○ 「生成AIは何に使えるか」はもはや愚問、活用して需要を突き止めたダイキン工業。
ChatGPTの登場から早1年がたとうとしている。生成AI(人工知能)をどう生かすかが企業の競争力を分ける時代が迫る中、先行企業は一歩踏み込んだ活用に乗り出し始めた。セキュリティーを担保するオリジナルの仕組みを実装したり、自社の業務に合わせてチューニングを施したりといった具合だ。
ChatGPTをお試しで利用する段階は終わりを告げ、いよいよ企業独自の取り組みで差がつく段階に突入している。日本企業における意欲的な取り組みを追った。
全社に展開してニーズを把握。
「生成AIが与えるインパクトや、技術との親和性を考えると、絶対に必要になると確信した」――。このように話すのはダイキン工業の清木場卓IT推進部IT企画担当課長兼テクノロジー・イノベーションセンター主任技師だ。
ダイキン工業は2023年2月、いち早く生成AIへの取り組みを始めるため、先進技術の活用提案をする組織「IT創発グループ」に生成AIを専門とするアジャイル開発チームを設置した。同チームがまず取り組んだのは、できるだけ早く社員がChatGPTを利用できる環境を整えて、ニーズを把握することだ。生成AIが業務に使えるという確信はあったものの、限られた人数ではどのようなニーズがあるのか想像の域を脱しない。「想像を超えたような使い方もあるはずだ」(清木場担当課長)という思いがあったからだ。
そこで清木場担当課長らは、米Amazon Web Services(アマゾン・ウェブ・サービス、AWS)のクラウド基盤と米Microsoft(マイクロソフト)の「Azure OpenAI Service」を組み合わせてシステムを構築。社内データが学習に使われない、かつ外部にデータが漏れない社内ChatGPTの環境をつくり、2023年4月に一部社員向けに提供。同年7月には国内の社員約1万4000人に対してChatGPTを利用できる環境を整えた。
2023年9月末までの実績では、一部国内関係会社を含んで「約2100人がChatGPTを利用し、約12万件の質問がなされた」(清木場担当課長)という。現在はシステムを一部改修しており、2023年内には完成予定だという。
ダイキン工業が社員向けに公開したシステムには、ユーザーのログインを介した認証の仕組みを実装した。ユーザーがどのようにChatGPTを使ってどんな業務を実施しているのか、どのようなプロンプトを使って情報を得ているのかなどを把握するためだ。
こうした取り組みの結果、清木場担当課長は「ログを通じてChatGPTがどのような業務に利用されているのかが少しずつ見えてきた」と説明する。中でも驚きだったのが、生成AIをプログラミングのサポートとして活用する方法だ。ログの半分ほどがプログラミング関連の問い合わせであり、「(生成AIが)業務効率化や生産性向上に寄与し始めていると捉えることができた」(清木場担当課長)という。
ダイキン工業はChatGPTを全社展開するとともに、2023年10月にはβ版の位置づけではあるがヘルプデスク業務に生成AIを適用し始めた。新たに社内文書を含んだデータストアを構築し、ユーザーから社内規定やWi-Fiのつなぎ方などの質問に答えるシステムだ。正式なリリースは2023年12月を予定しているという。主力である製造事業に生成AIを活用できないかも並行して検討している。
生成AIで企業の二極化が進む。
ダイキン工業のように積極的に生成AIを業務利用する動きがある一方で、生成AIの利用をためらう企業も珍しくない。野村総合研究所(NRI)が2023年10月にインターネットで実施した調査(生成AI利用に関する就労者調査、回答数は2000人)によれば、生成AIを「実際に業務で使っている」と回答した人はわずか4.4%にとどまる。同年5月に同社が実施した調査(AIの導入に関するアンケート調査、回答数は2421人)と比較しても大きな伸びはない。
NRIの鷺森崇DX基盤事業本部IT基盤技術戦略室エキスパート研究員は「新しい技術なので慎重に考えている企業が多いのではないか」と推測する。生成AIの認知度自体は高い。NRIが10月に実施した調査結果では「確かに知っている」「聞いたことがある」と回答した人を合わせると、70.5%に達する。認知度は低くないものの、企業利用となると二の足を踏んでしまっているのが現状だろう。
ガートナージャパンの亦賀忠明リサーチ&アドバイザリ部門 ディスティングイッシュト バイスプレジデント アナリストは、「生成AIを使える企業と使えない企業で二極化が進む」と警鐘を鳴らす。既に欧米ではデジタルが前提の製造業や小売業が登場し、生成AIを導入する土壌ができている。今後、生成AI利用を前提としたビジネスに変化するだろう。すると、生成AIを導入できる企業とできない企業では「差が開く一方になってしまう」(亦賀アナリスト)。
生成AIの導入は企業の成長や競争力に大きく関わってくる。では、これから導入する企業は何から始めればいいのか――。亦賀アナリストは「どこに使えるかは真剣に議論しなくてもよい。使えるところに使ってみることが大切だ」と説明する。ダイキン工業のように、利用する中でニーズを見いだしていけばいいというわけだ。
生成AIの登場はインターネットの黎明(れいめい)期と似ている。企業はあらゆるビジネスや業務プロセスに適用を試み、多岐にわたるユースケースを生み出した。この際、どこに使えるかを延々と議論を続けていた企業はインターネットがもたらす果実を享受するのが遅れたはずだ。場合によっては、競争力で後れを取ったかもしれない。
今後、生成AIはコモディティー化し、生成AIありきのビジネスに変化する。「どの業務に利用できるのかを検討する以前に、業務そのものが生成AIにとって代わられる可能性を考えるべきだ」(亦賀アナリスト)。生成AIに任せられる業務を見定め、人は生成AIにできない業務に従事しなければならない。
それでは国内の先行企業は、いかに生成AIを導入し、セキュリティーを担保した上で活用に踏み切っているのか。生成AIを高度に使いこなすため、どんな工夫を凝らしているのか。次回以降、先行企業の事例を基に、ChatGPTの登場から1年が経過した現在の生成AI活用ポイントに迫っていこう。