コンプレックスの不思議

2014-03-09 09:35:24 | 日記
何かに打ち込んでいる時、
ふと、自分は何かに
「自分は劣っている」
と思いこまされてるような感覚を憶える。
しかしそれに気づいた時、
なにか自分を支配したような
言い知れぬ快感を憶えるのだ。

※セックスをしている時などに、
恋人とコンプレックスを言い合うと、
盛り上がるかもしれない!

人は、自分の根底にあるものに気づいた時、
気持ち良くなるものなのかもしれない。
(自分自身になるということだろうか?)
それが素直になるって事かもしれない。
つまりなんだか楽になる。
つまり、その真偽に関わらず、
自分のコンプレックスを言葉で言い表すのは、
自分を管理する上では、
とても大事なことかもしれない。

頭で考えて思いつくコンプレックスは、嘘でしかない。
それは単に身体的な理想であったり、
表面上のものでしかない。
何かに打ち込んでいる時ほど、真のコンプレックスがふっと頭に浮かんでくるものなのだ。
それはごく精神的なもので、意外なものだったりするのかもしれない。

また、それが無意識に俺の脳から垂れ流されている、
脳波だったのだ。

つまり人から見れば「劣っている雰囲気」だったのだろう…
なんとも、簡単な話だ…
そして他人からはその「雰囲気」を受け取って、
「お前はダメだ」と言いたくなるのだ。
しかし、言われると言われたで、反論したくなる。
すると、無我夢中で言わせないようにしたり、
努力して疲れ果てる。しかしいっこうに
雰囲気が「自分は劣っている」
なので、人からの態度は悪くなる一方なのだ。
これはある意味悪霊がついてると言ってもいい。
誰の脳にも悪霊がついていて、
他人に負のメッセージを垂れ流しているのだ。

自分がそう思う前に他人に言われると、
そこに矛盾を感じてしまう。
自分の脳の中に根底にあるものは、
自分の力で辿り着きたいものであるからだ。
しかも理論だてて辿り着けるものでもない。
理論を積み重ねるとそこには
辿り着かない設計になっているのだ。
だからうるさい人の中にずっといるのはよくない。本当に自分を見失ってしまうのだ。

理論だてて積み重ねても辿り着かない。
つまり「根拠がない。」自分の根底には、
根拠などないのだ!(笑)

人からの言葉があればあるほど、
人は真理に辿り着けずに迷いに迷って行くこととなるだろう…そしてどんどん離れていく…
だから何も言わない人ほどすごいのだ。
人の態度にケチつけるやつは、
人を迷わせる。
職場と親、上から目線の人間などが
これをよくやる。
なかなか難しい事に、
雰囲気と態度は全く関係のないものなのだ。
仕事上ではここがいちゃもんをつけられやすい。
脳波は自動的、ものごしは考えあってのもの。
そこらへんを区別できないのが、
他人、といえよう。
よく見知った仲なら、そこが見抜けるのだ。


劣っていると思い込んでるからと言って、
本当に劣っているわけではないのだ…

しかし頭に自分でクセがついていたのだ
長年…
しかも漠然としたものだ…
だいたいにしてコンプレックスとは
そうした根拠のないものなのかもしれない。
しかし、自分を支えるものだ。
面白い。

そこに気付けたら、次はどうなるのか?
あえて自分で言ってみよう。
自分のコンプレックスは
「自分は劣っている」であると…

人が脳から垂れ流しているのは、
自身の気付かない
コンプレックスなのかもしれない。

これはまさか守護霊のしわざだったりしてな。

生まれた時からの宿題だったりしてな。
「これを供養できないとお前自身になれない」
という…


http://m.youtube.com/watch?v=JzYuV0r4YZs#


↓トリック【父親が投げかけるべき言葉】
http://blog.goo.ne.jp/takacchi1116/e/2b2fd2a30f0eb8137a71e42a5d9c5633

最新の画像もっと見る

コメントを投稿