ひとりついった

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映画 ■■ブラック・スワン■■

2011年05月18日 | 映画
アカデミー賞は「英国王のスピーチ」が受賞したけど
私はこっちの方が面白かったなあ。



映画 ■■ブラック・スワン■■



日本の Yahoo ムービーの評価 3.92(5点満点)
アメリカの Yahoo Movies の評価 
ユーザー: B+  評論家: A-



かなり緊迫感のあるシーンの連続で
最後まで一気に見せてくれます。

これから観る人のお楽しみ奪いたくないから
ここから先はネタバレ感想で書きます。



















ネタバレ感想



この映画は、「白鳥の湖」のプリマを目指すニナが
役作りに悩み、プレッシャーに押しつぶされそうになる中で
いろいろな幻覚を見るシーンがたくさんあるのだけど

どこまでが現実に起きたことなのか
どこからが幻覚(夢想)なのか
区別がハッキリしない。

これは現実なのか、空想なのか
それは、観る人が判断してみてください
ということだと思います。

現実のような、夢のような
ニナの物語のような、白鳥の物語のような
曖昧にその境界線上を行ったり来たりします。



それで、最後も、どうなったの!?というのが
今ひとつハッキリ分からなくて
ちょっと難解な終わり方だな~と思いました。



この映画が面白かったのは
様々な対比が出てくる所。

それは、白鳥と黒鳥という2つのイメージに集約されます。



白鳥
善。ピュア。無垢。純真。品行方正。
努力。モラル。従順。

黒鳥
邪悪な心。情熱。罠。妬み。嫉妬。欲望。
反逆。不正。
官能的。



主人公のニナは、まさに白鳥。
純真で真面目な女性。
性について話すのも苦手。
お堅い。

プリマを目指す若いバレリーナ達が
もう若くない看板ダンサーを妬んで
「もう引退させるべき!」
なんて楽屋トークしている時も

「でも、彼女は素晴らしいバレリーナーだわ」
と言って、自分は、妬みの輪に入らない。

本心から「素敵なバレリーナだ」と思っている。

時々、こういう人、いるのよね。
本当に邪心や妬みがなくて
綺麗な心だけ見えてくる人。



「主役に抜擢して欲しい」と舞台監督を説得しに行った時
舞台監督にキスされ
あたかも、舞台監督と肉体関係を持たないと
役はもらえないかのような印象を受けます。

今までのプリマ達はみんな
こんな汚い裏取引の末、成立していたのか?
という不安が渦まきます。

美しく華やかな舞台の裏にある
果てしない闇を見る思い。

特にバレエというのは
ミュージカルやロックや前衛的な絵画と違って
伝統を重んじる、品行方正で健全で清らかなイメージがあります。

その品行方正さのイメージが実は
性欲と不正と秘密の世界に操られていたのか!?

それまでニナを支えていた価値観が
大きく揺さぶられます。



更に舞台監督は言います。
「優等生で、完璧なダンスをするだけでは
観客は魅了できない。」

特に黒鳥を演じる時
白鳥とは正反対の
荒々しく醜い、情熱的、官能的なエモーションを
表現しなくてはなりません。

それが、お堅い優等生のニナには難しい。



彼女のポジションを狙うリリーは
ニナと正反対。
西海岸からやってきて、お酒もタバコもドラッグもする。
バレリーナなのに背中に大きなタトゥがある。

思ったことをすぐに口にしたり、行動に移したりする。

彼女の存在そのものが、黒鳥のよう。

まさに今、ニナが黒鳥を踊るために
必要としているエレメント。



自分の主役の座を脅かすライバル。
目の上のたんこぶ。
気になる。ムカツク、イヤなヤツ。



まるで、もう1人の自分のような存在。
自分の、覆い隠している邪悪な部分が
そのまま1人の人間になって現れたよう。



もしかしたら、リリーというライバルの存在そのものさえ
ニナの夢想が生み出した存在(もう1人の自分)なのではないだろうか
と、思うくらいでした。



ライバルというのは
もう1人の自分なのかも知れないと思った。
まるで、「いつも否定し、隠している秘密の自分」を
見るような気になって
ムカツクのだ。

そして、「この人の存在が鬱陶しい」
と思うと
ライバル本来の姿を、そのまま見ることが出来ない。
イヤな所は誇張され
なんでもない一言が異常に不快にショッキングに響きます。

被害妄想を加速させているのは
ライバルの言動ではなく
他ならぬ自分自身の「自分に対する嫌悪感」なのだと
感じました。

相手を客観的に見ることが出来ない。
自分の中のイヤな部分を投影して
ますます嫌いになっていくのが
よく分かりました。



ニナには、背中を引っ掻くクセがあります。

よく、ストレスで髪の毛やまつげ、眉毛を
抜く人もいるし
まだ直っていないカサブタを
剥がしたくなる人もいるように

ちょっとだけ自分を傷つけ、ちょっとだけ痛みを味わうことで
ストレスやプレッシャーから解放されようとするのではないかな?

トゲを抜くシーン、ささくれが大きく裂けるシーン
爪を深く切って血が流れるシーン
そんな、痛いシーンもたくさん出てきます。

傷を受けることへの恐怖
それでも、そこへ向かってしまう理由の分からない衝動。



こんな風に
今まで知らなかった舞台裏に拡がる闇への恐怖
役作りへの不安
ライバルの脅威
先輩や仲間からの嫉妬
プリマを演じる、計り知れない重圧。

それは、ピュアで真面目な優等生であるだけでは
乗り越えられないものでした。

ニナは次第に精神のバランスを失っていきます。



この映画のコピー
「純白の野心はやがて、漆黒の狂気に変わる」

本当に、この映画をよく表現していると思います。

プリマになりたいという純真な思いが
その夢を叶える時
ニナを破壊してしまいます。



ラストシーンで
リリーを殺したと思いこんでいたニナが
実は自分自身を傷つけていたことが分かります。

リリーを殺したというのは、彼女の幻想でした。
現実のリリーは生きています。

鏡に映った自分自身の姿を見て
「リリーが鏡の前にいる」と錯覚して
ニナは、恐怖に囚われたのだと思います。

恐怖から自由になるため
自分を脅かすリリーを殺しますが
実は、ニナは自分自身を傷つけていたのでした。

リリーは自分。
自分を脅かす黒く邪悪な恐怖は、自分自身だったのです。

この恐怖を終わらせるためには
自分自身を傷つけ
命を断つ以外に方法はありませんでした。



バレエ「白鳥の湖」は
白鳥と黒鳥の役を、1人のプリマが両方演じますが
これがうまい演出だと思います。

別々の人間が演じるのでは意味がありません。

人は誰でも、白い部分、黒い部分、両方持っています。

何処までもピュアな部分もあれば
どす黒い、邪悪な心も持っています。

この映画は「白鳥の湖」の設定を借りて
人間の心の奥深さ、計り知れなさを
よく描いていたと思います。

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