〇 コストの問題だけではない、「クレカのタッチ決済」が公共交通に急拡大する理由。
地方だけでなく大都市圏の公共交通機関においても、クレジットカードによるタッチ決済の導入が進んでいる。その理由としては、交通系ICカードに対応した機器の更新料の高さが挙げられる。だが、それだけではないようだ。
オープンループが大都市圏でも拡大。
熊本県内の路線バスや鉄道を運行する5つの事業者が、「Suica」や「ICOCA」などの交通系ICカードを2024年中に廃止し、クレジットカードなどによるタッチ決済を導入すると2024年5月に発表した。
公共交通事業者が交通系ICカードから離脱するのは初めてということもあり、大きな話題となった。交通系ICカードの廃止を決めたのは、対応するための機器を更新するコストが高額なためだとしている。
熊本県に限った話ではない。地方の公共交通事業者はここ最近、キャッシュレスで乗車できる手段として、交通系ICカードではなく「オープンループ」を採用するケースが増えている。オープンループとは、一般的なクレジットカードなどを改札機や運賃箱にタッチするだけで公共交通機関を利用できる仕組みである。
国内でのオープンループ普及に大きく影響しているのが、三井住友カードの公共交通機関向けコンタクトレス決済ソリューション「stera transit」である。同社は2024年8月27日にstera transitのシンポジウムを開催した。その内容から、オープンループが国内で急拡大している理由とそのメリットを探った。
stera transitは2020年のサービス開始以降、順調に拡大している。導入事業者数は2023年時点で120社、2024年では180社を見込むとしている。その結果、2024年度末には36都道府県、2025年度末には42都道府県の公共交通事業者にstera transitが導入される予定だ。
また2024年度には首都圏や関西都市圏でも、私鉄を中心として多くの事業者が導入に向けた実証実験を開始するという。それ故大都市圏でも今後数年のうちに、急速にオープンループが広がる可能性が高い。
由布島の「水牛車」にも対応できる柔軟性。
オープンループは元々、海外で普及していることを受け、外国人観光客の利便性向上のために導入が検討されてきた。だが最近では熊本県の事例のように、人口減少などによる収入減に苦しむ地方の公共交通事業者が、導入及び維持コストが交通系ICカードより低く、柔軟性も高いことに着目して採用するケースが目立つ。
例えば複数の公共交通事業者を傘下に持つみちのりホールディングスは、福島県の福島交通と会津バスが運営する路線バス及び電車に、stera transitによる各種キャッシュレス決済サービスを導入すると今回のイベントに合わせて発表した。
また沖縄県の琉球銀行によると、沖縄県内の路線バスやモノレールだけでなく、由布島の水牛車でもタッチ決済を導入する予定だという。柔軟性の高さがうかがえる。
インバウンドだけでなく、地域の交通を支える手段としても重要性が高まっているオープンループ。stera transitでは、その特性を生かした新たなサービスを展開するとしている。具体的な取り組みの1つが、様々なニーズに応じた柔軟な交通サービスの提供である。
オープンループは都度払いの交通系ICカードとは異なり、料金が1日単位で後からまとめて請求される仕組みなので、柔軟なサービスを設計しやすい。そこで一部の公共交通機関は、1日当たりあるいは1カ月当たりの料金に上限を設けた「乗り放題」に類するサービスを提供するなどして、定期券や都度乗車以外の幅広いニーズの開拓を進めている。
さらに今後は、マイナンバーカードと連携して住所や年齢などに応じた割引や、特定のサービスの会員に対する割引を提供するなど、従来にはないサービスを展開していく考えのようだ。
サービス連携と豊富なデータがオープンループの長所。
またstera transitをプラットフォームとして、公共交通と沿線の様々な店舗などとのサービス連携を進め、移動と消費を組み合わせた割引やキャンペーンなどを促進する。
それに加えて乗降データや属性、消費行動などのデータを複合的に分析するダッシュボード「Custella Transit」を公共交通事業者などに提供し、マーケティングに役立てる取り組みも進めていくという。
地域の公共交通は従来、移動を担う存在に過ぎなかった。だがstera transitの導入でデータを活用したマーケティングも可能になり、公共交通のポテンシャルを新たな収益へとつなげられる。
そうした意味でも、クレジットカードの基盤を通じた一連の施策が、公共交通事業者にとって大きなメリットとなることは確かだろう。
だがstera transitの取り組みはそれだけにとどまらない。三井住友カードでは移動と消費だけでなく、「MaaS」(Mobility as a Service)のプラットフォームを新たに構築することも打ち出している。
MaaSとは一般的に、複数の交通手段を組み合わせて検索や予約、決済などを一括でできるようにするサービスを指す。stera transitは、クレジットカードの基盤を用いた決済を通じて複数の公共交通をつないでいる。そのポテンシャルを生かして自らMaaSのプラットフォームを提供し、公共交通の利便性を高めていきたい考えのようだ。
具体的には、MaaSを利用できるスマートフォンアプリを三井住友カードが開発。それを公共交通事業者に提供したり、公共交通事業者のサービスなどと連携したりするという。その第1弾として、2025年春には乗り放題チケットや観光関連のチケットなど、いわゆる「企画チケット」をアプリ上で提供する予定だ。
三井住友カードはオープンループの汎用性と柔軟性、そしてデータが持つ強みを生かして、従来の交通系ICカードにはない優位性を打ち出そうとしている。
オープンループは交通系ICカードを置き換えるものではないと、同社は以前から強調している。だが大都市圏の公共交通事業者をも取り込んだことで、その領域に踏み込む可能性が徐々に出てきたといえる。