〇 Wi-Fiは出力を上げて電波状態が良くなると、高速かつ安定した通信ができる。また電波の届く範囲が広がり、離れた場所でも接続しやすくなる。
それなのに、Wi-Fiルーターの設定画面には出力を下げる機能がある。この機能の存在を不思議に感じる人も多いかもしれない。一体、何のためにあるのだろうか?
自宅やオフィスの外まで届くことがあるWi-Fiの電波、そこには問題がある。
Wi-Fiの電波は、見通しが良く電波干渉がない場所なら50~100mは届くと言われている。実際は家具や扉、鉄骨、人や動物など、途中にある障害物がWi-Fiの電波を遮断するため、その距離までは届かない。だが、隣のオフィスや隣の家との間隔が数mしか離れていなければ、そこまで電波が届いてしまうこともある。これは家の前の道路などに関しても同じである。
現在のWi-Fiネットワークの大半は、WPA2やWPA3などで暗号化されており、第三者にWi-Fiの電波を拾われて勝手に接続されたところで、その暗号化を解除しない限り通信できない。WPA2やWPA3の暗号化は、暗号キーを知っていないと解除することが難しい。そう考えると、近隣の住宅や建物にいる人に電波を拾われても安心できると言える。
だが、第三者が何らかの方法でWi-Fiの暗号キーを入手していたらどうだろうか。近隣の建物まで電波が届くことが、大変危険であることは言うまでもない。電波が届いていたら、簡単に使えてしまうからである。
例えば取引先の人が訪問してきたときに「Wi-Fiを貸してほしい」と言われ、断われずに会社のWi-Fiの暗号キーを教えたというのはあり得ることだ。友人が遊びにきたときにWi-Fiを貸したことがある人もいるだろう。窓際や受付の近くなどにWi-Fiルーターを設置していて、ラベルに記載された暗号キーが見える状態であったなど、Wi-Fiを使わせてあげたわけではない第三者に知られる可能性も十分あり得る。こうした人たちが、知らぬ間に自宅やオフィスのそばにきてWi-Fiに接続する可能性は考慮せざるを得ない。
これを防ぐかまたはリスクを減らす方法はいくつかある。「定期的にWi-Fiの暗号キーを変える」「MACアドレスフィルタリングを設定してWi-Fiに接続できる機器を限定する」などだ。そして近隣まで電波が届かないようにするというのも1つの方法である。そのために、Wi-Fiルーターの出力を下げる機能があるのだ。
当然ながら、Wi-Fiルーターの出力を下げることによる弊害もある。通信速度が下がり、通信が不安定になる可能性があることだ。また電波の届く範囲が狭まるため、自宅内でも接続できない場所ができてしまう恐れがある。
出力を下げると電波強度は1~2割下がった。
今回は、この電波出力を下げる機能をテストしてみた。見通しが良く、休日でほかに人がいない日経BPのオフィスで、バッファローのWi-Fiルーター「WXR-5950AX12」とノートPC「ThinkPad X1 Extreme Gen 5」(レノボ・ジャパン)を使い、Wi-Fiルーターの設定で出力強度を「100%」「75%」「50%」「25%」に変更し、どのような影響があるのかを調べた。
Wi-Fiの電波強度を簡単に知る方法として、タスクバーの通知領域にあるWi-Fiアイコンがある。Windowsの場合は、このアイコンで電波強度を4段階で示し、電波強度が最も良い状況だと点と3本の線で描いた扇形になり、電波状況が最も悪いと1つの点だけになる。Wi-Fiルーターで出力強度を変更したところ、アイコンの表示はほとんど変化が無かった。Wi-Fiルーターの設定で出力を下げてもWi-Fiアイコンで見極めるのは難しいと言える。
Wi-Fiの電波強度を測定用のアプリで調べる方法もある。ここでは定番の測定アプリ「WiFi Analyzer」(提供:Matt Hafner氏、入手先:https://apps.microsoft.com/store/detail/wifi-analyzer/9NBLGGH33N0N?hl=ja-jp&gl=jp)を使い、出力別に距離ごとの電波強度を調べてみた。WiFi AnalyzerはdBmという単位で電波強度を示す。値はすべてマイナスで、数値が0に近いほうが電波強度は高い。
このアプリで調べてみた結果、Wi-Fiルーターの出力を下げることで各距離の数値は1~2割程度下がっていたが、極端に落ちるようなことはなかったことが分かった。
リンク速度や実際の速度は出力を下げることで大きな影響があった。
では、出力を下げるとWi-Fiのリンク速度にはどのくらい影響するだろうか。
リンク速度は、Wi-FiルーターとノートPCやスマホなどの子機が通信する前に、機器の接続能力や電波状態によって決める最大接続速度だ。実際の通信速度(スループット)ではないが、電波状況や距離で変化しやすいため、通信品質の目安にしやすい。一般的に電波状況が良いと、Wi-Fiルーターやネットワークアダプターの仕様で示されている最高速度と同じになる。
30m離れた場所だと、出力が100%の場合はリンク速度が1153Mbpsと高速だったのに対し、25%に落とすと576Mbpsで、リンク速度は半分程度まで減少した。この結果から、Wi-Fiルーターの出力を下げることにより遠方で通信がしにくくなっていることを確認できた。それに対して至近距離の2mや5mでは、リンク速度にほとんど影響はなかった。
2mの至近距離ではWi-Fiルーターの出力を下げてもダウンロード速度にほとんど変化はなかった。5mまで距離が増えると、100%出力の速度から25%まで出力を下げた場合およそ4分の3まで速度が低下した。さらに20m以上の場合は、出力を25%まで下げると半分以下までダウンロード速度が低下してしまった。
今回のテストは、見通しが良く人もいないオフィスで実施したので、Wi-Fiのテスト条件としてはかなり良い。Wi-Fiルーターの出力を大幅に下げても、遠方で通信可能だった。ただし遠方だと通信速度の低下がみられた。
さらに、同じ場所で平日の人が多い時間帯に実験したところ、Wi-Fiルーターの出力を25%まで下げると30m離れた場所では接続できなくなってしまった。これは別の見方をすると、Wi-Fiルーターの出力を下げることで遠方からの接続をある程度は防げるということになる。
もし、周囲にWi-Fiの電波が漏れるのが嫌ならば、Wi-Fiルーターの出力を下げるとよい。出力を下げることで離れた場所だと接続できなくなるが、それによって第三者が近隣から接続することを防げる。また今回の実験結果から、2~5mぐらいの至近距離からつなぐのであれば、電波状況や通信速度にそれほど影響しないことが判明している。このくらいの距離なら実用面でも問題はないだろう。