義理堅く、誠実な人柄がマイクパフォーマンスからも窺がえますが、早逝(?)されたのは残念でした。ただご本人にとっては悔いのないレスラー人生を全うしたと、せめて思いたいところです。
色々壮大になり過ぎてまとめ切れない感じがあります。
プロレスファンの帰る所行き着く所は国際プロレス論なんて有ったり。
草津vsテーズvs馬場vsリソワルスキーの隅田川大戦の草津の失神は
色んな説がありますが、流智美氏の著書でテーズは決して危険な角度で落としていない
そう写真解説付きで解説されていたそうで。
後、草津については色々良くも悪くも逸話が残ってますね。酒においてはもう‥。
ストロング小林の裏切りは多くの国際レスラーが憎しみ倒した様で。ただ相当草津に虐められてたそうですが。
皆、会社に為!と頑張る姿は昭和の働き手を象徴する人間物語に感じ
その代表たる人が木村、浜口にも思えたりします。
鶴見なんかはあの3人の使い方を見て猪木が嫌いなったようですし井上は行きたく無く
若手連れて全日本に行ったと。
コロナ前にM井上がラジオに出ていましたが、木村さんも毎日金網で流血は辛いでしょ、
私や浜口選手達も会社の為に!とやりましたがねぇ、そう話している会社愛、人間物語
今では希薄は心の繋がりを象徴する美談なのですが
TVも観客動員苦戦し続けて、金網デスマッチを乱発したら
因縁リアリティーの魅力と迫力が減る感じはしますね。
鶴見が練習生の頃、感謝しているのは木村さんと言っていたり
M井上も、あれだけの男を女性達は放っておかないでしょ、と語って居たり。
金網デスマッチの鬼がマイクパフォーマンスの鬼になるという
意外な逆の華咲きは想像の中のIWA王者の木村、新日本の嫌われ者の木村
どんでん返し的にも思えましたが、あのマイクが無いと‥
「辛いですよお!」とVTR内で語る木村さんの姿が木村さんの温厚で優しい人間性を表す一部の様に
何だか輝いています。
以前にも書いたかもですが、私「はぐれ国際軍団」と古館の蔑称を張り付けられながらも新日マットで奮戦する彼らを応援してました。広島での大会で彼らに声援を送ってると、周りを他のファンに囲まれたりとか (´・ω・`)。
有名な「こんばんわ」は実は見たことないのですが、そのころは新日見てなかったもんなぁ。
何ちゅうか、猪木って自分が一番じゃないと気が済まないのか、みたいなのがなんか好きになれずに。今思えば、猪木・新日が全日へのアンチテーゼだったのですから、それは決して私が悪く感じるようなものでもなかったのですが。まぁ、そんだけ馬場プロレスが「王道」だったってことで、ご容赦(*´ω`*)。
それにしても木村・アニマル・寺西の扱いはホントひどかった (´・ω・`)。使い捨て以下というか、同業者のエース格・一線級への敬意ゼロで、既に興行的に敗れた彼らを更に踏みにじるようで。
そもそも悪役に見えないんですもん、彼らが。人の好さそうなラッシャー、熱血漢アニマル、いぶし銀寺西。軽量級での寺西の奮闘はかっこよかったなぁ。星野勘太郎あたりと当たると手も合って。親日的な感じではなかったものの。
それなんでしょうかね。そもそもミスマッチというか、全日だったら彼らの良さも活きたのかもです。
長くなっちゃいました、すみません。維新軍が出た頃だったかよく覚えてないのですが、夏頃に「年末のタッグリーグ、俺と木村なんてどうかな?」と猪木がプロレス記者によく言うようになったなる小さな記事をゴングで散見するようになった時期がありました。
ヒールとしてのストーリーに見切りをつけ、ベビー木村での活用を模索しての猪木の観測気球に感じましたが、ぜひやってくれ!って思いましたもん。
実際にはホーガンと組んだんだっけかなぁ。結局自分が勝ちたいんだな、ラッシャーたちへの敬意はないんだな、って改めてがっかりした覚えがあります。
当時10代だったので、結構な思い入れも抱えて見てたことを今思い出しました。先日の木村花さんの悲しい出来事、この年であれば「何をバカなことを」って思いもしますが、私を取り囲んだ新日ファンだったり、会ったこともない猪木に失望した私だったりが、SNSで花さんに暗闇から石を投げた連中とどう違うやら (´・ω・`)。
とりとめなく、すみません。ただ、新日で罵声を浴びながらも屈辱的マッチメイクをやり抜いた彼らは
、本当にかっこよかったです。本当に。
以前、新日ファンに囲まれた、と仰ってましたもんね。
阪神球場に乗り込む巨人ファンより怖そうな。当時新日本の興行収益は相当でしたし。
その熱さが今のプロレスのは無いんですよ!と語っていた木村健悟。
しかし、1vs3をやらされた国際はぐれ狼軍‥、使えるモノは骨までしゃぶる体質。
毎日、帰れ!コール、露骨なヒール役。何というか猪木の使い方か、
新日本に行かなかった全日本に着た国際勢を嬉しく受け入れた馬場。
引き抜き合戦最中の狭間の過ぎ去った一外国人ヒールレスラー扱いなのか‥。
ただ、この頃のファイトマネーは封筒が札束で立つ位になり奥様驚愕、
木村が米村天心からゆづり受けたワンコはストレス死‥人気商売とは云え、コレがエンタメの落し穴の1つ。
私が唯一生で見た木村は寺西に迄去られ1人になった木村vsブッチャー戦、アレン乱入で反則負けで
正直当日のカード見て、一番興奮した取り組みでした。試合は呆気なく終わりましたが。
少し話がズレますが古舘に罵詈雑言をぶつけられた将軍KY若松は
古舘の愛を込めた罵声に物凄く感謝しているそうでした。
子供の私は国際軍ぶちのめせ!なノリでTVに食いついていたのですが
後々ベビーとヒールの実際は真逆の立場と後々痛感するのでした。
猪木の政治スキャンダルの頃とイラク日本人人質解放のマスコミの評判等。
猪木の糖尿病がかなり酷い事でIWGPヨーロッパ代表として前田は新間に帰国させられたそうです。
何だか、後半は猪木は木村を認める様になったと聞きますが、代わりはホーガンなんですか。
しかし、どんな思いだったか‥木村達は見事にヒール演じきりましたね。タイガーvs寺西構造は驚きましたが
正直良かったです。星野にフォール勝ちした時は驚きました。
しかしお払い箱の様に木村さんはUWFに行かされ、全日本で血盟軍としてのイメージは新日本で付いたヒールイメージでしたね。
国際血盟軍ヒールはイマイチ盛り上がらず、菅原や高杉は整理解雇でしたね。
ホント木村さんの温厚さ人柄の良さが光った全日本で戦うブロディー、ハンセン戦
そしてvs天龍、ハンセン戦、大一番で元エースの意地を見せるのは感動でした。
お笑い芸人で国際愛に溢れているタブレット順は付き人だった故スネーク奄美の本名、
ボロボロの酒井荘の横に立っている同じく廃墟的な木村荘に住んでいる事を喜んでました。
しかし、次の契約は無く定期借款で取り壊されるそうな‥。
丁度今、東京MXテレビで木村花の試合がOA中です。
YOUTUBEで、ラッシャー木村さんのマイクパフォーマンス集を見た事がありますが、本当に笑えました。
プロレスは闘いではない!という人に言い返せない感じですが。。
僕は、全日本プロレスも好きでしたが、全日本と言えば、ラッシャー木村さんというぐらいに印象が強かったです。
周りの選手が大きかったので、あまり大きく見えなかったんですが、実際は身体も大きかったんですよね。
リング上での試合している姿も、ブルドッキング・ヘッドロックやラリアートを得意にしてたのは憶えていますが、マイクのほうが印象に残っています。すごくファンから愛されたプロレスラーでしたね。
若いお笑い芸人には出せない!と。
何でもスピーディーな現代では得れない味ですね。
そして人間の良さが滲み出ているマイクパフォーマンスですし。
あら、全日本時代の木村でしたか。
私、国際はリアルタイムで見れなかったので
新日本で国際ハグレ狼軍として凄いヒールにされて
憎々しく見ていた頃のインパクトが強いです。
元々、日プロ時代は将来を嘱望されたレスラーでしたし。
身長も当時の公式では185cm位でしたかな?
金網デスマッチの鬼が
まさかマイクパフォーマンスで大ブレイクするとは思いもよりませんでした。